第七話 黒蜘蛛と戦ってみた。 (2)

 アイリスまであと十五メートルほどの地点に差し掛かったとき、足元が激しく揺れた。

 反射的に飛び退くと、地面の中から土煙とともに何かがい出してくる。

 それは巨大な蜘蛛だった。

 サイズとしては軽トラックに匹敵するほどで、鋭い牙が口元からのぞいている。

 こいつがブラックスパイダーだろうか。

 俺はすぐさま【鑑定】を発動させる。


 ブラックスパイダー:大きな蜘蛛型の魔物。高い知性を持ち、その巨体からは想像できない速度で獲物を狩る。胴体は特殊な殻に覆われており、魔法に対して極めて強い耐性を持つ。牙から分泌される毒は非常に強力なので要注意。

 口から吐く糸は非常に粘性が強いが、特殊な加工を行うことで衣服の高級素材となる


 ブラックスパイダーとしては、アイリスを助けに来た人間を待ち伏せするつもりで、地中に身を潜めていたのだろう。

 魔物にしては賢いな。

 さすが危険度A+と言うべきだろう。

「シャアアアアアアアアッ!」

 ほうこうとともにブラックスパイダーが動いた。

 その巨体からは想像もつかない速度で距離を詰めると、牙をき、俺へとみついてくる。

「くっ……!」

 もちろん黙ってやられるつもりはない。

 【アイテムボックス】から木剣を取り出し、【器用の極意】を発動させる。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 カウンターとして繰り出した斬撃は、しかし、ヒラリとけられてしまう。

 ブラックスパイダーの動きはちょうのように軽やかだった。

 俺は攻撃の手を緩めない。そのまま踏み込んで、連続で斬りつける。

 いくつかの斬撃はブラックスパイダーに浅い傷をつけたが、致命傷には程遠い。

「……ちぃっ」

 思わず、舌打ちしてしまう。

 俺の目的はアイリスの救出だ。

 彼女はかなりの深手を負っている。一刻も早い治療が必要だろう。

 それを考えればブラックスパイダーと遊んでいる暇はないのだが、勝負は一進一退のこうちゃく状態に陥りつつある。

 このままでは治療が間に合わない、早く決着をつけなければ──。

「シャアアアアアアッ!」

 だが、俺の攻撃は決定打を与えることはできず、逆に反撃を食らってしまう。

 それは一瞬の隙をいての体当たりだった。

 俺は防御も回避もできず、ブラックスパイダーの巨体にはじき飛ばされる。

 身体は地面に打ちつけられ、何度も転がり、やがて近くの木の根元に激突する。

 本来ならば全身の骨がバラバラになっていてもおかしくないほどの衝撃だったが、ダメージはさほど大きいものじゃなかった。

 アーマード・ベア・アーマーの防御性能と、レベルアップによって強化された肉体のおかげだ。

 被害といえば、ヒキノの木剣を手放してしまったことくらいか。

 武器は五メートルほど離れた場所に落ちている。

 俺はすぐに立ち上がろうとしたが、そのとき、ブラックスパイダーが身体を持ち上げると尾部の先端から白い糸を放った。

 それはトリモチのような粘着性を持っており、俺の身体にベチャリと張り付く。

 背後の木にも糸が絡まっていた。

 抜け出そうにも抜け出せない。

 俺ははりつけのような状況に陥っていた。

「シャアアアアアアアア」

 ブラックスパイダーが歓喜の唸り声をあげる。

 捕まえたぞ。そう言っているように感じられた。

 俺は脱出の手段を探す。

 だが身体はピクリとも動かない。

 そうするうちにブラックスパイダーが目前に迫った。

 大きな口から鋭い牙が覗く。

 あれを喉元に突き立てられたら最後、きっと生きてはいられないだろう。


 ──人間は死を目前にすると、生存のため、極限まで集中力が高まるという。


 今の俺がその状態だった。

 あらゆるものがゆっくりと見える。

 思考は研ぎ澄まされて加速し、時間が無限大に引き延ばされる。

 永遠にも思える一瞬の中で脳裏をよぎったのは異世界に転移した直後のことだった。

 俺はヒキノの木に触れて、【アイテムボックス】に収納した。

 【アイテムボックス】は身体に触れている物体なら何でも収納できる。

 だったら、もしかして──。

「……っ!」

 間一髪だった。

 俺は寸前でブラックスパイダーの牙を回避すると、地面をゴロゴロと転がって距離を取る。

 全身に張り付いていた糸も、背後の木も、その場から跡形もなく消え去っていた。

 何をしたかといえば、答えは簡単だ。

 すべて【アイテムボックス】に収納したのだ。

 実際に可能かどうか確信は持てなかったが、幸運の女神はまだ俺を見捨てていなかったらしい。

「シャアアアアッ!?」

 ブラックスパイダーはぎょろりとを剥くと、驚いたようなうめき声をあげた。

 いい気味だ。さあ、ここから反撃といこう。

 俺は地面に落ちていたヒキノの木剣を手に持ち──その近くに赤い大やりが転がっていることに気付く。アイリスの槍だ。これも拾う。おまえの主人を助けたいんだ。力を貸してくれ。

 俺は左手に木剣を、右手に大槍を構えた。

 もちろん【器用の極意】は発動させている。

「はぁぁぁぁぁぁああああああっ!」

 俺は一気に距離を詰めて斬撃を繰り出す。

 ブラックスパイダーは紙一重で回避したが、そのとき、すでに俺は次の攻撃に移っている。

 槍での刺突。それはブラックスパイダーの胴体を深くえぐっていた。

「キィィィィィッ!」

 悲鳴が響く。

 俺は攻撃の手を緩めない。

 剣で斬り裂き、槍で刺し穿うがつ。

 そのたびにブラックスパイダーの身体から飛沫しぶきが舞う。

 先ほどまでの苦戦がうそのようだ。

 勝負を焦るあまり、本来の能力をうまく発揮できなかったのだろう。

「シィィィィッ!」

 ブラックスパイダーは形勢不利を悟ってか、大きく後ろに飛び退いた。

 こちらに背を向けて逃げ出そうとする。

「……逃がすものか」

 俺は助走をつけると、アイリスの槍を投げ放った。

 それは見事な放物線を描いて飛び、斜め上からブラックスパイダーの胴体を貫き、地面へと突き刺さった。

「キィィィィィィィァァァァァァァァッ!」

 ブラックスパイダーがもんの声をあげる。

 アイリスの槍によって地面に縫い留められ、その場から離れることもできない。

「──これで終わりだ」

 俺はヒキノの木剣を振り下ろす。

 ブラックスパイダーは左右真っ二つに斬り裂かれて絶命した。

 その直後、頭の中に無機質な声が届いた。


 今回の経験値取得によりレベル24になりました。HP、MPが増加、身体能力が向上します。

 規定レベルに達したため、新たなスキル──【オートマッピング】が解放されました


 どうやら新たなスキルが追加されたらしい。

 【オートマッピング】は異世界版地図アプリというべきもので、発動させると目の前に半透明のウィンドウが現れ、周辺一帯の地図が表示された。目的地を指定すれば経路案内もできるようだ。

 普段なら色々と試してみるところだが、今はそれよりも重要なことがあった。

 俺は【オートマッピング】をオフにすると、大急ぎでアイリスのところへ駆け寄る。

 彼女はまだかろうじて生きていた。

 とはいえ呼吸は浅く、死にひんしていることは明らかだ。

 すぐに治療を行わなければ、じきに息絶えてしまうだろう。

「……やるか」

 俺の【アイテムボックス】には、ポーションの素材が山のようにストックされている。

 それをすべて使い切ればアイリスを助けられるかもしれない。


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】異世界で手に入れた生産スキルは最強だったようです。 ~創造&器用のWチートで無双する~ 1 遠野九重/MFブックス @mfbooks

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