第16話命の鼓動
病院に着いて、俺は受付をすっ飛ばして救急外来に向かった。
夜でも光が白すぎるほど明るい。
焦燥と消毒液の匂いが肺に刺さる。
「父は……! 俺の父さんはどこ!?」
看護師が俺を見るなり、短い指示を出した。
「家族の方ですね、こちらの処置室です。ただいま検査中ですので──」
言葉を最後まで聞かずに扉を開ける。
そこには母さんが座っていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「蓮……来てくれたのね」
俺は喉が焼けるような息で訊く。
「父さんは……心臓か?」
母は驚いた顔をした。
「え、どうして……?」
そこへ医師が現れた。
若いけど、声は落ち着いていた。
「ご家族の方ですね。急性心筋梗塞の疑いです。
幸い発見が早かったので、カテーテル治療で対応できる可能性が高いです」
──心筋梗塞。
紗奈の死因は 心臓発作。
医療的には心室細動・心不全・心筋炎など色々あるが、素人には全部“急に倒れて死ぬ”に見える。
まるで──死因のプロトタイプ みたいだ。
俺は無意識に医師に聞いていた。
「……急性って、予兆とかは?」
医師は淡々と答える。
「ええ、あります。息苦しさ、胸痛、動悸、極度のストレス、睡眠不足、季節の変わり目……」
全部当てはまってる。
紗奈にも。
父にも。
そして、俺にも。
医師は続ける。
「ただ、もっと厄介なものもあってですね……」
俺は目を上げる。
「“予兆のない突然死”です。
若い人でも発生します。心筋の伝導の異常で、発作の形で起きることがある」
──心臓発作。
六度目の紗奈の死因。
医師はさらに言う。
「それらは医学的に“偶発的”と言われますが、実際には複合的な因子が絡んでいます」
偶発的──?
それを聞いた瞬間、
ある単語が頭に浮かんだ。
『心臓発作は偶然じゃない』
七周目の紗奈の死因を聞いた時に浮かんだ違和感。
侵入者の存在。
夢の中で俺が死ぬ。
父の倒れるタイミング。
偶発じゃない。
偶然じゃない。
──世界の意志だ。
医師の説明が終わり、父は処置室に運ばれた。
助かる可能性は高いと言われた。
それでも俺は震えていた。
母は俺の手を握った。
「大丈夫よ蓮……お父さんは強いから」
違う。
問題はそこじゃない。
父は強いとか弱いの話じゃない。
世界が殺そうとしてるかどうかだ。
母に席を立つと言って、俺は非常階段へ向かった。
夜風が顔を刺した。
スマホを取り出す。
紗奈の連絡先。
画面の名前を見て、少し指が止まる。
“出会い”を思い出せない空白が胸を締め付ける。
でも、今はそれどころじゃない。
通話ボタンを押す。
三度目のコールで紗奈が出た。
「蓮……?大丈夫だった?」
声が震えてる。
夢の話の後だったから余計にだろう。
息を整えて言う。
「紗奈。質問がある。
ここ数日、胸が痛いとか、息苦しいとか、動悸とか、なかったか?」
紗奈は驚いたように息を呑む。
「え……なんで……?」
俺の心臓が跳ねる。
「あるのか?」
少し間があって──紗奈が答える。
「……うん。あった。
最近、寝ても疲れがとれないし、息が……吸いづらい日があった」
聞きたくなかった答え。
「紗奈、明日病院に行くぞ。心臓内科。
絶対に、だ」
紗奈は戸惑って笑った。
「え、そんな大げさに……風邪だよ、多分」
「違う。心臓だ」
言い切ると、紗奈の声が揺れた。
「……蓮、なんでそんなこと言うの……?
なんでそんなに必死なの……?」
理由なんて言えない。
でも、言わなきゃ何も変わらない。
俺は息を吸って──紗奈に告げた。
「お前は、六回死んでるんだよ」
沈黙。
そして紗奈の震える声。
「……冗談だよね?」
「冗談だったらよかった。
でも俺は全部見た。
交通事故も、廊下も、階段も、心臓も。
六回、お前の死因を見た」
紗奈は呼吸が乱れている。
「待って……意味が分からない……」
そうだ。
分かるわけない。
だから──俺は宣言した。
「明日、全部話す。全部見せる。
だから今は一つだけ覚えてろ」
紗奈の息を待つ。
そして言った。
「お前は死なない。俺が未来を変える」
電話の向こうで、紗奈が泣いていた。
その涙が好きだとか恋だとかじゃなくて──
生きてる証拠だから だ。
俺は絶対に折れない。
世界が何を差し出せと言っても、
紗奈の死だけは許さない。
父の処置室の扉が開く音がした。
母が呼ぶ。
「蓮!成功したって!」
良かった。
でもそれは偶然じゃない。
──たまたま世界が父を選ばなかっただけだ。
電話越しの紗奈が、かすれた声で言った。
「……蓮、怖いよ」
俺は答えた。
「怖がるな。怖がるのは世界の方だ。
俺に逆らわれてんだよ」
紗奈は泣き笑いの声を漏らした。
「……意味わかんない……けど、なんか、ちょっと嬉しい」
それだけで十分だった。
翌日、俺は紗奈を病院に連れて行く。
そしてそこで──
七周目を決定づける存在に出会うことになる。
侵入者でも世界でもない。
“紗奈の夢が示していた未来”を知る者だ。
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