第14話君の夢と俺の現実

次の日、俺は学校に行く気がなかった。

 紗奈を守るためじゃない。

 世界と侵入者と代償と歪んだ記憶のせいだ。

 この状態で“平常”なんてできるわけがない。


 でも紗奈は学校にいる。

 学校にいれば“世界の死因”が用意される。


 転落、崩落、心臓、交通事故。

 世界は場所も方法も柔軟に選ぶ。

 だから俺は学校に行くしかなかった。


 校門の前で紗奈が待っていた。


「れんくん、おはよ!」


 笑っている。

 いつも通りの笑顔だった。

 だけど、その目の奥の色が昨日より薄かった。


「おはよ……って、お前いつから待ってた」


「んー……よく分かんない。気づいたらここに立ってたの」


 それは普通に聞こえる。

 普通に聞こえるのが逆に怖い。


 紗奈は鞄を抱えたまま困った顔をした。


「ねぇれんくん、ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「なに」


「今日が初めて会った日……じゃないよね?」


 呼吸が止まった。

 胸じゃなくて、脳が止まる感覚。


「……どういう意味だ」


「朝起きた時にね、“今日が初めて会う日だ”って感じがして……。でも学校に来たら、“違うじゃん”って頭が言ってて……でも身体はこっちを信じてて……」


 言葉が混ざってるけど、本質は明らかだ。


 紗奈も“ズレ”ている。


 夢の残滓じゃない。

 前周の死の残滓でもない。


 世界の巻き戻しが紗奈にも干渉してる。


「変なこと言ってごめんっ!」


 紗奈は慌てて頭を振る。

 でも次の瞬間、制服の袖を掴んだ。


「……れんくんはさ、私といつから一緒にいるか覚えてる?」


 心臓が一瞬だけ揺れた。

 俺は覚えてない。

 本当は七周目に入った時点で削られた。


「幼馴染って、ずっと言ってるじゃん」


「そうだよね……だよね……」


 紗奈の目が揺れた。

 その揺れは“安心”じゃなくて“確認”だった。


 紗奈も“思い出の位置”が分からなくなっている。


 でもまだ削られてはいない。

 位置関係が崩れているだけだ。


 学校に入ると、廊下の呼吸が違う。

 空気が薄い。

 雑音が遠い。

 人が多いはずなのに、音が遅れる。


 紗奈は小さく囁いた。


「ねぇれんくん、私、最近変なんだよ」


「どこが」


「夢の中で死ぬの。苦しくて、助けてって言って……でも名前が出てこないの」


「名前?」


「助けを呼びたい名前」


 それは俺の名前だ。

 紗奈は呼んでいた。

 前周、心臓発作で死ぬ直前に。


 でも夢の紗奈は名前を忘れている。


 世界は紗奈からも何かを削っている。


 教室に入る前に、俺は言った。


「紗奈。夢で呼べないなら、今呼べ」


「……え?」


「今呼べ。誰を呼びたかった?」


 紗奈は一瞬固まって、それから目を伏せた。


「……れんくん」


「忘れんな。夢のほうが間違ってんだよ」


 紗奈は笑った。

 でもその笑いは“救われた笑い”じゃなく**“救われたと思い込ませられた笑い”**だ。


 席に戻って、俺はメモ帳を開いた。


 そこにはこう書いてある。




【死=巻き戻し】

• 巻き戻し条件:紗奈の死亡

• 時間は固定地点まで巻き戻る

• 蓮以外は巻き戻しを認識しない(※ただし紗奈例外の兆候あり)


【代償=思い出消失】

• 発動タイミング:不定

• 対象:蓮→紗奈との思い出

• 例:出会いの記憶喪失(七周目開始時?)


【六度の死因】

1. 交通事故

2. 廊下の老朽化崩落

3. 階段転落

4. 交通事故

5. 心臓発作

6. (心臓発作による六度目の死→巻き戻し)


【紗奈側異変】

• “夢”として死の残滓を保持

• “初めて会う日”の錯覚

• 呼びたい名前を忘れる



 書いてる途中で理解した。


 紗奈の異変は“巻き戻しを観測した副作用”じゃない。


 紗奈の異変は世界が次の調整を仕掛けるための予兆だ。


 能力は俺にだけ付与されてるんじゃない。


 世界は紗奈も巻き込んで最短で殺しに来る。


 俺はページを増やしながら思考の深くへ沈んでいった。



【推論】

1. 死因の多様性は偶然ではない

→事故/老朽化/医療/交通

→いずれも“人災”ではなく“世界側”の演算

2. 侵入者は“観測者”の可能性

→紗奈死亡の瞬間に現れる

3. 思い出消失は“力への対価”

→蓮側のみ→紗奈側へ拡張の可能性大

4. 紗奈側異変=巻き戻し認知の端緒

→夢/デジャヴ=情報リーク



 そして結論は一つにまとまった。


 世界が紗奈を守らせない理由がある。


 俺が介入すると、世界は死因を変えてくる。

 紗奈の感情も記憶も調整してくる。


 なら俺がやることは二つ。


 1:死を避けるだけでなく“死因を特定する”

 2:侵入者を認識できる観測手段を持つ


 この段階で漠然と確信した。


 俺の能力は“ただ巻き戻る力”じゃない。


 世界の歪みを観測する唯一の視点だ。


 放課後、俺は紗奈を迎えに行った。

 七周目を一日消化しただけで、情報量が前の周回より桁違いだ。


 紗奈は帰り際、小さく言った。


「ねぇれんくん」


「何」


「私……死んじゃうの?」


 その顔は冗談でも不安でもなかった。


 理解者の目だった。


 俺は少しだけ嘘をついた。


「死なせねぇよ」


 そう言うと紗奈は笑ったけど、涙はこぼれなかった。


 涙を残されたのは多分、世界のほうだ。

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