第15話すれ違う未来と現在

帰り道、紗奈は夕焼けの光の中で小さく息を吐いた。


「ねえ蓮、夢の話の続きしてもいい?」


俺は横目で紗奈を見る。

さっき教室でも少し話した、“夢”の話。

あの中で俺は必ず死ぬ、らしい。


「……いいよ。何でも言ってみろ」


紗奈は一度歩みを止めて、靴のつま先で小石を転がす。


「夢の中の蓮はね、いつも笑ってるの。なんか、どこか諦めたみたいな笑い方で」


笑ってるのに諦めてる。

それ、多分俺だ。

タイムリープの地獄の中にいる“俺”。


紗奈は続ける。


「私が止めようとしても、絶対に止まらないんだよ。

危ないから逃げてって言ったのに、蓮はいつも行っちゃうの。

でね──助けたのに、私の方が死んだりするの」


足が止まる。


それは、あり得る。

七周目の俺が下手に動けば普通に起こり得る未来だ。

むしろ、それを避けるために俺は毎回動いてる。


紗奈はふわっと笑った。


「でも、最後だけ違ったの。

蓮がね、“俺が行くから、お前は生きろ”って言って……笑って」


そこまで言って、紗奈は少し俯いた。


「それで蓮は死んだの。

なのに夢の中の私は、それが正しいって思っちゃったの。

“これで良かったんだ”って」


胸の奥を締め付けられる感覚。

それは、世界の意志の理屈と同じだ。


紗奈が死ぬと世界が戻る

俺が死んでも世界は戻らない


だったら世界は絶対に紗奈を殺す。

夢は未来の暗示なのか。

それとも世界が紗奈に見せてるのか。


「紗奈」


呼ぶと、彼女は驚いたように顔を上げる。


「もしも俺がそう言っても、お前は納得すんなよ。

俺は……お前が死ぬくらいなら、全部潰す。世界ごとでも」


紗奈は呆然とした顔で立ち尽くす。


「蓮……怖いよ。何言ってるの?」


そう言われても仕方がない。

紗奈は全部知らない。

俺が何周も繰り返してることも。

五回死んでることも。

六回目の死は心臓が握ってることも。


俺は言葉を選ばずに吐き捨てた。


「夢の中の俺と現実の俺を一緒にすんな。

俺は、死なねえし、死なせねえ」


俺は紗奈の肩を掴んだ。

その体温が現実を証明している。


「いいか紗奈。

“犠牲は仕方ない”とか、“それが正しい”とか、そんなのは全部クソだ。

どっちかが死んで成立する未来なんか、絶対に正解じゃねえ」


紗奈は震えながら訊く。


「蓮は……何と戦ってるの?」


答えられない。

世界?

誰か?

侵入者?

死因?

運命?


全部だ。


言わない代わりに、俺は一番嘘じゃない言葉だけ出す。


「……未来だよ」


紗奈の目が揺れた。

でもそれ以上追及せず、ゆっくり歩き出す。


しばらく沈黙が続いた。

日が落ちて、街灯が灯る。

その光の下で紗奈がぽつりと呟いた。


「じゃあさ、未来は変えられるの?」


紗奈の声は透明だった。


俺は迷わず振り返る。


「変える。絶対に」


そう言った瞬間、俺のポケットの中でスマホが震えた。


画面を見て血の気が引く。


──【不在通知:救急救命センター】

──【着信:母】


嫌な予感で背筋が凍る。


紗奈が覗き込む。


「蓮、どうしたの……?」


その瞬間、電話が再び鳴った。

着信元は同じ。


俺は通話ボタンを押した。


「もしもし──」


『蓮、聞いて。父さんが倒れたの。今運ばれてて……急性──』


通信が一瞬途切れる。


俺は思わず空を仰ぐ。


──心臓。


紗奈だけじゃない。

このループは誰でも殺す。


世界は対象を増やしている。

“紗奈を守るために他を殺す”パターンだってあり得る。


電話の向こうで母の声が震える。


『病院、今から来れる……?』


俺は深く息を吸って、短く答えた。


「行く。紗奈、先に帰れ。今日はダメだ」


紗奈は不安そうに頷いた。


別れ際、紗奈が口を開く。


「蓮……未来、変えてね」


俺は走りながら振り返る。


「当たり前だ」


そう言い捨てて夜の街を駆け抜けた。

世界はまだ俺を止めようとしている。

紗奈の夢の“諦めた笑い”に成り下がるつもりはない。


俺は未来を奪い返すために、病院へ向かう。

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