第7章 第1話

ゆっくりと日は昇ってはまた沈み、そんなことを繰り返しながらも時は進んでゆく。


ぎこちなかった会話も少しは長く出来るようになって、晋太郎さんが家にいるときには、北の部屋に出入りすることも増えてはきていた。


「もう昼間の火鉢は、いらなくなりましたね」


お義母さまから渡されたお菓子を頼りに、今日もこの人の隣に座る。


晋太郎さんはいつも、そっと静かに微笑んで迎えてくれた。


本を読んでいる隣で、刀の手入れや句を練る横で、私はそんな姿を見て見ぬふりをしながらお茶を飲む。


ウグイスが鳴いた。


「もうすぐ桜の季節ですね、お花見に行きませんか?」


「行きたいのなら、母とでも行っていらっしゃい」


「晋太郎さんは?」


「通いの道場で見ているので結構です」


「それは、ついでではありませんか」


「十分ですよ」


話しをするようにはなっても、いつものらりくらりと交わされる。


「でも、せっかくですから……」


晋太郎さんは開いていた本を閉じた。


「私のようなつまらない男と花見に行っても、あなたが面白くないでしょう」


「そんなことはないです!」


「遠慮は無用ともうしました」


そう言って静かに微笑む姿に、私も口を閉ざしてしまう。


「少し休みます」


横になるとすぐに、その人は目を閉じてしまった。


私は日の当たる小さな庭を見下ろす。


晋太郎さんはもしかしたら、私なんかと出かけるのは嫌なのかもしれない。


何もなかった庭土の表面に、ぽつぽつと何かの芽が出始めていた。


私はふとそこへ下りる。


以前から気にはなっていたのだ。


伸び放題になってしまう前に、手入れをしておこう。


庭の草は早いうちに抜いておくに限る。


すぐ足元に生えていた新芽を摘んだ。


プチッという小さな音を立て、辺りに青臭い匂いが広がる。


指に付いた汁を布巾でぬぐった。


できればあの人に、喜んでもらいたい。


やり始めてしまうと止まらないもので、次々と新芽を摘んでいく。


簡単に抜けるものもあれば、根が深くなかなか抜くのに苦労するものもあった。


しっかりと根を張った一本を引き抜く。


「何をしている!」


「草を抜いております」


引き抜いた根を、誇らしげに掲げた。


「今すぐ出て行け!」


その人の大声で怒鳴るのを、初めて聞いた。


全身が硬直する。体が動かない。


「そこから出ろ!」


晋太郎さんは縁側に飛び出したと思ったら、ふいに立ち止まり両手で頭を抱えた。


「いや、大声を出して悪かった。それは、私が育てている花の芽なのです。どうかそのままにしておいていただきたい」


「あ……」


掘り返した土の上には、剥き出しの根が転がっていた。


「大丈夫です。まだ元には戻せます。なので、今すぐそこを出てもらえますか」


手にしていた草の根を放り出す。


草履を脱ぎ捨て縁側から駆け上がると、廊下を走った。


お義母さまが飛び出してきたのを横目に、入れ違いで部屋に飛び込む。


お義母さまとあの人が、何かを怒鳴り合っている声が遠くで聞こえる。


私はぴったりと閉じた襖を背にしたまま、ぽろぽろとあふれる涙を止められずにいた。


庭の草を摘んだのが、そんなにいけないことだったの?

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