第11話迎えに行く日と侵入者

翌日。

俺は校門の前で紗奈を待っていた。


もちろん理由はひとつだけだ。

放課後に紗奈は必ず死ぬ。

それがこれまで五回の“結果”だった。


死因は毎回違う。

場所も時間も状況も変わる。

だが条件はただひとつ。


――放課後に、帰宅導線上で死ぬ。


それだけは崩れなかった。


今回は違う。

俺が迎えに行く。

帰るルートも時間も俺が決める。


そうやって思考を塗り潰しながら二十分ほど待った頃――


肩を叩かれた。


「蓮? 待たせた?」


振り返った瞬間、心臓が跳ねた。


紗奈は今日も普通だった。

昨日と同じ明るさで、何度死んだ現実を知らずに笑っていた。


「迎えに来るなんて珍しい。優しいね」


「優しくねぇよ、危なっかしいだけだ」


「それ優しいって言うんだよ」


軽く笑う。

その笑顔を五回失った。五回奪われた。

五回、目の前から消えた。


過去五回の死はすべて“世界の都合”で変形してきた。

まるで俺の介入を避けるように。

執念深く、しつこく、粘着質に。


今日は負けない。


「帰るぞ。こっちのルートで」


「はーい」


紗奈が俺の隣に並ぶ。

歩くたび腕が触れそうで、その度に心臓が震えた。


――それがすでに“死亡フラグ”になってるようで怖かった。



校門を出てすぐ。

友人グループが声をかけてきた。


「おーい紗奈!今日カラオケ行かねー?」


――第三者の介入。

最悪なタイミングだ。


紗奈は一瞬迷った顔をした。

そして俺を見た。


「……ごめん!今日は蓮と帰るの!」


心臓が止まりかけた。

自意識過剰でも何でもいい。

その言葉だけで救われる。


友人は「へぇ?」と眉を上げた。


「仲いいな、お前ら」


「違うってば!昔からの幼馴染!」


幼馴染――その言い方が好きだった。

だが第三者はそれで終わらなかった。


「そういや昨日さ、紗奈心臓痛いって倒れたって聞いたぞ?病院行けよ」


――五回目の死因。

心臓発作。


俺の背中に冷たい汗が流れた。


紗奈は「もう平気だよー」と笑って手を振った。


平気じゃねぇ。


それは“世界が死因を変えてきた瞬間”だった。


今度は事故じゃない。

今度は物理じゃない。

世界が直接内部に触れてきた。


世界が紗奈の心臓を握ったんだ。


外因を避けられなくなった俺に対する回答だ。



歩きながら、紗奈が俺を横目で見た。


「蓮、やっぱり変だよ」


「何が」


「目がぜんぜん笑ってない」


指摘された瞬間、息が詰まった。

異変に気づかれるのが一番怖かった。


俺は誤魔化す。


「寝不足なだけだろ」


「寝不足でそんな顔になる?」


「なる」


「嘘」


紗奈は俺の袖をちょんと引っ張って言った。


「ねぇ蓮、本当に何かあったでしょ?」


説明できるはずがなかった。

五回死んだことも

五回時間を巻き戻したことも

五回思い出を削ったことも

俺以外誰も知らない。


紗奈が心配してくれる度、胸が痛かった。


“生きてる紗奈は優しい”


それが残酷だった。

死ぬたびに、それが消える。

無かったことになる。


だから言えなかった。


「……何もねぇよ」


紗奈は少し俯いて、ぽそっと言った。


「優しくない」


その言葉は刺さった。

でも刺されて当然だった。



横断歩道に差し掛かった瞬間、俺の鼓動が跳ねた。


一周目と四周目――

交通事故の死因ポイント。


車線を見渡す。

信号は青。

車は止まっている。


大丈夫。

大丈夫のはず――


「ちょっと水買ってくる!」


紗奈が横断歩道の向こう、コンビニ側へ駆け出した瞬間、


俺の身体が勝手に動いた。


「紗奈!!」


止めようと腕を伸ばした瞬間――


――バチンッ!!


電柱の上で何かが弾けた音がした。


信号が一瞬消えた。

わずか0.3秒。

だが足りた。


車が前方へ転がり出る。

ドライバーが慌ててハンドルを切る。


結果、紗奈の進路とは逆へ逸れて止まった。


俺は膝から崩れ落ちた。


“回避した…のか?”


紗奈が振り返って叫んだ。


「蓮!?なにしてんの!?」


いや、俺の方が聞きたい。


今のは偶然か?

世界の修正か?

それとも――


“世界が手段を変えたのか”


分からなかった。


ただ紗奈は無事だった。


その事実だけが救いだった。



家の前まで送ると、紗奈が言った。


「今日の蓮、怖かった」


「悪かった」


そう言うと、紗奈は首を横に振った。


「違うの。怖いっていうのはね――」


少し間を空けて続ける。


「死にそうなほど、必死ってこと」


それだけ言って、家に入った。


玄関のドアが閉まるまで見送った。


去り際に気づいた。


世界は今日、紗奈を殺さなかった。


代わりに――


俺の存在を紗奈の心に刻みつけた。


別の形でルートを変えてきた。


紗奈が俺に“気づいた”。


それは死亡ルートとは違う種類のフラグだ。


帰宅してベッドに倒れ込む。


動悸が止まらなかった。


これが世界の答えか。


「ルートを変えれば、条件も変わる」


それが今日の一日で分かった。


だがもう一つ。


“世界は死なせる方法を増やしてくる”


それも同時に分かった。


紗奈を救うのは、もう事故回避だけじゃ足りない。


心臓も、環境も、人も、時間も全部敵だ。


それでもいい。


五回死んでも、今日生きてる。


それで十分だ。


俺は目を閉じながら呟いた。


「紗奈を、生かす」


世界がどう変えようが関係ない。


次に死ぬのが俺でも構わない。


そう思った瞬間――胸の中がやけに静かだった。

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