3
それから教室に入り、俺は昨日の授業に関することを紫乃さんに聞いた。高耶は適当な合いの手を入れているのだが、紫乃さんから高耶に声をかけた時にだけ、あからさまに返事のテンポが悪くなっていた。
「あ、もう時間か。俺は教室に戻るな。じゃ、また後で」
「うん。じゃあねー」
「また後でな」
クラスメイトが揃い始めた頃、高耶は自分の教室に帰って行った。朝のホームルームまで後五分だ。
教室に入ってから、横目で確認していたのだが、あの男の姿はなかった。若葉さんの息子のことだ。まだ下の名前を確認できていない。
「あれ、あいつまだ来てないんだな」
「多分、休みじゃないかな。昨日も休んでたし」
「え、そうなの? なんで?」
「体調不良だったかな」
たしかに、あの顔色で体調がいいと言われても信じられないと思いながら、あいつの顔を思い描く。
「そういえば、曽根くんはあの人と知り合いなんだっけ?」
一昨日のことを思い出したのか、紫乃さんが俺に質問をする。志野さんを怒らせたときの記憶に触れることで、また怒り出すんじゃないかと一瞬不安になったが、問題ないらしい。
どうやら微塵も怒っていないようだ。
「知り合いっていうか、うーん、正確に伝わるか分からないけど、俺は知り合いだと思ってて、現実には全く知り合いじゃないって関係」
「ふーん、複雑なんだ」
すでに興味があまりなさそうだ。
「そう。複雑なんだ」
紫乃さんが教室につけられた時計を見る。ホームルームまで後二分。
騒がしい教室で、まだ来てないのはあいつだけだ。
「やっぱり今日も休みっぽいね」
紫乃さんは一時間目の準備をしながら言った。
その直後、教室のドアが開く。入ってきたのは、窪みに目玉を押し込んだような顔をしたあの男だ。
教室に入るや、すぐに辺りを見渡した。そして俺の方に向かってくる。
「な、なんだよ」
「なんだよ、じゃないよ。君、曽根君だったよね? ね? この前はごめんね、ね、あのさ、あの、自己紹介がまだだったよね。えっとね、僕の名前は若葉瑞樹。ほら、これね。カバンのここに書いてるだろ。はは。それで君は曽根咲太。咲太くんだろ。知ってるよ。あのさ、えっと、とにかく……」
矢継ぎ早に若葉さんの息子、瑞樹が喋っている。とても興奮していて唾が飛んでいた。
押し込んだような目が、落ちてしまいそうなほど見開いている。瑞樹はその調子のままで喋り続けていた。
チャイムが鳴っていることにも気がつかずに。
「おーい、若葉。なにしてるんだ?」
「え、はい。なんですか。あ、あ、チャイムが鳴ってるんですね。すみません。すぐ戻ります。じゃ、咲太くん、またくるからね」
そして嵐のように去っていく。隣で紫乃さんが怪訝な表情で瑞樹を見てから俺を見た。優しく笑っているが、なぜか憐れみが感じられた。
瑞樹の方を見ると、今はやけに静かに外を眺めていた。さっき紫乃さんに感じていたことを思い出す。急激な変化はどこかに無理を生まないかと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます