第20話 干渉の代償

奏は茶を置き、俺たちを見る。


「観測と干渉が揃うと、未来は変わる──ここまでは話したわね」


紗奈はこくりと頷いた。


奏は続ける。


「ただし、未来に干渉すれば必ず“代償”が発生する」


空気が冷えた。


俺は息を飲んで訊く。


「代償って……何ですか」


奏は一切濁さなかった。


「──蓮君。あなたは周回するたび“死の未来”に干渉している。

その代償は、“記憶”よ」


紗奈がハッとこちらを見る。


奏は淡々と続ける。


「死ぬはずだった未来を回避した瞬間、

運命は“干渉によって生まれた不整合”を消去しようと動く。

そのとき、対象となるのが──

干渉の原因となった“認知のつながり”、つまり“記憶”なの」


俺は理解が追いつかなくて、ただ聞く。


「では質問。

蓮君が未来を変えた理由は何?」


紗奈が小さく息を呑んだ。


俺は答える。


「紗奈を……助けたかったから」


奏は静かに頷いた。


「そう。蓮君が世界を歪めた動機は“紗奈”なの。

だから世界が辻褄を合わせるために削るのは──蓮君と紗奈の“記憶”」


紗奈が震えた声を漏らす。


「や……やだ……

そんなの、ダメ……」


奏は優しいが残酷な声で告げた。


「蓮君が干渉を続ければ続けるほど、

“紗奈と蓮”をつなぐ記憶が削れていく。

初対面、教室、会話、笑い声、手を繋いだ感覚、全部」


心臓が潰れるみたいに痛い。


でも奏は止まらなかった。


「そして最後には──

蓮君は紗奈を“認識できなくなる”」


紗奈は頭を振る。


「嫌だ……絶対嫌……忘れられるの……やだ……!」


奏はそっと肩に手を置く。


「紗奈。

代償は“死”じゃない。

もっと静かで、もっと残酷よ。

死んだ方が楽だった、と人はよく言うわ」


俺は唇を噛んだ。


「……回避できないんですか」


奏は一瞬だけ目を逸らし──答えた。


「干渉をやめれば、進行は止まる。

でもその場合、誰も救えない。

誰も助からない。

世界は“ログ通り”に進む」


詰みの選択肢だ。


止めれば紗奈が死ぬ。

続ければ紗奈を忘れる。


奏はふっと息を吐き、言った。


「そして七周目で紗奈を救ったとき、既に干渉は発生してる。

代償ももう“支払い中”よ」


俺の背筋が冷たくなる。


「……どういう意味ですか」


奏は紗奈を見る。


紗奈は不安に震えていた。


奏はゆっくり告げた。


「蓮君。最近、

“この世界で紗奈と初めて会った日”が思い出せなかったでしょう?」


俺は絶句した。


図星だった。


最初の出会いの日付が思い出せない。

その時の景色も、天気も、言葉も。


でもその違和感を、俺はスルーしていた。


紗奈は震えながら言う。


「じゃあ……じゃあもう……少しずつ……」


奏は頷いた。


「ええ。干渉の代償はもう始まってる。

出会い → 会話 → 想い出 → 感情

この順に消えていく」


俺の胸が締めつけられる。


奏は言った。


「干渉を続ければ、最後に残るのはただ一つ」


「……なんですか」


奏はまっすぐ俺を見た。


「“なぜ助けたのか分からないまま身体が動く”という衝動だけ」


それは感情じゃない。

記憶じゃない。

愛ですらない。


ただ“理由のない行動”だ。


紗奈は泣きそうな声で言った。


「蓮くん……やめてよ……

そんなの、そんなの……私いらない……

死んじゃう方がマシだよ……!」


俺は首を振った。


「違う。死ぬのは違う。

俺は……」


言葉が出ない。


奏は告げる。


「蓮君──

それでも未来を変えたいのなら、

覚悟しなさい」


静寂。


その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。


二回、間を置いて、三回。


妙に規則的なリズム。


奏が眉をひそめる。


「……早いわね。

こんなに早く“兆候”が出るなんて」


紗奈が震えながら俺の袖を握る。


俺は息を飲んだ。


奏の言った“兆候”とは──


運命の帳尻合わせじゃない。

“記憶の脱落の進行”だ。


奏は立ち上がり、玄関へ向かいながら告げた。


「蓮君。

ここから先は、あなたが選ぶ物語よ」


俺は紗奈の手を握ったまま、動けなかった。


そして玄関が開く音がした瞬間──


俺の頭の中で、

“ひとつの記憶”が消えた。


何の記憶だったのかすら分からないまま。

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