第五話 先輩冒険者と初めてのクエストを受けてみた。 (3)

 街を離れて南東に進んでいくと、やがて森に差し掛かった。

 ここは『セロの森』といい、ナオセ草の分布地域のひとつだ。低ランクの魔物もそれなりに出没するため、駆け出し冒険者が腕を磨くのにもってこいの場所とされている。

 森に入るとすぐに一本目のナオセ草を発見した。

「これを持っていけばいいんだよな」

「そうね。ただ、ナオセ草はしっかり根を張る植物だから、引っこ抜くのは意外と大変なの。油断すると草の部分がズタズタになるから気を付けて」

「採集するときはスコップが必須なわけだな。……いや、待てよ」

 街で揃えた道具の中には小さなスコップもあるが、もっと楽な方法があるんじゃないか?

 せっかくだから試してみよう。

 俺は地面に膝をつき、手を伸ばしてナオセ草に触れる。

 【アイテムボックス】への収納を念じると、地面に小さな魔法陣が現れた。

 ナオセ層は黄金色の光に包まれ、魔法陣の中へと吸い込まれる。

 【アイテムボックス】を確認してみれば、予想どおり、そこにはナオセ草が入っていた。

「コウ、あなた、いま何をしたの? いきなりナオセ草が消えたけれど……」

「【アイテムボックス】のちょっとした応用だよ。触れたものを収納できるから、ナオセ草をそのまま中に入れたんだ。これなら引っこ抜く手間もいらないし、採集も楽になる」

「外れスキルとばかり思ってたけど、そういう使い方もあるのね……」

 アイリスは感心したように何度も頷く。

 お世辞などではなく、本気で驚いているようだ。

 俺はちょっといい気分になりながら、探索を続ける。

 ギルドの小冊子……攻略本によるとナオセ草は群生せずに散らばっており、しかも『ナオラナ草』というまがい物の雑草も同じような場所に生えるため、注意が必要らしい。

 実際、次に見つけたのはナオラナ草だった。

 草の表面にはポツポツと赤い斑点があり、これによってナオセ草と見分けるようだ。

「ナオセ草の採集クエストって意外と大変なのよ」

 隣でアイリスがそうコメントする。

「バラバラに生えているから移動距離も多くなるし、やっと見つけたと思ったらナオラナ草だった、みたいなことがよくあるの。今回は五十本の採集だけど、たぶん、夕方までかかるでしょうね」

「根気が必要、ってことか」

 ……と言いつつ、俺はできるだけ簡単にクエストをこなす方法を考えていた。

 異世界に転移したときにチートなスキルを色々と手に入れたわけだが、今回はこれが役立ちそうだ。

 ──【たくみの神眼】。

 【アイテムボックス】のアイテムを指定すると、同じものが視界に入ったとき、自動的に教えてくれるスキルだ。

 さっそく発動させてみる。

「……っ」

 眼の奥がパッと開くような感覚があった。あらためて周囲を眺めてみれば、少し離れたところの草がキラキラと輝いている。近づいて【鑑定】してみると、それは確かにナオセ草だった。

 そこから先は早かった。

 【匠の神眼】のおかげで、ナオセ草を探す手間も、ナオラナ草と見分ける手間もカットできる。

 およそ一時間ほどでクエスト条件の五十本をクリアしていた。

「……すごいわね」

 アイリスは驚きの表情を浮かべていた。

「こんな短時間でナオセ草の採集クエストを終える新人なんて、初めて見たわ」

「スキルのおかげだよ。さて、あとは街に戻るだけか」

「そうね。きっとミリアも驚くでしょうね」

 アイリスはクスッと小さく笑った。

 初対面のときはツンとして冷たい印象だったが、今は少し打ち解けてきたような気がする。

 澄ましたような雰囲気もかなり薄れていた。

 俺たちは森を出て、街道に戻る。

 空は青く、太陽はまだ高い位置にあった。

「そういえば、魔物が一匹も出なかったな」

「運が良かったのでしょうね。まあ、出てきたとしてもあなたの実力なら苦労はしないでしょうね。……クエストは終わったようなものだけど、何か訊いておきたいことはある? クエストに直接関係ないことでもいいわ」

「……少し、個人的なことを訊いてもいいか?」

「個人的?」

 アイリスは意外そうに首をかしげると、真紅の瞳をパチパチとまばたきさせた。

「別に構わないけれど……何かしら」

「俺は山奥で暮らしていたからよく分からないんだが、竜人族というのは、どんな種族なんだ?」

「個人的って、ああ、そういうことね」

 納得したようにアイリスは頷く。

「まずは前提だけど、竜というのは太古の昔、地上を支配していた最大最強の魔物よ。あたしたち竜人族はそのまつえいなの。寿命は人族よりずっと長いし、身体もはるかに頑丈よ」

「それはうらやましいな」

 このとき、俺としては素直な感想を述べただけのつもりだった。

 だが、アイリスのほうは驚いたような表情を浮かべていた。

 どうしたのだろう。何か気に障ることを言ってしまっただろうか。

「ああ、ごめんなさい。そんな風に言われたのは初めてだったから……」

「普通は違うのか?」

「ほとんどの人族は、竜人族を恐れて遠ざけるものよ。ひどいときは魔物扱いされるわ」

「そうだったのか……。すまない、嫌な話をさせてしまったな」

「別に構わないわ。──羨ましいって言葉、少し、うれしかったもの」

 アイリスが照れたようにつぶやく。

 俺があと五歳若かったら、普段のクールな感じとのギャップにやられていたかもしれない。


 俺たちがオーネンの冒険者ギルドに戻ったのは午後四時ちょうどだった。

 冒険者がたむろするロビーを抜け、窓口に向かうとミリアの姿があった。

 ちょうどいい。クエストの終了を報告しよう。

「おかえりなさい、コウさん、アイリスさん。……って、ちょっと待ってください。ナオセ草の採集クエスト、もう終わっちゃったんですか?」

「ああ。ここに五十本ある。確かめてくれ」

 俺は【アイテムボックス】から革袋を取り出した。

「わ、分かりました。ちょっと待っててください」

 ミリアは革袋を受け取ると、タタタタッとギルドの奥に引っ込んでいった。

 それから五分ほどで戻ってきたが、その表情は幻でも見ているかのようだった。

「ギルドの魔導具で確認しましたが、間違いなく、すべてナオセ草でした。しかも鮮度良好で、根っこの部分も保たれています。……普通、こんなきれいに採取するなんて不可能です。いったいどんな方法を使ったんですか?」

 もちろん隠す理由はない。

 【アイテムボックス】による収納を使ったことを告げると、ミリアは眼を丸くしていた。

「あのスキルにそんな使い方があったんですね……。もしよければ、コウさんの採集法について、ギルド本部に報告させてもらっていいですか? 今後のクエストあっせんの参考にさせてください」

「もちろんだ。遠慮なく使ってくれ」

「ありがとうございます。【アイテムボックス】は希少なスキルですが、実用性が低いということで、あまり研究が進んでいないんです。もしかしたらコウさんがきっかけになって【アイテムボックス】の位置づけが大きく変わるかもしれません」

 おいおい、なんだかおおごとになってきたぞ。

 俺としては、その場の思いつきを試してみたら、たまたま成功しただけなんだけどな。

「ひとまず報酬として二万コムサをお渡しします。コウさんの採集法がギルド本部に認められたら、さらに追加報酬が出ると思います。ちょっと時間がかかると思いますが、楽しみに待っていてくださいね」

「よかったじゃない、コウ」

 アイリスは俺とミリアのやりとりを横で聞きながら、優しげな笑みを浮かべていた。

「さすが期待の大型新人ね。初心者向けの簡単なクエストなのに、こんな大手柄をあげるなんて」

「ただの偶然だよ」

「偶然を味方にできるのは冒険者として大きな武器よ。クエストで大事なのは下準備だけど、最後の最後で運に救われることは少なくないわ。……ともあれクエストお疲れさま。あなたならすぐにAランクになれるでしょうね」

「ありがとう。まあ、無理しないように頑張るさ」


 こうして俺の初クエストは大成功に終わった。

 異世界に来てから何かと順調に進んでいて、俺としてもいい気分だ。

 せっかくだから今夜はパーッと酒でも飲もうか。

 会社員だったころは毎日ボロボロで、そんな余裕もなかったからな。

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