第一章 閑話 その後の話とデートのようなもの



 クレセリア大陸は肥沃な土地だ。


 それを統べる聖クレセリア王国は大陸の中央に位置しており、王国を起点に様々なネットワークが張り巡らされている。


 王国の中央には王都があり、正に天下の台所といったところであろうか。海までの街道が整備されていることもあり、新鮮な魚介類も手に入る。


 王国から領地が決められている。大陸中央に聖クレセリア王国。


 北西はアルバート領。


 北東はバイラル領。


 南西はシルビア領。


 南東はドラゴニル領。


 それぞれ王族に連なる一族が統括しており、過去にそれが覆った事はない。


 それぞれの領地による優劣はなく、税率も統一されている。


 ただ、土地の差というものはどうしてもあるもので、北に位置する領土は冬が厳しく、夏は涼い。

 南は冬はそこまで寒くはないが、夏は暑い。


 中央にある聖クレセリア王国は満遍なく四季を感じることができる。

 王国に居住を構える事が出来るのは、やはり富を持っている連中なのだろう。



 さて、クレアルド雑貨店がどこに店舗を構えているかというと、これは少し難しい話になる。


 ぶっちゃけていえば富がないわけではない。ただ客が来ないだけだ。

 正しくは客が来ないっていうのも語弊があるのだが、まぁそれは置いておこう。


 一応俺はダークエルフだ。店員のリルもエルフ。


 森の一族なんて云われている身だ。自分ではそんな事ないと思っているつもりでも、やはり心のどこかで木々に触れる生活ってのを求めているのかもしれない。


 結果、聖クレセリア王国から外れているが、決して離れてはいない。郊外というには少し語弊があるかもしれない。


 程々に近い、そういった所に俺の店はある。


 領土はシルビア領、その北東付近といった所か。


 今の所は不満はない。

 客は滅多に来ないけど、うちを利用出来た客からの繋がりは今もある。


 最近だとアンナさんかな。

 妹さん、ラウネさんだったか、一緒に遊びに来てくれた。


 お手製のパンを持って来てくれたんだ。野菜がドサドサと入ってるやつ。

 肉を挟めば更に美味しくなりそうってリルと話してたら、アンナさんはやっぱりって笑ってた。


 ああいった笑顔を見ると、やっぱり嬉しいよな。



 今日は、リルとの約束を果たす為に王都に行く予定だ。


 先日の神隠しの際の、デラックスパフェを奢る約束の為だ。


 天気は良いし、風が程よく通り抜けていく。

 その際に揺れる木々の匂いが少し濃い。


 もうすぐ夏がやってくるんだなぁ。


 もう何度目の夏を過ごしてきただろう。

 良い思い出もあればそうでない事も沢山あった。


 その度に思う。


 今年が一番の夏になりますように。



「すいません、お待たせしました! さぁ行きましょう!」


 店内の奥のドアが開く。

 2階からドタドタと足音を響かせてみれば、扉を勢いよくバーンと開けてリルは現れた。


「おう、んじゃ行くか…って、ほう、今日は可愛いコーデかね。涼し気で大変よろしい」


 俺は冗談めかして両手を合わせ、ありがたやありがたやと頭を下げる。


「えへへ、似合ってますか?」


「そりゃもう。王都の奴らは大変な思いをしそうだな」


 リルはエルフだ。元々の容姿は極まっているといっていい。


 それに加え、エルフという種族に似つかわしくない胸の暴力により、王都の男共は簡単にノックアウトされるだろう。


 白いワンピースに麦わら帽子。下は少し厚底のサンダル。


「そうでしょう。でもそれはこちらのセリフでもありますけどね」


「そうだろうそうだろう。ダークエルフはレア種族だからな。でもまぁ帽子被っていくしそこまで分からないだろ」


「クレアさんの場合は普通に顔が知れ渡ってますからね。有名人は大変ですねぇ」


 そう、俺は王都では有名人なのだ。ダークエルフってのも勿論だが、別の意味で。


「だから、モンドカフェに行ったら速攻帰るからな。今日はショッピングはなし」


「はい、それでいいですよ。では、行きましょう!」


 言葉の勢いのままに俺の左手を取り一緒に店から出る。

 そのまま右腕は俺の左腕をガシッとロックし、嬉しそうに笑っている。


「リルさんや。左腕と俺が喜んでおるよ」


「おうおうクレアさんや。それは良かったのう」




 王都の名物といえば、なんといっても噴水だろう。


 水というものは元来貴重なものだ。

 全ての生物、果ては大地にとって最も必要なものであり、そして美しい。


 王都の噴水は都の中央に陣取っており、様々な趣向が織りなす正に象徴ともいえるべきものだろう。


 聖クレセリア王国のシンボルである幻の聖獣フェンリル、それに背を預ける戦乙女が掲げた剣の先からとめどなく水が湧き出ている。


 キラキラと日の光に当たって反射して、そこに小さな虹がかかっていた。


 噴水の周りには花壇が円状に設置されており、多種多様な花弁が花開いている。

 等間隔に置かれているベンチには、観光客や住民が座っており、いつも賑やかだ。


 多種多様な露店も展開されており、買い食いをしながら王都を見物するのも立派なデートプランだと言えよう。


 俺はいま、そのベンチの一角に腰かけ、もぐもぐと串焼きを頬張っていた。


「やっぱり、甘いものの後はしょっぱいものですよねぇ」


「美味しさ2倍ってやつだなぁ」


「やっぱりここの串焼きは美味しいですねぇ」


「適量なら更になぁ。リル、買いすぎ。指と指の間に全部串が刺さってんじゃねぇか」


 さながらそういった武器のようだ。

 何とかの爪みたいな。


「チッチッチッ、甘いですねぇクレアさんは。さっきのデラパフェより甘いですよ」


 デラパフェは、王都でも指折りの人気喫茶店、モンドカフェの大人気メニューであるデラックスパフェのことだ。


 とんでもない大きさのパフェである。なんだろう、とにかくデカい。

 大の大人が3人がかりで食べるようなヤバさだ。


 リルはペロリと食べたけど。


「何がだよ。デラパフェより甘かったら何なんだ。俺は黒砂糖か」


 それにそこまで黒くねぇんだよ。ダークエルフだけど。


「あれだけの大量な甘いものを食べたんだから、相応のしょっぱいものを食べないとバランスが取れないでしょう。全く、これだからデラパフェ素人は…」


 はぁ…と溜め息をつき首を振るリル。フリフリと串焼きも揺れる。


「ちょいちょい! タレが落ちる! 串焼きのタレがぁ!」




「さて、そろそろ帰りますか」


「そうしよう、俺は疲れた」


 結局夕方近くまで王都をブラブラしていた俺たち。


 良かった、バレなくて。


「今日の夕飯は何にしましょうかねぇ」


「お前、さっきあれだけ食べといてまだ食うの…?」


「勿論。さっきのはお昼ご飯でしょうに」


「デラパフェと大量の串焼きで既に成人男性の3日分くらい食ってるぞ」


「その成人男性はさぞ食が細いんでしょうねぇ」


「言ってろ。疲れたから帰りは魔導バイクで帰るぞ。さっさと帰って風呂入りたい」


 多少風があって涼しかったものの、今日は天気が良かった。

 多少は汗をかいた。てかデラックスパフェと大量串焼きのコンボでの冷や汗が全てだが。


「はい、私も入りたいのでサクッと帰りましょう。それじゃ一旦王都を出ましょうか」


「そうしよう」



 王都を出た俺たちは、そのまま街道を行く。


 人気がない事を確認し、俺は指をパチンと鳴らした。


 魔導バイクが目の前に現れた。


「相変わらず便利ですねぇ。時空魔法」


「これしか使えないけどなぁ」


 そう言ってバイクに跨る俺とリル。


「んじゃ行くか」


 魔導バイクを起動させる。辺りに振動が伝わり、それを置き去りにしていく。


 少しスピードを上げた。受ける風を楽しみながら、なんだかんだ今日は良い一日だったと振り返る。


「今日はありがとうございました。ご馳走様でした。夕飯は、あっさりしたものにしましょうね」


 リルが背中にギュッと抱き着いてきた。スピードを上げたから当然だろう。


「そうしてくれると嬉しい。なぁリルさんや」


「何かね、クレアさんや」


「背中と俺が喜んでおるぞよ」


「おうおうクレアさんや。それは良かったのう」

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