第5話
「たのもう!」
バシリと襖を開けたら、その人はやっぱり開け放した縁側にいて、火鉢の灰を入れ替えていた。
驚いたように体をビクリとさせる。
「なんですか?」
いつもシュッとしてピシッとしているこの人が、明らかにやつれたような表情をしている。
もしかして、寝不足?
私が近くに座ろうとすると、その人はごそごそと動いて場所を譲ってくれる。
そのまま何も言わず、それでも手は止めることなく、火鉢の手入れを続けている。
壺から新しい炭を加えると、ようやくこちらを向いた。
「それは籠八のあん餅ですか?」
話しかけてもらえた。
さすがお義母さまとお祖母さまの選んだ品だけのことはある。
「焼いて食べますか? 私は餅は、焼いている方が好きなのです」
ちょうどいい頃合いでここへ来たのでは?
火鉢を挟んで向かい合っている。
「籠八のあん餅なら、焼かずにそのまま食べるのがいいでしょう」
この人は置いた盆から生の餅を手に取ると、無言でほおばる。
せっかく炭を入れ替えたばかりの火鉢があるのに……。
私は仕方なく、そのままの餅をほおばった。
「ん、おいしい! 本当においしい! あんこがふわっふわ!」
「そうでしょう、そうでしょう。ここの餡は他の餡とは違うのです。焼いて食おうなど笑止千万、狂気の沙汰」
目が合った。
ちょっぴりうれしくなる。
何故か得意げなこの人にプッと吹き出してしまったら、晋太郎さんは頬を赤らめた。
あんこの甘みが広がる。
「炭が弱くなっていたのですか?」
「えぇ、大分暖かくなってきたとはいえ、日が落ちるとまだ寒さがこたえるので」
開け放した縁側からは、西日が差し込んでいた。
日の当たるところにいれば、ずいぶんと暖かい。
「案外日当たりのよい庭なのですね」
「そのようにこしらえてあるのです」
手のひらにじんわりと、湯飲みからのぬくもりが伝わってくる。
言おうと思って準備していたことなんて、どうでもよくなってしまった。
「先日連れて行ってもらった、あのお大根も美味しかったです。また連れて行ってください」
「……あぁ。分かりました」
わずかに微笑む。
そのまま静かに、ただぼんやりと、その人は庭を眺め続けていた。
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