第25話 カウントダウン
画面に表示された世界権限の通知は、廊下のざわめきとは別世界だった。
【干渉の代償:対象の“感情依存記憶”剥奪】
対象:紗奈
猶予:23:59:12
秒がカウントされてる。
俺は画面を見たまま固まる。
止めようとしても現実は動いていく。
廊下の中央ではAEDが鳴り、教師が叫び、救急隊が駆け込んでくる。
世界は“紗奈以外”から均衡を奪っている。
紗奈が袖を握ったまま、小さな声で言う。
「蓮……何これ。これ……怖い」
怖いよな。
だけど本当に怖いのは──
この通知の意味を理解してるのが俺だけってことだ。
俺は紗奈の肩を押して、保健室の前のベンチに座らせた。
誰もこっちを気にしていない。
世界は人の死で忙しい。
紗奈は俺の顔を見て、小さく息を飲んだ。
「ねぇ蓮……顔色、真っ白だよ……?」
言われて気づいた。
手が汗でぐちゃぐちゃだ。
言わなきゃいけない。
でも言った瞬間、紗奈は世界に巻き込まれる。
ほんと不公平だ。
どうやっても紗奈に地獄を背負わせる。
そんな俺の葛藤をぶった切るように、スマホが震えた。
“非通知”
出る前から誰だかわかる。
『蓮君、聞こえる?』
奏さんだ。
周囲の雑踏が遠くなった。
「……聞こえてます」
『時間は動いてる。あなたの感情は選択を遅らせるだけ』
「……正しい答えなんてねぇよ」
『正しいかどうかじゃない。“選ぶかどうか”よ。
世界はもうあなたを干渉者として確定した。』
干渉者。
紗奈を救い続けて世界から代償を奪い続けた存在。
奏さんの声は淡々としていた。
『紗奈の七つ目の死因が確定するのは“今日”。
死因は変動型。心臓とは限らない。』
今日。
つまり“猶予が過ぎる前”に死ぬ可能性がある。
呼吸が乱れた。
紗奈の死は、誰かの死で補填される。
代償は“感情依存記憶”。
奪われるのは“紗奈の好きの理由”。
やがて好きそのもの。
奏さんはさらに続けた。
『蓮君。現時点で紗奈の“夢ログ”はあなたより高い位置にある』
息が止まる。
「紗奈の……?」
『あなたが知らない夢を紗奈は既に見てる。
重複した死因。
あなたの表情。
あなたが彼女の死を知っている顔。
全部ログに残っているの』
背筋が冷えた。
つまり紗奈は──
薄い形で周回を知ってる。
夢で“死んだ自分”を見てる。
そして奏さんは核心を落とした。
『紗奈はもう気づいてるわ。
“自分が死ぬ未来を蓮が知っている”ってことに』
俺は手で顔を覆った。
紗奈が震えた声で言う。
「蓮……話して」
その声は泣いていないけど、泣き方を忘れてるみたいに弱かった。
時間は減っている。
23:48:27
俺は深呼吸をして、紗奈の目を見る。
「紗奈。話す。全部話す。
でもまず聞いてくれ」
紗奈は頷く。
ただ、普通じゃなかった。
足が震えている。
俺は言った。
「紗奈は……六回死んでる」
紗奈の瞳孔が広がった。
「……夢じゃ……ないの……?」
夢──
やっぱり見てたんだ。
俺は続けた。
「交通事故が二回。転落が一回。廊下の老朽化が一回。
心臓が一回。
全部俺は見てる。
それを止めた俺は……干渉者になった」
紗奈は耳を塞ぎたいみたいに手を胸に当てた。
「私……死んでたの……知らない間に……?」
「知ってたんだよ。夢で」
紗奈の顔から血の気が引く。
「……だから怖かったんだね……蓮」
気づいてたんだ。
俺が死のログを見て怯える顔。
心電図を見る目。
紗奈を見るときの“覚悟の顔”。
全部、紗奈は夢で見てたんだ。
だから俺が近づくと不安になる日があった。
理由は分からなくても、感情がログを覚えていた。
世界は残酷だ。
紗奈に“感情“を先に渡して、“理由“を奪う。
俺は紗奈の手を握った。
汗で濡れてても、放せなかった。
そして紗奈は泣きそうな笑みで言った。
「蓮。私ね……一個だけ聞きたい」
「なんだ」
「どうして……助けてくれたの?」
俺は答えたかった。
“好きだから”って。
でもそれを言った瞬間に奪われる。
それが代償の仕様だ。
感情依存記憶は“理由”から先に消える。
紗奈の“好きの理由”も奪われる。
だから俺は違う言い方をした。
「紗奈が、生きてる方が俺の世界が綺麗だから」
紗奈は瞬きして、それから笑った。
泣きも怒りも混ざった顔で。
「それ……反則……」
だが笑った後、紗奈は喉を押さえた。
「っ……」
心臓じゃない。
喉。呼吸。
俺は肩を掴んだ。
「紗奈!!」
息が吸えない顔だった。
七つ目の死因は“窒息”かもしれない。
そこへ保健の先生が走って来た。
「相良さん!?大丈夫!?」
周囲が動いている。
世界は紗奈を殺したがってる。
先生が紗奈の背中をさすりながら叫んだ。
「救急車!あと何分!?」
誰かが答えた。
「あと七分!」
七。
死因ログも七回目。
周回も七回目。
七は世界の確定値だ。
スマホが震えた。
世界権限が更新された。
【七つ目の死因候補:呼吸停止】
【修正可能:はい / いいえ】
【選択猶予:23:42:09】
俺の手が止まる。
ここで“はい”を押せば紗奈は呼吸停止を回避できる。
でも代償は進む。
世界は“均衡”を取る。
紗奈が死ねないなら──
世界か誰かが死ぬ。
紗奈は苦しい息の中で、俺を見た。
涙も声も出ない代わりに、
目だけが“助けて”って言ってる。
その瞬間、俺の親指が迷いなく画面を押した。
【はい】
世界は一度だけ止まったように見えた。
そして画面が切り替わる。
【干渉を検知:代償を適用します】
【代償:対象の“恋愛由来の理由記憶”消失】
対象:紗奈
俺は息を呑んだ。
理由記憶。
つまり──
“なんで蓮が好きなのか”
“なんで蓮を見ると胸が痛むのか”
その理由が全部消える。
紗奈は呼吸を取り戻し、先生に抱えられながら咳をした。
そして、俺を見た。
目が少しだけ空虚だった。
「……蓮?」
名前は覚えてる。
でも次の一言が、胸をえぐった。
「……なんで……私、泣いてるの……?」
理由が消えたからだ。
世界は容赦ない。
そしてスマホが新しい通知を出した。
【次の代償:対象の“蓮に関連する感情記憶”剥奪】
対象:紗奈
猶予:23:00:00
次は“好き”そのもの。
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