第七話 黒蜘蛛と戦ってみた。 (1)

 山道を下っている途中、ロンリーウルフのメスに遭遇した。

 何気なく【鑑定】してみたところ驚きの事実が明らかになった。


 ロンリーウルフ(メス) 孤独を好むおおかみ型の魔物。発情期にはつがいを作り、妊娠するとオスを捕食する


 オスを捕食するって、まるでカマキリみたいな話だな……。

 というか、ロンリーウルフのオスが逃げるのって、メスに食い殺されないためじゃないのか?

 だとしたら納得だ。誰だって自分の命は惜しいもんな。

「ガルルルルルルルルッ!」

 目の前のメスがどうもううなり声とともに襲い掛かってくる。

 おいおい、俺はたしかにオスだがロンリーウルフじゃない。

 エサになるのは遠慮したいので、ヒキノの木剣を振るって返り討ちにする。

 レベルアップを知らせる声が響いた。


 今回の経験値取得によりレベル16になりました。HP、MPが増加、身体能力が向上します


 オーネンの街を出たときはレベル8だったから、随分とレベルアップしたものだ。

 そろそろ一度、きちんとステータスを確認しておこうか。


 コウ・コウサカ 二十九歳 男性 人族 レベル16 HP200 MP3100

  スキル:【転移者】【フルアシスト】【創造】【器用の極意】【たくみの神眼】【アイテムボックス】【解体】【鑑定】【自動収集】


 今回の戦いで【自動収集】が追加されたわけだが、これからもレベルアップでスキルが増えるのだろうか。だとしたら、ちょっと楽しみだ。

 そんなことを考えながら下山していると大きな泉を見つけた。

 眺めも悪くないし、座れそうな岩もある。

 昼食がてら休憩でもしようか……と思った矢先、少し離れたところで二人の冒険者が座り込んでいることに気付いた。

 よろい姿の少年と、白装束の少女だ。

 RPG風に表現するなら剣士と神官のコンビだろうか。

 どちらも年若く、いかにも駆け出し冒険者といった雰囲気を漂わせていた。

 二人ともゼイゼイと息を切らしているが、魔物から逃げてきたのだろうか?

 ともあれ、同じ冒険者なのだから挨拶くらいはしておこう。

「ずいぶん苦しそうだな。大丈夫か?」

 俺が近づくと二人はゆっくりとこちらを向いた。

 どちらの表情も硬く、ひどくおびえているような印象を受けた。

「その鎧……アンタ、もしかして『熊殺し』か?」

 剣士の少年が問いかけてきたので、俺はうなずく。

「Fランク冒険者のコウ・コウサカだ。できれば『熊殺し』じゃなくコウと呼んでくれ」

「えっと……」

 神官の少女が、何か言いたそうに俺を見上げる。

「どうした?」

「その、あの、できれば、早く山を下りたほうがいいと、思います……」

「アーマード・ベアにでも襲われたのか?」

 俺がそうたずねると、剣士の少年が「違う」と答えた。

「巨大なみたいな魔物だった。デカいくせに素早くて、オレたちじゃ全然歯が立たなかった。……たぶん、あれはブラックスパイダーだ」

「ブラックスパイダーは危険度A+の魔物で、本当ならもっと山奥にいるはずなんです」

 少女が補足するように言った。

「けれど、どういうわけかこのあたりまで出てきたみたいで……」

 二人に詳しく事情をいてみると、どうやら彼らはEランクになったばかりの新人冒険者らしい。今日は採集クエストのためファトス山を訪れていた。それはランク相応の仕事だったし、危険度も低いはずだった。

 しかし、二人は不運にもブラックスパイダーに出くわしてしまう。

 ブラックスパイダーはアーマード・ベアよりもずっと強力な魔物であり、本来ならば少年も少女も生き残れるはずがなかった。

「けど、そこにたまたま、Aランクの冒険者が来てくれたんだ」

「竜人族の女性で……たしか、アイリス、って名前だったと思います」

 知っている名前がいきなり出てきたものだから、俺は少しばかり驚いてしまう。

 アイリスは第一印象こそ淡々として冷たそうな女性だったが、根の部分は優しいというか、あれでけっこうおひとしのところがある。

 彼女は単身でブラックスパイダーに立ち向かい、そのすきに少年と少女を逃がしたらしい。

「ブラックスパイダーを討伐するには、Bランク以上の冒険者が十五人ほど必要と言われています」

 神官の少女はくらい表情でつぶやいた。

「アイリスさんはわたしたちをかばったせいで深手を負っていました、今頃は、きっと──」

「……それはどうだろうな」

 竜人族の肉体というのは、普通の人間よりもずっと頑丈だ。

 アイリスはまだ生きているかもしれない。

 だったら助けに行くべきだろう。

 もちろん手遅れの可能性もあるが、俺としては彼女の生存を信じたい。

「ブラックスパイダーの居場所は分かるか? だいたいの方角でいい、教えてくれ」

 俺がそう問いかけると、少年は泉の向こうを指さした。

「あっちだよ。まさかとは思うけど、アンタ──」

「俺はアイリスを探してくる。二人は先に下山してくれ」

「コウさん、それは無茶だ。危険すぎる」

「別にブラックスパイダーと戦おうってわけじゃない。大丈夫だ」

「けどよ……」

 少年は困ったような表情を浮かべると、助けを求めるように少女へと視線を向けた。

 だが、少女の口から出たのは、俺を説得する言葉ではなかった。

「分かりました。わたしたちは山を下りて、冒険者ギルドに救援を求めます。アイリスさんのこと、よろしくお願いします」

「えっ、ちょ、ちょっと待てよ」

 少年が戸惑ったような声をあげる。

「なんで止めないんだよ。そもそもアイリスって冒険者が無事かどうかも分からないんだぞ」

「精霊たちの声が聞こえたんです。このままコウさんを行かせるべきだ、って」

 神官の少女は、澄んだ声でそう告げた。

 ……精霊?

 ファンタジー系のアニメやゲームではおみの存在だが、その位置づけは作品によって大きく異なる。この世界の『精霊』はどんな存在なのだろう?

 俺が首をかしげていると、神官の少女がすぐに補足してくれる。

「精霊は色々な自然現象をつかさどる、目には見えない存在です。わたしには【精霊の導き】というスキルがあって、時々、精霊たちが声をかけてくるんです」

「……オレたちは今まで何度も【精霊の導き】に助けられてきた」

 少年がボソリと呟いた。

「精霊がそう言ってるなら、オレはもう止めねえ。けど、絶対に無理だけはしないでくれ」

「コウさん、どうか気を付けてください。──神々と精霊の祝福があらんことを」

「二人ともありがとう。じゃあ、行ってくる」

 俺は二人に礼を告げると、その場を立ち去った。


 アーマード・ベア・アーマーの《聴覚強化A》を発動させつつ、山道を進んでいく。

「アイリス、頼むから生きててくれよ……」

 冷たい汗が右ほおを滑り落ちた。

 最悪の事態が頭をよぎるが、いいや大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

 俺は自分のことを冷静で慎重なタイプと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったらしい。

 これまで心を揺さぶられるような物事に出合っていなかっただけなのだろう。

 ──っ、ぁ。

 ん?

 いま、左のほうから誰かの声が聞こえたような。

「行ってみるか」

 俺の経験上、こういうときは自分のカンに従ったほうがいい。

 左に方向転換し、周囲の気配を探りながらアイリスの捜索を続ける。

 やがて周囲の風景が少しずつ不穏なものに変わってきた。

 木々はズタズタに傷つけられ、あちこちにロンリーウルフの死骸が転がっている。

 ブラックスパイダーが暴れ回った形跡だろうか?

 さらに進んでいくと、とんでもない光景が広がっていた。

 そこは開けた場所だった。

 ほとんどの木々は根元からぎ倒されており、その奥……ここから三十メートルほど離れた所にアイリスが倒れていた。彼女を中心として血の海が広がっている。

 ──ぅぅ、っ。

 苦しそうな息遣いが聞こえる。

 アイリスはまだ生きているようだ。

 俺は警戒を続けながら、一歩一歩、彼女のところへ向かって近づいていく。

 正直なことを言えば今すぐ駆け寄りたかったが、わなの可能性を考慮したのだ。


 そして、そのとおりだった。


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