第六話 孤独な狼の群れを相手に、無双しまくってみた。 (1)

 クエストが終わったあと、アイリスはミリアに連れられ、冒険者ギルドの奥に行ってしまった。

 新人指導の報告書を作らねばならないらしい。どこの業界でも先輩というのは大変だな……。

 年齢としては俺のほうが上なので、お世話になりっぱなしというのは申し訳ない気持ちもある。

 機会があれば食事のひとつでもおごるべきかもしれない。


 俺のほうは自由にしていいとのことだったので、ギルドを出て、宿に向かうことにした。

「宿はクロムさんが押さえてくれてるんだよな」

 名前は『じょうげつてい』といい、攻略本の地図にも場所が載っている。

 どうやら有名な宿らしい。

 夕暮れの街は朱色に染まっており、道行く馬車の影が長く伸びている。

 市場を通りかかると、主婦や子供連れを中心にたくさんの人々が集まっていた。

 ずいぶんにぎやかだな。

 ほどなくして宿……静月亭に辿たどり着いた。

 建物は黒塗りとなっており、他の宿よりずっと大きい。しかも四階建てだ。いかにも高級そうな雰囲気を漂わせている。どう見ても冒険者向けの宿ではなかった。

「着替えたほうがいいよな、これ」

 俺はいまアーマード・ベア・アーマーを装着しているが、この格好で足を踏み入れるのは抵抗が大きい。もう少しマシな格好に着替えるべきだろう。

 俺は物陰に隠れると【アイテムボックス】を開く。

 そこには異世界に来た当初の服装もきちんと収納されている。

 ジャケット、ワイシャツ、ネクタイ、スラックス──。

 それらを一括で指定し、装備の変更を念じる。

 アーマード・ベア・アーマーが消え、一瞬のうちにスーツ姿となっていた。

「……ネクタイも締めてくれるのか、便利だな」

 それだけじゃない。ジャケットもワイシャツも、まるで新品みたいにパリッとしていた。

 衣服を【アイテムボックス】に入れると自動的にクリーニングされるらしい。

 これなら高級宿に入っても恥ずかしくない……はず。たぶん。

 俺はおそるおそる静月亭に足を踏み入れた。

 ロビーは現代の高級ホテルみたいな雰囲気だった。

 中央には大きな花瓶があり、色々な花がきれいに飾られている。

 どうやら生花らしく、いい香りがした。

 フロントで受付の男性に向かって名前を告げると「コウ・コウサカ様ですね。大旦那様から話は伺っております。このたびは本当にありがとうございました」とお礼を言われてしまった。

 俺が案内されたのは四階──最上階のスイートルームだった。

 寝室だけじゃなく、リビングに応接間、個室のバスルームまで付いている。

「これ、日本の俺の部屋より広いよな……」

 ウサギ小屋みたいな物件に暮らしていた身としては、あまりのぜいたくさにショック死しそうだ。

 ベッドに寝転がってみればフンワリと身体が沈み込む。

 このまま眠ってしまいたいところだが、それはそれとして腹が減った。

 部屋の時計を見れば午後六時過ぎ、やや早い時間だが夕食にしよう。

 静月亭にはレストランも併設されているが、格調高い雰囲気で、ちょっと入りにくい。

「……他の店を探すか」

 俺は静月亭を出ると、繁華街のほうへ向かった。

 攻略本にはなぜかオーネンのグルメガイドまで付いており、それによると『きんくまてい』という料理店がイチオシのようだ。せっかくだし、そこに行ってみよう。

「大盛況だな」

 店に入ってみれば、中はかなり広いにもかかわらず、席は九割がた埋まっていた。

 客は冒険者が中心で、ギルドのロビーで見た顔もけっこう多い。

 俺はテーブルに案内されると、看板メニューの『オーネン地鶏の塩焼き』を注文した。

 結論から言えば、これはだった。

 パリパリに焼けた鶏肉をむたび、脂の乗ったうまみがあふれ出してくる。

 人気店なのも納得だ。

 冒険者向けの店だけあってかボリュームも満点で、しかもパンとサラダ付き。

 これで七五〇コムサなのだから驚きのコストパフォーマンスだ。

 やるじゃないか、異世界。

 食事のあとは軽くワインを飲み、ほろ酔いで宿へ戻った。

 朝から身体をたくさん動かしたせいか、やけに眠い。

 風呂は明日にして、今日は早めに寝るとしよう。

 おやすみなさい。


 翌日は午前八時過ぎに目が覚めた。

「ふぁぁ……」

 窓を開けると、新鮮な朝の空気がほおでる。

「いい天気だな」

 空は青く、どこまでも晴れ渡っている。

 ブラック企業に勤めていたころは日の出前に起きていたが、それに比べると極楽のような生活だ。

 異世界バンザイ。

 昨日は部屋に戻るなりそのまま眠ってしまったので、まずは風呂に入るとしよう。

 浴室はかなり広く、シャワーだけでなく大きめの浴槽もある。いずれも水の魔導具を使っており、現代のホテルと同じように使うことができた。

 風呂のあと、のんびりと支度を整え、午前十時くらいに宿を出た。

 最初に向かったのは金熊亭だ。ここはモーニングもやっているらしい。

 レタスサラダとエッグマフィンを注文してみた。

「……旨い」

 卵はオーネン地鶏のものを使っており、シンプルながら濃厚な味わいだった。

 昼食用にサンドイッチも販売していたので買っておく。

 冒険者ギルドに到着したのは午前十一時を少し過ぎたくらいだった。

 窓口にはミリアの姿があり、俺の姿を見つけるなり手招きしてくる。

「おはようございます、コウさん! クエストをお探しですか?」

「ああ。何かいいのはあるか?」

「ふふん、そうくると思って用意しておきました。今回ご紹介するのは……こちら!」

 ミリアはカウンターに依頼書を広げた。

「討伐系のクエストで、依頼主は冒険者ギルドです。北の山に生息しているロンリーウルフというおおかみ型の魔物を五匹討伐してください。ロンリーウルフは名前のとおり一匹で行動する習性があります。危険度としてはEランク、コウさんにとっては楽な相手だと思います。基本報酬は二万コムサですが、ロンリーウルフの毛皮は服の素材になるので、可能なら持ち帰っていただけると幸いです。質にもよりますが、一匹あたりおよそ五〇〇〇コムサと思ってください」

 ということは、五匹すべての毛皮を持ち帰れば四万五〇〇〇コムサくらいのもうけになるのか。

 危険手当込みの報酬だろうが、これはなかなかおいしい仕事だ。

 さっそく受注して、冒険者ギルドを出た。


 街の北門を通り、街道沿いに山へ向かう。

 攻略本によると山の名前は『ファトス山脈』と言い、駆け出し冒険者が実戦経験を積むのにもってこいの場所らしい。生息している魔物はどれも低ランクで、数もそこまで多くない。

 ただし、うっかり山を越えて、向こうの森まで足を踏み入れてしまうと一転して危険地帯となる。

 その点だけは注意するべきだろう。

「よし、やるか」

 今回のクエストだが、ただ単にロンリーウルフを狩って終わりにするつもりはない。

 せっかくなので【創造】の素材になりそうなアイテムも収集しよう。

 それから一時間ほど山を探索してみたが、ロンリーウルフとはまったく遭遇しなかった。

 その代わり、素材アイテムは三種類も見つけることができた。


 潤いダケ:カサの部分にたくさんの水分を蓄えたキノコ。わずかに魔力を帯びている

 ナオセ草:魔物の生息地に分布する薬草。特定の素材に混ぜると治癒効果を発揮する

 ジョウカシ草:山の低いところに多く繁殖する薬草。特定の素材に混ぜると解毒効果を発揮する


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