第12話侵入者
それは、突然のことだった。
耳鳴りから始まった。
世界が砕けていく瞬間の音って、案外静かなんだなと思った。
紗奈が倒れた。
胸を押さえて、俺の腕の中で呼吸が途切れた。
救急の呼び出し音も、看護師の怒号も、何ひとつ届かないまま——ただ、死んだ。
六度目の死。
そいつがタイムリープの条件なんだと、もう俺は知ってる。
交通事故、廊下の崩落、転落事故、交通事故、そして今の心臓発作。
全部、“紗奈の死”で世界が巻き戻される。
だけど今回は違った。
暗転する直前、ベッド脇のカーテンの向こうに“いた”。
誰か。
白衣じゃない。親族じゃない。
気配だけで分かる。
関係者じゃない“侵入者”だ。
そいつの存在を認識した瞬間、視界が切り替わった。
——放課後の教室。
いつもの位置。
いつもの机。
いつもの夕日。
五周目まで積み上げた感情や記憶だけを抱えて、
何事もなかったかのように時間は巻き戻っていた。
「……また、最初からかよ」
声は震えなかった。
震えてたら楽だったかもしれない。
震える余裕すら、もうなかった。
机の中からスマホを引っ張り出す。
画面には日付。
六度目の“迎えに行く日”。
紗奈が死ぬ日だ。
そして今回は知ってしまった。
事故や老朽化や交通では説明できない“何か”が紛れ込んでいることを。
「侵入者……誰だよ」
俺は席を立った。
迎えに行く道順は身体が覚えている。
だが今回は違う手順を取る。
本当に守るなら、同じ道を通るなんて論外だ。
学校を出た瞬間、世界が“ずれる”感覚がした。
風の流れが遅れる。
信号機の光が一瞬二重になる。
人の足音と影が同期していない。
前周の終わりにも似た現象を見た。
紗奈が死ぬ直前、世界に遅延ノイズみたいな歪みが走った。
つまり——
紗奈の死は偶然じゃない。
世界が“調整している”。
だとしたら、あの侵入者は何だ?
世界の味方か?
敵か?
ただの監視者か?
そんな問いを抱えたまま、俺は紗奈の家の前に着いた。
「っ……!」
立ち止まった理由は簡単だった。
紗奈の部屋のカーテンが、
中から誰かに触られて揺れたからだ。
紗奈はまだ事故も発作も起こしていない。
でも中にいるのは紗奈だけとは限らない。
俺はインターホンを押さず、鞄を地面に置き、玄関の影から息を潜めた。
ドアが開く。
「——嘘だろ」
出てきたのは紗奈だった。
生きている紗奈。
いつも通りの紗奈。
でもその目は、俺を見て——
「れんくん……」
涙を浮かべていた。
六周目の紗奈が、初めて俺の名を呼んだその瞬間。
背後の電柱の影が、独立して動いた。
紗奈の死が“条件”なら、世界は何度でも巻き戻る。
だが侵入者の目的が分からないまま六周目に入るのは無防備すぎる。
紗奈を守る以前に、戦い方すら知らない。
つまり——
俺はこの世界で最強クラスの無力だ。
それでもいい。
無力でも、何度でも迎えに来る。
「大丈夫。紗奈、行こう」
紗奈は何も聞かず頷いた。
影はまだそこにいた。
だが紗奈はそれに気づかない。
俺は手を握りながら思った。
次の死因を止めるだけじゃ足りない。
“死を演出する存在”を止めなきゃ意味がない。
気配は電柱の影から離れ、自動車の下を滑り、角を曲がって消えた。
紗奈は気づかないまま、俺の手を強く握った。
その瞬間だけは、たった一度だけは、
世界が歪む音がしなかった。
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