第四話 冒険者ギルドで登録試験を受けてみた (1)

 試着を終えてスーツに戻ったところで、コンコン、とドアがノックされた。

 出てみると、初老の執事さんが立っていた。

「昼食のあと、大旦那様は馬車でお出かけになります。コウ様さえよければ冒険者ギルドの前までお送りしますが、いかがでしょうか?」

 もちろん断る理由はない。

 俺はこの街に来たばかりで、どこに何があるかまったく分からないからだ。


 少し早めの昼食を終えたあと、俺はクロムさんと一緒に大きめの馬車に乗り込む。

 馬車は屋敷を離れると、やがて街の中心部に差し掛かった。

 まだ朝の十時を過ぎたばかりだが、道沿いの商店はどこも人でいっぱいだ。

 ところどころに露天商がいて、元気そうに声を張り上げている。

 広場のようなところでは大道芸人たちが芸を披露し、観衆の拍手喝采を浴びていた。

 ずいぶんとにぎやかだな。

「もしかして今日はお祭りなんですか?」

 俺がそうたずねると、クロムさんは首を横に振った。

「いえいえ、オーネンはいつもこうですよ。ここは周辺で一番の大都市ですからね。移住してくる人が多すぎて、街の拡張工事が間に合わない、なんてうわさもありますよ」

 街は分厚い城壁に囲まれていたが、拡張工事ということは、継ぎ足しを行うということだろうか。

 なかなか大変そうだ。


 冒険者ギルドの場所は街の中心部で、大きな噴水広場の近くだった。

 レンガ造りの、いかにも頑丈そうな建物だ。

「ありがとうございました、クロムさん」

「これくらいお安い御用ですよ。……ああ、そうだ。こちらをお持ちください」

 俺が馬車を降りようとすると、クロムさんが小さな革袋を手渡してきた。

 サイズに反してずっしりと重い。中からはチャリチャリと音がする。

「クロムさん、これは……?」

「昨日、コウ様は馬車の荷物を【アイテムボックス】で運んでくださったでしょう? そのお礼です。冒険者を始めるにあたっての支度金としてお使いください」

 革袋を開くと、そこにはぎっしりと金貨が詰まっていた。

「これ、結構な額ですよね。いいんですか?」

「もちろんですとも。コウ様はそれだけの働きをしたのですから、正当な報酬を受け取るべきです。……まあ、正直なことを言えば、うちの商会のお得意様になっていただければ万々歳ですな。コウ様はいずれ高ランクの冒険者になるでしょうし、そのときを見据えての投資というわけです。はっはっは」

 クロムさんは冗談っぽく笑い声をあげた。

 俺が金貨を受け取りやすいよう、気を遣ってくれているのだろう。

「分かりました。それじゃあ、このお金はできるだけスカーレット商会に還元させてもらいます」

「ええ、ぜひともごひいにしてください。それでは失礼いたします。何か困ったことがあれば、いつでも屋敷に来てください」

「ありがとうございます。クロムさんのほうこそ、俺の力が必要なときはいつでも呼んでください」

 別れの挨拶のついでに握手を交わし、俺は馬車を降りた。


 クロムさんの馬車を見送ったあと、俺は歩道の端に寄ると、革袋をのぞき込んだ。中にはたくさんの金貨が入っているが、果たしてどれくらいの額なのだろう?

 【鑑定】を発動させてみると、すぐに答えが分かった。

 総額、八万コムサ。

 コムサというのは全世界共通の通貨単位であり「一コムサ=一円」程度の価値のようだ。

 つまり俺は八万円をポンと手渡されたことになる。

 ありがたいというか申し訳ないというか……せめてもの恩返しに、買い物はできるだけスカーレット商会を利用しよう。

 さて、お金の件はここまでとして……冒険者ギルドに行くか。

 俺は【アイテムボックス】を開いてアーマード・ベア・アーマーを装着する。

 左肩にははくせいの頭部を付けたままにしておく。威圧感がものすごい。

 触ってみると毛並みは意外とモフモフだった。

 冒険者ギルドの扉を開けて中に入ると、ロビーには大勢の冒険者が集まっていた。

 一部の人はやけに耳が長かったり、獣耳や尻尾が生えている。

 どうやらこの世界にはエルフや獣人がいるようだ。

 こういうのを見ると、いかにもファンタジーって感じがしてテンション上がるよな。

 奥のほうに窓口があったので、そちらへ向かうことにした。

 ……んん?

 俺はふと異変に気付く。

 さっきまで思い思いに過ごしていたはずの冒険者たちだが、今は口をつぐんで黙り込み、こっちの様子をチラチラとうかがっていた。

 その姿は、まるで肉食動物をやりすごそうとする草食動物のようだ。

 められないようにアーマード・ベア・アーマーを着ているわけだが、おびえさせてしまうのは想定外だった。

「なあ、あれってアーマード・ベアのよろいだよな……」

「アイツが噂の『熊殺し』か? ほら、城門のところでクソようへいをぶちのめしたっていう……」

「その話なら知ってるぜ。傭兵どもに熊の生首を見せつけて、『これが三秒後のおまえだ』って脅しつけたんだろ?」

 鎧に付与された《聴覚強化A》のおかげで、ヒソヒソ話が漏れ聞こえてくる。

 昨日の一件はすでに冒険者のあいだで噂になっているらしいが、『熊殺し』ってなんだ。

 変なあだを付けないでほしい。

 というか、話が妙な方向に膨らんでないか?

 熊の生首を出したのは事実だが、傭兵は脅してないぞ。

 とんだ風評被害だ。

「『熊殺し』のヤツ、冒険者ギルドに何の用事だ? 殴り込みか?」

「だったら今ごろ俺たちは皆殺しだろうよ。……アイツ、もしかして冒険者なのか?」

「だとしたらランクはAかSか……、くううっ、気になるぜ」

 期待に沿えなくて申し訳ないが、俺は新人冒険者だ。

 ギルドの受付は三つあったが、真ん中は担当者不在になっていた。

 左側のカウンターには男性が座っていたが「あっ、僕、ちょっと持病が……!」などと言いだし、奥のほうへ引っ込んでしまう。

 それはもしかして、持病じゃなくて臆病じゃないだろうか。

 残るは右側のカウンターだけで、そちらには小柄な少女が座っていた。

 年齢は十代後半くらいだろう。くりいろのふわっとした髪をみつあみにして片側に寄せている。金色の瞳はキラキラと輝き、いかにも快活そうな印象を受ける。

 顔立ちはやや幼げだが整っており、ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべていた。

「ようこそ、冒険者ギルドオーネン支部へ! お兄さん、素敵なファッションですね!」

 どうやらこの受付嬢、なかなか大物のようだ。

 持病の臆病で逃げ出した誰かさんも見習ってほしい。

 受付嬢の名札を見ると、ミリアと書いてあった。

「こちら、総合窓口になります。なにかご用事ですか?」

「はい、冒険者登録を──」

 お願いしたいのですが、と言いかけて、俺はクロムさんのアドバイスを思い出す。

 しまった、冒険者は敬語を使わないんだっけな。

「冒険者登録をしたいんだが、いいか?」

「と、登録ですか!?」

 ミリアはなぜか驚いたように目をパチクリとさせていた。

「あっ、ごめんなさい……。立派な装備ですし、てっきり、他の国で活躍されていた冒険者さんかと思ってました」

「いや、ただの新人だよ。期待外れですまない」

「いえいえ、わたしが勝手に勘違いしちゃっただけですから! どうかお気になさらずっ!」

 ミリアはそう言うと、カウンターの下から一枚の紙を取り出す。

 そこには『冒険者ギルド登録申請書』と書いてあった。

「まずはこれに記入してください。そのあと、実技試験を受けていただきます」

「分かった。ペンを借りていいか」

「もちろんです。どうぞどうぞ、派手に使っちゃってください」

 俺はペンを受け取ると、ぱぱっ、と必要事項を埋めていく。

 名前、年齢、性別のほか「持病はあるか」「犯罪歴はあるか」といったチェック項目などなど。

 一番下には「アピール」欄があり、ここには得意武器やスキルなどを自由に書き込むようだ。

 俺はしばらく考えてから、荒事は苦手ですと書き込んだ。

「これでいいか?」

「はーい、ちょっと確認しますね」

 そう言ってミリアは申請書を読んでいき、最後のところで首をかしげた。

「荒事が苦手って……ええっと、冗談ですよね?」

「いや、本気だ。できるならあまり戦いたくない」

「そ、そうですか……。とりあえず、これで受理しますね。次は実技試験です。教官の予定は……あっ、ちょうど今の時間は空いているみたいです。どうしますか?」

「実技試験って、何をするんだ?」

「教官との模擬戦です。ただ……」

 ミリアは少し考え込むと、言いづらそうにこう告げた。

「今日の試験担当者は元Aランク冒険者なんです。いつも『オレはアーマード・ベアより強い』と豪語してますし、ちょっと大変かもしれません」

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