第五話 先輩冒険者と初めてのクエストを受けてみた。 (1)
試験を終えた俺は、ふたたびギルドの窓口まで戻ってきた。
受付嬢のミリアはニコニコ顔で銀色のカードを手渡してくる。
「合格おめでとうございます! こちらが
ギルドカードは銀色の薄い金属板で、手のひらほどの大きさだ。表面には『冒険者登録証 コウ・コウサカ 二十九歳 男性 人族 冒険者ランクF』と刻字されている。
「それにしてもコウさん、まさか教官を一発で倒しちゃうなんてビックリですよ。本当にお強いんですね!」
「いや、ス……」キルが強いだけで俺自身はザコだよ、と言いかけて思いとどまる。
ここで変に卑下するのは、俺と戦ってくれた教官にも失礼だ。
とはいえ強さを自慢するのはちょっと気が進まないので、「まあな」の一言で済ませる。
「ギルドの規約はこちらの小冊子をご覧ください。時間があるなら重要なポイントについてご説明しますけど、いかがでしょう? わたしの説明は分かりやすい気がするので、聞いておくのがオススメです!」
分かりやすい気がするって、気がするだけか。
けれどそう言われてしまうと、本当に分かりやすいのか気になるな……。
「時間ならある。説明を頼んでいいか?」
「分かりました! まずは冒険者のランクですが、上からS、A、B、C、D、E、Fの七段階になります。ランクアップは依頼の達成や討伐履歴などを考慮してギルドが決定します。逆に、達成率があまりに悪かったり、長期間にわたって依頼を受けていない場合はランクダウンや除名もありうるので気を付けてください」
「長期間って、どれくらいなんだ?」
「C、D、E、Fランクは三ヶ月、A、Bランクは半年、Sランクは一年になります。病気や
「分かった、覚えておく」
「次は依頼についてですが、クエストボードに貼り出されている依頼書とギルドカードを窓口まで持ってきてください。依頼にはランクが定められていますが、受注できるのは自分のランクまでのものです。期間中に達成できなかった場合は違約金が発生するので注意してください」
よし、だいたい分かってきたぞ。
やっぱりというかなんというか、冒険者ギルドのシステムはわりとゲームっぽい雰囲気だった。
説明はそのあとも少し続いたものの、大きな違和感はなかった。
「最後ですが、Bランクになれば怪我をしたときに見舞金が出ますし、引退後、それまでの功績に応じて年金も支給されます。コウさんの実力ならすぐにランクアップできると思います。まずはBランクを目指してみてはいかがでしょうか。……以上、ご清聴ありがとうございました」
ミリアはまるで講演を終えた後のように一礼する。
俺は小さく拍手した。
分かりやすい説明だったと思うし、最後の情報は俺にとって重要なものだった。
Bランクになれば、見舞金や年金が出る。
今後のことを考えるなら、少なくともBランクにはなっておきたいな。
「何か質問がありましたら、気軽に
「ひとつ、教えてほしいことがある」
「はいはい、なんでしょう?」
「たとえば討伐のクエストを受けたとき、どうやって魔物を倒したことを証明すればいいんだ?」
ネット小説なんかだと、魔物の身体を切り取り『討伐証明部位』として提出することもあるが、この世界ではどうなのだろう。
「あっ、ごめんなさい。説明が抜けてましたね。冒険者ギルドには特殊な魔導具があって、それを使うと討伐履歴が分かるんです。ただ、今はちょっと調整中なので、後日お見せしますね。他に質問はありませんか?」
「いや、今は大丈夫だ」
「では、コウさんは今から冒険者ギルドの一員です。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ頼む。……そういえば、ギルドの登録料とか試験料はいらないのか?」
「昔は取ってましたけど、そのせいで
冒険者ギルドと傭兵ギルドとのライバル関係は、こんなところにも影響しているらしい。
個人的な意見としては、変なヤツが冒険者にならないよう登録料や試験料を取るべきだと思うんだが、まあ、ここは異世界だ。文化背景がぜんぜん違うのだから、この世界では無料が適切なのかもしれない。
「コウさん、早速ですがクエストを受けてみませんか?」
「別に構わないが、あまり難しいのは勘弁してくれ。こっちは駆け出しだからな」
「そこは大丈夫です。ちゃんと駆け出しの冒険者向けのお仕事を選んできました。今回コウさんにオススメするのは……こちら!」
ミリアは、またしても深夜のショッピング番組みたいなノリで、依頼書をテーブルに広げた。
「採集系のクエストで、依頼主は薬師ギルドです。近くの森で採れる、ナオセ草を最低五十本集めてください。ナオセ草は薬の原料として非常によく使われますが、魔物の生息地にしか生えないので冒険者ギルドが採集を請け負っています。報酬ですが、ナオセ草一本あたり四〇〇コムサですね」
「じゃあ、最低でも二万コムサの報酬になるわけか。けっこう
「薬の需要は高いですし、魔物の生息地で採集をしていただくわけですから、その危険手当も入っています。……さて、重要なのはここからです。コウさん、よーく聞いてください」
いったい何だろう?
ミリアがギルドのカウンターから身を乗り出すものだから、俺もついつい聞き入ってしまう。
「実はですね、新人冒険者さんの初クエストには高ランクの冒険者さんが付き添ってくれるんです。分からないことがあれば先輩にガンガン質問しちゃってください」
「ずいぶん手厚いサポートだな」
「そうやって傭兵ギルドとの差別化を図ってるんです。さてさてコウさん、どうします? クエストを受けられるのでしたら、いま手の空いているAランク冒険者さんに声をかけてきますよ」
「声をかけてくるって……そんな簡単に引き受けてもらえるのか?」
「ふふん、わたしの交渉力を信じてください! ……まあ、そもそもコウさんは
「そうなのか?」
「当然じゃないですか。しかもコウさん、実技試験では元Aランクの教官にあっさりと勝っちゃいましたよね。期待の超大型新人として、わたしのなかでは話題になっています。もちろん、他の人たちも注目していると思いますよ」
言われてみれば、まあ納得だ。
冒険者ギルドに来てからは、目立つことしかやっていないからな。
「分かった。とりあえずAランク冒険者を探してきてもらっていいか?」
「はい、おまかせください!」
ミリアは窓口から出ると、ロビーに向かってタタタタッと走っていく。
ほどなくして、ひとりの女性冒険者を連れて戻ってきた。
美しい女性だった。
黄色いリボンでまとめられた髪は長く、赤く──
両
顔立ちはどこか
何より眼を
個人的な見解としては、竜のツノに似ている。
「こちら、Aランク冒険者で竜人族のアイリスノート・ファフニルさんです! わー、ぱちぱちー」
ミリアが拍手するなか、俺はひとり納得していた。
竜人族といえばファンタジーで定番となる種族のひとつで、その姿は作品によってさまざまだが、どうやらこの世界では人間そっくりのようだ。その肌は白く透けるようで、
彼女は小さく一礼すると、淡々とした調子で話しかけてきた。
「あなたが噂の『熊殺し』ね。よろしく。呼び方はアイリスでいいわ」
「コウ・コウサカです。お忙しいところありがとうございます、ご指導よろしくお願いします」
俺はアイリスに向かって深々と頭を下げる。
……しまった。相手が先輩ということもあって、うっかり敬語を使ってしまった。
冒険者は敬語を使わないそうだが、どうにも日本でのクセが抜けきらない。
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