第23話 死の夢

ひどく静かな夜だった。


紗奈の寝息は規則的で、安らかに聞こえる。

でもその手は汗で湿っていて、何かを握るみたいに丸められている。


俺は眠れなかった。


ベッドとベッドの間の距離は二メートル。

たったそれだけなのに遠い。


天井を見ながら考える。


運命の干渉。

記憶の欠落。

代償。

紗奈の夢。

奏の研究。

未来のログ。

世界の修正。


どこにも逃げ道がない。


しばらくして、俺は目を閉じようとした。


その瞬間──

空気が歪んだ。


金属を擦るような音ではなく、

テレビの砂嵐を限界まで薄くした時みたいな微細なノイズ。


音じゃない。

脳内の“視覚の裏側”に直接触れてくる感覚。


紗奈の寝息が乱れた。


喉から押し殺した悲鳴みたいな音が漏れる。


「……や……め……っ……」


俺は飛び起きて紗奈の肩を揺さぶる。


「紗奈!起きろ!」


紗奈の体がびくんと跳ねた瞬間──

世界が戻ったみたいに静かになった。


紗奈の瞼が震え、ゆっくり開く。


目は開いているのに、焦点が合ってない。


涙が流れ落ちた。


紗奈は掠れた声で呟く。


「……死ぬ……」


空気が一気に冷えた。


「紗奈……今の、夢か?」


紗奈は頷く。

だけど声が出ないから、震える唇だけで言葉を作る。


俺は水を取って渡す。


紗奈は少し飲んで、呼吸を整えた。


しばらくして、かすかに声が出る。


「……私……死んでた……」


喉の奥から絞り出すような声だった。


言葉を選ぶ余裕なんてない。

ただ真実だけがそこにある。


俺は訊く。


「夢の中で、どうやって死んだ」


紗奈は肩を震わせながら答えた。


「呼ばれたの……名前……どこか外……走って……

気づいたら……地面が消えてて……

落ちて……首……曲がって……動かなくて」


転落死──三周目と同じだ。


でも夢の内容はもっと細かい。


紗奈は続ける。


「蓮くん……いた……」


俺は息が止まった。


「俺が……いた?」


紗奈は泣きながら頷く。


「蓮くんが……上から……見てて……何か叫んでた……

でも声が届かなくて……

そのまま……真っ暗になった……」


それは周回中の俺の目線だ。


七周目の俺ではなく──

三周目の“あの瞬間の”俺。


世界が過去の俺の視点を“夢として見せている”。


つまり紗奈の夢は

“俺の干渉のログ” だ。


紗奈は両手で顔を覆う。


「怖かった……死んだのも……怖かったけど……

蓮くんが諦めた顔の方が……もっと……」


俺はその言葉に喉が詰まった。


諦めたんじゃない。

間に合わなかっただけだ。


でも紗奈には“そう”見えている。


紗奈は泣きながら俺の服を掴む。


「蓮くん……私、死ぬんだよね……?

これって……予兆なんだよね……?」


俺は首を横に振る。


「違う。違うから」


紗奈は首を振り返す。


「だって……夢なのに……痛かった……

息ができなくて……体が動かなくて……

全部本物みたいで……

夢じゃなかった……!」


紗奈の声は壊れていた。


俺は紗奈の肩に手を置き、目を見て言う。


「紗奈。聞け。

夢じゃないなら、それは“未来”だ。

未来なら変えられる。

俺は変えてきた。

だから今回も変える」


紗奈は涙の中で小さく震えた声を出す。


「……変えるって……代償があるんでしょ……?

私を助けたら……蓮くん……私を忘れるんでしょ……?」


俺は答えられなかった。


紗奈は泣きながら笑った。


「そんなの……助けられてないよ……

死ぬのと同じじゃん……

私、蓮くんに……忘れられるなら……

死んでるのと変わらないよ……」


胸が切り裂かれたみたいに痛い。


言葉が無い。

正解も無い。


それでも言った。


「忘れてもいい。

全部忘れてもいい。

それでも助けたい。

生きてて欲しい」


紗奈は目を見開いた。


涙があふれて、息を吸い込んで、喉を震わせて──


「……馬鹿……」


その一言には

怒り、悲しみ、愛情、絶望、全てが混ざっていた。


紗奈は泣きながら俺の胸を叩く。


弱くて小さな拳で、何度も。


「私が忘れたくないのは……生きてることじゃなくて……

蓮くんと生きてることなのに……!」


その瞬間、ドアがノックされた。


小さく、短く、二回。


奏の声がした。


「蓮君。起きているわね。

“来た”わ。

紗奈の夢の解析結果──

照合一致よ」


俺は息を止めた。


奏は言った。


「観測された未来死因:転落。

過去ログ:三度目の死と一致」


紗奈が震える。


奏は続ける。


「観測と干渉が揃った。

次は“発火”する」


俺は尋ねた。


「発火って……何を……?」


奏は間を置いて、告げた。


「“運命”。

紗奈の死が、この世界線で動き出す」


紗奈は声を失った。


俺は拳を握った。


奏は告げる。


「蓮君。

次は早いわよ」


その瞬間、

紗奈の“未来の死”は

現実に変わり始めた。

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