第30話 警告と確信の間

ログを閉じても、スマホの画面は静かに震えていた。

蓮は深呼吸しながら、その震えをポケットの中で握り潰すように押さえた。


紗奈は立ち尽くし、奏は腕を組んで夜風を受けていた。


「……蓮君」


奏が低く呼んだ。


「ログを開く選択は、あなたにとって正しい。

 でも同時に──“世界に姿を晒した”のと同じ」


蓮は目を細める。


「世界に……?」


「今のログは、観測情報。

 観測された未来は“修正対象”になる。

 つまり、あなたの目の前にあるのは予言じゃなくて……“犯行予告”」


紗奈の息が止まった。


「犯行……予告……」


蓮は紗奈の手を握った。

その手は汗ばんでいたが、繋いだ瞬間、紗奈はほんの少しだけ落ち着いた。


奏が蓮を見据える。


「蓮君。

 未来を知れば、死は事故から事件へ移行する。

 これは干渉型干渉の典型。

 事故は運。事件は意図。

 世界は“死を意図的に作る段階”に進んだ」


紗奈は顔色を失った。


蓮は逆に怒りで顔色が変わる。


「つまり……世界はまだ終わらせる気なんだな。

 死の形を変えてまで」


奏は頷く。


「世界は未来の確定を好む。

 人間の命より、因果の整合性の方を優先する」


紗奈は震える声で言った。


「じゃあ……じゃあ私……

 どうしたら……生きられるの……?」


奏は膝を折り、紗奈の目線に合わせた。


彼女は血縁の親ではないが、

それでも家族にしか出せない声を出した。


「紗奈。

 “生きたい”と思って。

 それが一番強い干渉よ」


紗奈は顔を歪めた。


「でも……死ぬ未来ばっかりで……

 生きたいって思ったら、怖いだけだよ……」


奏は紗奈の肩を握った。


「いいの。

 怖くていいの。

 “怖いから逃げたい”は生存の証」


紗奈は目を見開いた。


蓮は横から小さく笑った。


「俺も同じだよ。

 怖いから守る。

 逃がしたくないから守る。

 それ以上理由なんかいらない」


紗奈は蓮を見た。


その目は泣いているのに、どこか嬉しそうだった。


だが次の瞬間、スマホが震えた。


紗奈のではない。

蓮のでもない。


奏のスマホだ。


奏が画面を見た瞬間──顔色が変わった。


「……予言区画から“更新通知”?」


蓮が眉を寄せる。


「何の更新だ?」


奏は口を噛んだ。


「“存在確定因子”の増加。

 それも……“二体”」


蓮と紗奈の目が同時に揺れた。


奏は説明した。


「存在確定因子っていうのは……

 “未来を塗り替える力を持つ人間の数”

 つまり……“蓮と紗奈以外にも干渉者がいる”ってこと」


紗奈は息を詰めた。


「二人も……?」


奏は画面を握りしめた。


「想定外よ。

 干渉者は一つの周回系で一人だけのはずなのに……

 蓮君の存在が想定を壊したのか……

 あるいは……」


蓮が低く問う。


「誰だ。

 未来に触れる人間が他にもいるってことか?」


奏は首を振る。


「干渉の形は分からない。

 “夢で未来を見る”者もいれば、

 “死を予見する”者もいるし、

 “記憶を持ち越す”者だっている」


紗奈が蓮の服を掴む。


「つまり……

 蓮以外にも……私を死なせられる人がいるってこと……?」


奏は言葉を選んだ。


「“望んだ者”だけじゃないわ。

 “望まない者が巻き込まれる”こともある」


蓮の胸が冷える。


未来のログを守れば事件に変化し──

干渉者が現れれば犯人が変わる。


つまり──


死因は動く。

犯人も変わる。

場所も形も指定できない。


蓮は言った。


「……つまり、

 “事件型”に移行したってことか」


奏は静かに頷いた。


紗奈は小さく震えた声で聞いた。


「奏さん……

 干渉者って……その人たちって……

 敵……なの……?」


奏は息を吸って──答えを一文字ずつ置いた。


「敵にも味方にもなる。

 未来を変えられる人間は……

 世界から見れば“異物”。

 互いに干渉し合えば補正は乱れ、

 死は加速する」


紗奈は顔を伏せた。


蓮はゆっくり紗奈に手を置く。


「安心しろ。

 誰だろうと関係ない。

 お前を殺す可能性があるなら──

 先に潰す」


紗奈の目が揺れて、かすかに笑った。


奏は蓮を見て言った。


「言い忘れていたわ。

 存在確定因子の増加にはもう一つ意味がある」


蓮が目を向ける。


「なんだ?」


奏は紗奈を見た。


紗奈も顔を上げる。


奏の声は淡々としていた。


「紗奈。

 あなた自身も“存在確定因子”になった」


紗奈の呼吸が止まった。


蓮も目を見開いた。


奏は続ける。


「六度の死と周回干渉。

 それに加えて“夢”の情報量。

 そのどれか、あるいは全部が引き金になった。

 紗奈は未来を改変できる存在になった」


紗奈は震えながら呟いた。


「私は……

 死ぬだけの未来じゃなくて……

 変える側にも……?」


奏は頷いた。


「紗奈。

 あなたは──蓮と並走する立場になったの」


蓮は紗奈を見た。


その瞬間、未来ログが鳴った。


【存在確定因子・紗奈の“未来選択”を検出】


紗奈は小さく息を呑む。


【未来選択肢(初期):死亡/生存】


画面は二択だった。


紗奈の手が震えた。


蓮はその手を包み、笑った。


「選べ。

 お前が生きたいなら──

 俺は絶対に負けない」


紗奈は涙の奥で微笑んだ。


そして、震える指で──


生存を選んだ。


ログが静かに更新される。


【死因ログの再計算を開始】

【干渉者の行動を監視】

【事件型死因の発生確率が上昇】

【補正:人為的介入】


蓮は舌打ちした。


「来るな……本格的に」


奏は深く息を吐いた。


「ええ。

 これで“事故の時代”は終わった。

 ここから先は──

 人間が殺しに来る」


夜風が吹く。


未来は変わった。


死因は動き出した。


干渉者はまだ姿を見せない。


だが蓮は確信していた。


紗奈はもう“守られるだけの存在”じゃない。


そして──


この後、最初の干渉者が姿を見せることを

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