第9話 条件という名の牢獄
五周目の朝を迎えた時、俺はもう泣きもしなかった。
紗奈の死に対して涙が枯れたからじゃない。
恐怖よりも、理解が勝ったからだ。
(世界は紗奈を殺す)
そして、
(紗奈の死が“条件”で俺は巻き戻る)
ここまでの因果は否定できない。
なら次にやるべきことはひとつしかない。
(条件を見つける)
紗奈が何故死ぬのか。
いつ死ぬのか。
どう死ぬのか。
何が“トリガー”なのか。
紗奈を救いたいなら、恋愛も努力も根性も意味を持たない。
必要なのは法則。
世界のルールだ。
*
登校中、いつもの道を歩きながら俺は全てを観察する。
風、車、鳩、信号、建設現場、通学路の人の流れ、警察官の位置、歩道橋の老朽、電線の垂れ具合。
一周目から六周目までで学んだのは、世界の殺し方は毎回違うということだ。
交通事故。
廊下の崩落。
転落事故。
また交通事故。
そして突然死。
(事故でも事件でも災害でも病気でも、この世界は方法を問わない)
つまり“原因”が固定されていない。
なら固定されているのは“結果”だ。
(紗奈は死ぬ)
これだけが絶対なら、世界は結果のために原因を変える。
つまり俺は“原因”ではなく“結果の条件”を潰す必要がある。
(紗奈が死ぬ条件……)
それを探すために、学校に着く前からもう調査は始まっていた。
人は死ぬ時、必ずその前に兆候が出る。
事故にも病にも事件にも、原因がある。
(でも紗奈には兆候が無かった)
病気の可能性は薄い。
突発的事故も多いが、四度も五度も続く方が不自然だ。
(じゃあ“外側”か?)
紗奈本人ではなく、周囲の環境や社会や制度――。
校門前、紗奈が笑いながら手を挙げて走ってくる。
「蓮、おはよ!」
「おはよう」
「うわ、珍しく普通」
「普通で悪かったな」
「いや、いいんだけど……なんか安心した」
その言葉で少し胸が痛んだ。
俺が普通のままでいられる時間なんて、本当はもう残ってない。
*
午前の授業中、俺は教科書にノートを重ね、その上に小さく“条件”と書いた。
『紗奈の死の条件=?』
箇条書きを作りながら思考する。
・時間帯→バラバラ
・場所→バラバラ
・死因→毎回違う
・俺の有無→関係ない
・紗奈の体調→問題なし
・医療介入→関係なし
・交通量→関係なし
・建造物→関係なし
・社会情勢→関係なし
・確率→もはや関係ない
(じゃあ何が関係ある?)
逆に統一されていた点を挙げる。
・必ず前日まで生きている
・必ず死が確定した瞬間に巻き戻る
・俺は記憶を保持する
・紗奈は記憶を保持しない
(このルールは固い)
だとすると、
(俺が巻き戻るための“条件”は紗奈の死)
次に、
(じゃあ紗奈が死ぬための“条件”は?)
ここが分からない。
だがひとつ言える。
(紗奈は絶対に“死ぬ側”として固定されている)
この世界において、紗奈は“死ぬ役”だ。
そして俺は“巻き戻す役”。
ゲームか?
物語か?
呪いか?
契約か?
選ばれたか?
選んだのか?
可能性はいくつもある。
(俺が世界を見ていない時にも死ぬなら、それはシステム側に紗奈の死が登録されてるってことだ)
病院でも事故でも何でもいい。
手段はどうでもいい。
結果だけを保証する仕組み。
(馬鹿みたいだよな)
俺は思わず笑った。
(紗奈が死ぬ理由を“物理”で考えてた俺が一番馬鹿だ)
対物対人対環境対医療対自然――全部潰すとか考えてたのが、どれだけナンセンスだったか分かる。
世界そのものが敵なんだ。
*
昼休み、紗奈が俺の机に来て弁当を広げた。
「ねえ蓮、今日一緒に食べよ」
「ああ」
「……どうしたの?また難しい顔してる」
「調べ物してただけだよ」
「勉強?テストでもないのに?」
「世界について」
「……世界?」
紗奈は少し眉を寄せて笑った。
「蓮って時々、とんでもなく壮大なことを軽く言うよね」
「そんなことない」
「いやある。そういうとこ、好きだけど」
胸に刺さる言葉をさらっと言うな。
「紗奈、ひとつ聞いていいか」
「ん?」
「何か……最近体調悪いとか、変なこと、なかったか」
「え?ないけど」
「本当に?」
「本当だって。むしろ健康優良児」
「心臓とか」
「え、それは逆に気にした方がいいの蓮じゃない?」
言われて俺も笑った。
紗奈は元気だ。本当に元気だ。
問題は――世界の側だ。
*
放課後、俺は紗奈に断りを入れて帰り道を分けた。
紗奈がいない時間に、やることがあった。
まず役所へ行き、事故死・転落死・突然死・災害死の統計を調べた。
次に地域の都市計画と老朽建築のリストを確認した。
その後事件事故の発生マップを見た。
だが情報は役に立たない。
どれも紗奈の死を説明できない。
紗奈の死は統計の“外側”だ。
(確率の問題じゃない)
(計画の問題でもない)
(環境の問題でもない)
(制度の問題でもない)
(誰かの意思でもない)
(紗奈本人の問題でもない)
(俺の問題でもない)
なら残るのはただ一つ。
(世界の問題だ)
紗奈を殺す“世界側の法則”。
それが何かはまだ分からない。
でも俺は思う。
(紗奈の死は、世界が“維持するための代償”なんじゃないか)
ループを成立させるための犠牲。
俺が紗奈を救うために巻き戻しているようで、実際は逆かもしれない。
(世界は紗奈を殺すために巻き戻している)
その仮説に気づいた瞬間、背筋が凍った。
(俺は“システムの反対側”にいる)
紗奈を救おうとする俺は、世界にとって“バグ”だ。
だから世界は原因を変えてでも“結果”を固定する。
(だったら法則を探す先は医療でも建築でも交通でもない)
(ゲームだ)
(世界の設計思想そのものだ)
そう考えた瞬間、世界が急に人間じみて見えた。
(ルールがあるなら、必ず“突破法”もある)
俺は初めて希望を感じた。
そしてその希望は、次の瞬間、紗奈の声で壊された。
「――蓮?」
振り返ると、紗奈がそこにいた。
走って来たのか、息が少し上がっている。
「なんで役所にいるの?帰ったんじゃないの?」
「……ちょっと調べ物してた」
「世界の?」
「まあ……そんな感じ」
紗奈は俺の目を覗き込んだ。
夕焼けの赤が瞳に反射して、妙に綺麗だった。
「蓮、最近一人で抱え込みすぎ」
「別に」
「別にじゃないよ」
紗奈は続ける。
「なんかね……蓮が一人でどこかに行ってしまいそうで、怖いんだよ」
それを言える紗奈はずるい。
その恐怖は、俺が一番知っている。
俺は紗奈を見て、冗談みたいな本音を漏らした。
「怖いのは俺の方だよ。みんな、紗奈を置いていく」
「え……?」
「いや、気にするな」
本当は全部話したい。
でも今話したら紗奈はきっと壊れる。
(紗奈はまだ“世界の仕様”を知らない)
(俺だけが知ってる)
それこそが最強の無力だ。
救いたい相手に救う理由を説明できない。
紗奈は苦笑して言った。
「蓮……世界なんて見なくていいよ。近く見てよ。私とか」
(そうだよな)
(それが一番幸せだよな)
でも紗奈、それは無理だ。
“世界”に勝たないと、近くすら守れない。
夜風が吹き、紗奈の髪が揺れる。
俺は心の中で決めた。
(まず世界のルールを完全に解析する)
(次に突破法を見つける)
(それから全部話す)
(紗奈と笑って生きる)
順番を間違えなければ、きっと間に合う。
……そう思っていた。
*
帰り道の途中、紗奈がふと言った。
「ねぇ蓮……もしさ」
「ん?」
「世界が敵だったら、蓮はどうする?」
一瞬、時間が止まった。
俺は心の中で思った。
(それが分かってるなら話は早い)
でも口では笑って返した。
「敵なら倒すだろ」
「倒せるの?」
「倒すまでやる」
紗奈は少し驚いた顔で笑った。
「……変な答え。蓮らしいけど」
そう言って、紗奈は前を向いて歩いた。
その背中を見ながら、俺も笑った。
(紗奈、世界は敵だよ)
(だから俺は全部やるよ)
(救えるまで)
その日の夜、俺は机に向かい“世界の法則”というタイトルのノートを開いた。
そして最初の一行を書いた。
『世界は紗奈を殺すために存在する』
その文字を見ながら、俺は呟いた。
「なら……俺はその世界を殺せばいい」
そう言った瞬間、胸の中の何かが静かに燃え始めた。
世界は敵だ。
相手にとって不足なし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます