第三話 クロムさんの屋敷に招待されてみた。
俺はBランク
まあ、当たり前か。
細かい事情を抜きにすれば、俺は衛兵の目の前でケンカをやらかしたわけだしな。
ただ幸いなことに、衛兵らは俺に対してかなり同情的な様子だった。
「コウさん、そう身構えなくても大丈夫ですよ。
取り調べは、その言葉の意味を忘れそうになるくらい和やかなものだった。
事実関係のチェックはそこそこに、最後はほとんど雑談のようになっていた。
「あまり大声では言えませんが、実は最近、傭兵ギルドがらみのトラブルが増えているんですよ」
「そうなんですか?」
「冒険者ギルドはきっちりした組織ですが、傭兵ギルドはちょっと……」
「まさかとは思いますが、『ドクスの
「それは大丈夫です。ドクスは他の傭兵からも嫌われていましたから。今ごろ傭兵ギルドの人間たちは大喜びしているはずですよ」
おいおい、それでいいのか傭兵ギルド。
いろんな意味でロクでもない組織だな……。
〓
取り調べが終わったころにはすっかり夜も更けていた。
本来、街に入るには何らかの身分証明書が必要だが、俺は何も持っていない。
幸い、クロムさんが身元引受人になってくれたおかげで、オーネンの街に入ることができた。
「ありがとうございます、クロムさん」
「コウ様は命の恩人ですからな。これくらいは当然です。今日はぜひ、私の屋敷に来てください」
「ご迷惑ではありませんか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。この時間では宿を探すのも大変でしょうし、遠慮なさらず」
ここまで言われたなら、断るほうがかえって無礼だろう。
俺はクロムさんの屋敷に向かうことにした。
余談だが、俺が取り調べを受けているあいだに、クロムさんは傭兵ギルドに今回の事件をきっちり報告して「もう二度と傭兵ギルドには依頼しない」と伝えたらしい。
俺もそれがいいと思う。
詰め所を出ると、ちょうどそこには小ぎれいな馬車が止まっていた。
馬車のそばには執事服を着た初老の男性が立っており、クロムさんを見ると丁寧にお辞儀をした。
「大旦那様、お迎えに上がりました」
「ご苦労だったな。……こちらはうちの執事です。コウ様、屋敷までは馬車で行くとしましょう」
オーネンの街並みは中世風というより近代的で、魔法の
すでに遅い時間帯だが、人通りは多い。
人々の服装はかなり洗練されていて、現代人の俺の
どうやらこの世界の文明レベルは、それなりに高いようだ。
街の住人たちはこの馬車を見るなり大慌てで道を空けているが、もしかしてクロムさんはかなりの有力者ではないだろうか?
思い返してみれば、衛兵たちもクロムさんに対してやけに丁寧な態度だったしな。
有力者に貸しを作れたと考えるなら、俺の異世界生活は、わりあい順調な滑り出しかもしれない。
ありがたい話だ。
馬車はやがて閑静な住宅街に入った。
大きな屋敷が立ち並ぶなか、ひときわ立派な建物の前で止まった。
「それでは参りましょうか、コウ様」
「ええと、お邪魔します……」
屋敷に入ってみれば、使用人と
やっぱりめちゃめちゃ金持ちだ、この人!
〓
預かっていた荷物と馬車を返したあと、夕食ということになった。
内容はかなり豪華なもので、前菜とスープから始まり、魚料理、肉料理、デザート──まるでフランス料理のフルコースだ。肉料理の『オーネン地鶏のロースト』はやわらかな鶏肉を
夜はそのまま屋敷に泊まることになる。
客間は高級ホテルのように豪華で広く、ベッドもフカフカだ。
のんびりと横になって、これからのことを考える。
「現代に帰りたいかって言われると、うーん……」
もし日本に戻れたとしても、そこに待っているのは忙しいばかりの社畜生活だ。
恋人もいないし、両親は数年前に亡くなっている。
正直なところ向こうの世界に未練はない。
「こっちの世界のほうが、現代日本よりもずっと魅力的なんだよな……」
ゲームみたいな異世界に行き、現代じゃできないような大冒険をする──。
誰だって一度くらいはそんなシチュエーションを想像したことがあるはずだ。
俺自身、
せっかく会社から解放されたわけだし、気ままに自由に旅をしつつ、異世界を楽しみたい。
とはいえ、それは後々の目標だ。
俺はこの世界に来たばかりで一般常識というものが欠けている。
まずはこの街で暮らしながら異世界に慣れていこう。今は堅実に足場を固める時期だ。
「そういや、家についても考えないとな」
ここで暮らすのなら、当然、住居が必要になってくる。野宿や路上生活はちょっと遠慮したい。
ああ、そうだ。仕事も探さないと。お金がなければ生活も成り立たない。
懸案事項は多いが、どれもこれも俺一人では答えが出せないものだ。
なにせ分からないことが多すぎる。
クロムさんには悪いが、明日も色々と
翌日の朝食が終わったあと、俺はクロムさんに相談を持ち掛けた。
住居についてだが、なんと、クロムさんのほうで一ヶ月分の宿を確保してくれるという。
「これも命を救ってくださったことへのお礼です。コウ様は山奥で暮らしていたわけですし、街での生活については分からないことも多いでしょう。いきなり一人暮らしを始めるのは大変かと思います。まずは宿でのんびり過ごしながら、街の空気に慣れていくのはいかがでしょうか?」
クロムさんの提案は納得できるものだった。
見知らぬ土地で一人きりの生活というのは不安が大きい。
そういう意味じゃ、宿を生活拠点にするのはアリだろう。
何か困ったことがあっても従業員に訊けばいいからな。
「うちの商会が経営している宿ですので、サービスの良さは保証しますよ。もし問題があれば、いつでも、私に言ってください」
それは頼もしい……というか、商会だって?
質問してみると予想外の答えが返ってきた。
初対面のとき、クロムさんは「商人だ」と名乗ったが、実のところただの商人じゃなかった。
スカーレット商会という大商会の長だったのだ。
そんな人間がどうして行商人みたいな一人旅をしていたかといえば、なんでも「現場の手触りを忘れないため」らしい。意識高いな。
ただ、今回の事件がきっかけとなり、息子さんに商会長の座を譲ることにしたそうだ。
「天の神々は、私への〝退職金〟として、コウ様との縁を用意してくださったのでしょうな」
「俺なんか大したことないですよ。単にスキルがいいだけですし……」
クロムさんは俺をベタ褒めしてくれるが、それを素直に受け取るのは難しかった。
なにせ、すべてはスキルのおかげだからだ。
異世界に召喚されたとき、たまたま強いスキルを得たから活躍できるだけ。
自分自身が努力して
なんだか少し後ろめたい気持ちになって、俺は小さくため息をついてしまう。
すると、クロムさんが真剣な表情でこう告げた。
「コウ様、ひとつだけ年寄りとしてアドバイスさせていただきますと、『よい手札を引くこと』と『よい手札を使いこなすこと』のあいだには大きな距離があります。恵まれたスキルを持ちながらも使いこなせない者、周囲をひたすら不幸にする形でしか使えない者は、いくらでもおります」
それを聞いて俺がパッと思い浮かべたのは、傭兵のドクスだった。
【剣術】スキルを持っていても、依頼人を見捨てるようなマネをしたら終わりだろう。
「ですが、コウ様は違う。優れたスキルを使いこなし、さらには、私の命まで助けてくださいました。それは誇るべきことでしょう」
「……ありがとうございます。覚えておきます」
俺は小さく頭を下げながら、この世界の価値観について考えていた。
この世界にはスキルの概念が存在するが、それは俺の思う以上に、人々の価値観というものに大きく影響しているのだろう。
話が一段落したところで、次は仕事について相談してみる。
その際、いずれ世界中を見て回りたいということも伝えた。
「でしたら、冒険者ギルドに登録するのが一番かと思います。コウ様の実力なら上位ランクもすぐでしょうし、平均以上の暮らしは望めるはずです」
また、冒険者ギルドに登録すれば
「分かりました。冒険者ギルドに登録します」
「私もそれが一番かと思います。……ああ、そうそう。これはベテランの冒険者さんから聞いた話ですが、登録のときは
冒険者というのはヤクザな稼業なので、メンツを保つのが大事……ということだろうか。
だったらスーツはちょっと微妙だし、どこかで鎧を調達したいところだ。
クロムさんと別れ、部屋に戻ったところでピンと
「アーマード・ベア……アーマーを日本語にしたら、鎧……?」
ダジャレみたいな発想だが、アーマード・ベアの素材で
俺は脳内で【アイテムボックス】を開く。
【アイテムボックス】の中身は、ヒキノ素材の武器や食器、テーブル、椅子など、かなり
まずは下準備として【解体】を発動させた。
すると『アーマード・ベアの頭部』のほか『アーマード・ベアの毛皮』や『アーマード・ベアの鋼殻』が十個ほど手に入った。鋼殻というのは、おそらく、アーマード・ベアの身体を覆っていた金属のような物質だろう。
新しい素材を手に入れたことで、それに応じたレシピが頭に浮かぶ。
……どうやら予想どおり、アーマード・ベアの素材を使うことで鎧を作成できるようだ。
ふふん、俺のカンも捨てたものじゃないな。
ちょっと誇らしげな気持ちになりながら【創造】を発動させる。
数秒の間を置いて、【アイテムボックス】に新たなアイテムが追加された。
アーマード・ベア・アーマー:アーマード・ベアの素材を使った鎧。さほど重くはないが、強固な鋼殻を使っているため高い防御性能を誇る。
付与効果:《物理防御強化A+》《怪力S+》《聴覚強化A》
《物理防御強化A》は防御力、《怪力S+》は攻撃力へのプラス補正と考えればいいだろう。
《聴覚強化A》も地味にありがたい。魔物の接近をすぐに察知できそうだ。
総合すると、かなり戦闘向けの装備といえるだろう。
「とりあえず、着替えるか」
俺は【アイテムボックス】からアーマード・ベア・アーマーを取り出そうとした。
そのとき、脳内に無機質な声が響いた。
アーマード・ベア・アーマーを装備しますか?
いかにもRPGっぽいメッセージだな……。
「はい」と答えてみたら、予想外のことが起こった。
俺の着ていたスーツが消えたかと思うと、次の瞬間、全身が革鎧に包まれていた。
胸部や肩、肘、膝などは鋼殻によって重点的に守られている。
瞬時に服装が変わるなんて、まるでヒーローの変身だ。宴会芸に使えるかもしれない……というのはジョークとして、鎧なんて着たことがないので、自動で着替えさせてくれるのはありがたい。
部屋には鏡があったので、自分の姿を確認しておく。
「……ワイルドだな」
左肩にはアーマード・ベアの生首が乗っかっていた。
これは飾りの
鎧の防御力にはまったく関係ないが、怒りの形相を浮かべており、威圧感だけはものすごい。
これを着ていけば舐められることもないだろうし、冒険者デビューにはピッタリの格好だ。
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