第18話 観測者と干渉者

息を呑んだまま座り込む紗奈の前で、

 奏は湯気の立つカップを三つ置いた。

 紅茶の匂いが静かに漂う。


 場違いなほど、日常の香りだった。


「まず紗奈。落ち着いて飲んで。

 これは“説明を受ける側の心臓”に優しいから」


 そんな言葉、初めて聞いた。

 心臓に優しい紅茶ってなんだよ。


 けど、紗奈は震える指でカップを掴んだ。

 奏の前では、昔の子どもみたいだ。


「蓮君は……座って」


 俺は一瞬迷ったが、言われるまま座る。

 逃げる理由はなかった。

 むしろ、答えが欲しかった。


 奏は俺をじっと見て、言った。


「あなたのことは、紗奈から聞いていたわ。

 ──夢の中で、だけど」


 心臓が跳ねた。


「紗奈の死は全部で六回。

 あなたが“巻き戻った回数”も六回。

 条件は一貫して“紗奈の死”。

 廊下の老朽化も、転落事故も、交通事故も、侵入者も、そして心臓の電気も──

 全部、世界の歪みが調整した結果」


 言葉が正確すぎた。


「なんで知ってる……?」


「研究対象だからよ。

 私は“夢の未来を観測する人間”をずっと追っている。

 紗奈もその一人。

 そしてあなたも──もう一人」


 紗奈が驚いて目を丸くした。


「叔母さん、

 蓮が……観測……?」


 奏は軽く首を振った。


「違う。観測者じゃない。

 蓮君は“干渉者”よ」


 観測者。

 干渉者。


 嫌な予感しかしなかった。


「具体的に言え」


 奏はわずかに笑った。


「簡単な話──

 “観測者”は未来を見る。

 “干渉者”は未来を変える。」


 空気が止まった。


「紗奈の夢は未来のログ。

 心臓の痛みはタイムスタンプ。

 死因はセーブポイント。

 そして蓮君──

 あなたは“上書きし続けている”。

 世界の側が何度も“調整”しているのに」


 俺は無言で拳を握る。


 調整。

 つまり──紗奈の死は“ただの不運じゃなかった”。


 蓮が生存に寄せれば、

 世界は死へと寄せて帳尻を合わせる。


 それが何回も繰り返された。


「……何のためにそんなことが起きる」


 奏は一度だけ目を閉じた。


「人類は少なくとも二種類いるの。

 未来を見る人間と、未来を変える人間。

 そして世界は、変えられすぎることを嫌う。」


 紗奈がカップを持ったまま凍りついた。


「嫌うって……世界が?」


「そう。

 だから“死”で調整しようとする。

 観測者を安全な位置に戻し、干渉者の影響を薄めるために」


 俺は笑えなかった。


「紗奈は観測者で……俺が干渉者か」


「ええ。

 あなたたちは本来、同じ世代には存在しないはずなの」


 言ってる意味がわからない。

 けど、多分わからないままじゃいけないやつだ。


「でも存在してしまった。

 それが世界にとっての“バグ”。」


 奏は指でテーブルを軽く叩いた。


「ここからが問題。

 紗奈の六度の死のログの中で、

 最後の死因だけ性質が違う」


 俺の呼吸が止まった。


「……心臓発作のやつか」


「そう。

 あれは世界の調整じゃなくて──

 “観測者側の負荷”」


 負荷。


 奏の声はいつになく低かった。


「観測しすぎると、人は死ぬ。

 干渉されすぎると、世界は壊れる。

 紗奈は限界に近い。

 次は──干渉側に割り振られる可能性がある」


 俺は理解が追いつかないまま叫んでいた。


「それって何だよ!?どうなるんだ!!」


 奏は答えを濁さなかった。


「干渉側に落ちた観測者は──

 “死なずに狂う”」


 紗奈の手が震え、紅茶が零れた。

 俺は思わず掴んで支える。


 奏は瞬きもせずに続けた。


「だから今から説明する。

 “紗奈を生かして干渉を止める方法”と──

 “蓮君が世界を敵に回す代償”を。」


 叔母の瞳は優しさではなく、覚悟だった。


 そしてその次の言葉が、

 七周目の空気を一変させた。


「蓮君。

 あなたは紗奈を救う代わりに、

 紗奈の“未来”を奪う可能性がある」


 俺は息を吐いた。


 紗奈のために選ぶ選択肢が、

 紗奈の未来を壊す可能性がある。


 そんな地獄みたいな分岐、

 世界の側はよく知ってるんだろ。


 でも、俺は迷わなかった。


「……構わない。

 未来なんて俺が作る。

 紗奈が生きてるなら、それでいい。」


 紗奈が息を飲んだ。


 奏は笑わなかった。

 ただ、肯定するように頷いた。


「なら話を続けましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る