第7話四週目と世界の意思

俺は四度目の六月を迎えた。


 カーテン越しの光、湿気を含んだ空気、階下から聞こえるニュースの音量、スマホに並ぶ通知――。

 すべて見慣れていて、だけど今では不吉な合図のように見える。


 紗奈の死因はもう三つ見た。

 一つ目は交通事故

 二つ目は廊下の落下事故。

 三つ目は体育倉庫上部の備品崩落。

 日も場所も異なる。だが“死ぬ”という結果だけが揺るがなかった。


 世界は修正した。

 俺の介入を“回避”するように。


 四周目の俺は、やっとそれを言語にできていた。


 ――世界には“意志”がある。


 それは偶然や不幸とは違う、もっと粘性のある何かだ。

 俺の手から紗奈を奪うために働く、暗い力。



 四周目一日目、俺は学校の廊下でサナに会う前に行動した。

 救えなかった二つの事故の情報を脳内に引き出して、教員棟へ向かう。


 生徒が使わない裏廊下。配管と配線が剥き出しで、倉庫の鍵が無造作に掛けられている。

 ここに事故のヒントがあるはずだ。


 体育倉庫の上部を点検していたのは、三周目の事故前日だ。部活動の備品を上げ下げした痕跡があった。

 だがニ周目は“廊下の老朽化”。

 原因がバラバラすぎる。


 だから、俺は教師を捕まえた。


「先生、体育倉庫の棚って、ここしばらく点検してますか?」


 怪訝な顔をされたが、それはどうでもよかった。


「は?点検は定期的にやってるけど……急にどうした?」


「落下事故が起きそうです。危ないです。マジで」


「……何言って――」


 信じるわけがない。

 でもそれでもいい。教師が動けば点検のタイミングがズレる。

 それだけでも死因のパターンを乱せる。


 その後、俺は管理棟に回り、総務にも伝えた。

 “危険箇所調査”を口実に、放課後のルートに影響を与えた。


 四周目は“事故の因果を潰す”作戦だ。



 昼休み。

 教室の後ろから、いつもの声が降ってきた。


「れーん!焼きそばパンまだ残ってるって!いこ!」


 振り向くと、そこには元気で無邪気なサナがいた。

 その“普通さ”が一番怖い。


「行かねぇよ。今日は食堂で済ます」


「えー!なんでよ!」


「理由はいいから。行くな」


 紗奈は頬を膨らませて、じっと俺を見つめる。


「ねぇ、蓮さ。最近、ちょっと変だよ?」


 胸が裂けそうになった。

 “変”じゃなくて“必死”なんだよ。

 お前を殺す世界から逃すために。


「変な時期なんだよ。俺も」


 言葉を濁すと、紗奈はそれ以上追及しなかった。

 それが優しさであり残酷さだった。



 放課後、俺はサナを校門から帰らせた。

 ニ周目、三周目とも“校内”で死んでいる。

 なら今回は“外”に出させる。


 蓮「紗奈、今日はまっすぐ帰れ。寄り道するな。マジで」


 紗奈「ん、?病院の帰り道みたいな指示出すじゃん……どうしたのホントに」


 蓮「いいから。頼むから。帰って。生きて帰れ」


 口にした瞬間、自分でも気づいた。


 その言い方は重すぎた。


 紗奈は深く瞬きをして、少し困ったような笑みを浮かべる。


「……分かったよ。蓮がそんな顔するなら。じゃあ今日はまっすぐ帰る。明日はちゃんと理由聞かせてね」


 その言葉を最後に、紗奈は門を出た。


いや、待てよ。そういえば一周目の死因は...


「交通事故だ...!!!!!」

まずい。このまま帰しても紗奈は交通事故に

巻き込まれて死ぬ可能がある。


 「紗奈!!ごめん、真っ直ぐ帰ってと言った

 手前申し訳ないんだけど、俺と一緒に居てくれ!!」

見切り発車だ。いつもの俺の口調でもない。

だが、このまま返すわけにはいかない。


 「もぉ、めちゃくちゃだよ?今日の蓮」


 「ごめん!でも俺のそばに居て欲しい。」

 

 「そんなに取り乱された態度取られたら

  断るわけにはいかないじゃん。何時まで?」


  「俺の部屋に泊まったっていい。とにかく

  俺の側から離れないでくれ。」


  「いきなり男子から部屋に泊まれって言われて、ノコノコとついていく女子に私が見えますかー!」


 「見えないけど...でも...ごめん!!!」


 「本当に今日らしくないよ...???

いい?誰にでもついていくんじゃなくて

 蓮だから、蓮だからついていくんだからね?」


と、このような流れで俺は俺らしくないが

とりあえず紗奈を家に連れて帰る流れになった。


 「蓮の部屋についにお泊まりかー、、

  あら、もしかして蓮。私のこと好きー?」


 「どう捉えてもらっても構わないから、

  頼むから側に居て欲しい。」


 「何それ〜!!言われなくても、そこまで言われたら側に居ますよ〜だ!」


俺は見切り発車で全部必死で動いて今の状況に

なってしまったわけだが、よくよく考えると

この状況でついてきてくれるということは、

もしかして紗奈も俺のことが___???


 「あ!蓮!コンビニで何か買ってく?

  お菓子とか...!!!!」

 そんな話をしている紗奈に夢中になっていた

俺は、もう避けられなくなるその時まで気づかなかったのだ。背後から猛スピードの車がもうすぐそこまで来ていることに...


ドギャッガシャッ!!!!


日常生活ではまず聞くことのない音がした。


俺は理解が追いつかなかった。

紗奈は目の前にある横断歩道まで吹っ飛んでいった。


「紗奈!!!!」

俺が駆けつけると、紗奈はまだ意識があった。

俺の腕を震える手で掴み、死を悟ったかのような

俺を不安にさせない為にわざわざ笑顔を作って


「れ....ッゴッ...す....」

喉の奥に血を溜めながらだから、何を言っているのかは聞こえなかったが、そう言い残し、動かなくなった。


目の前の光景は俺の腕を掴んだまま、横断歩道の真ん中で倒れ込むように俺に笑顔を見せて死んだ少女と車の運転手の驚愕した顔と、、、


そこから真っ白になった。




 紗奈が必ず死ぬ。


 世界がそこだけは絶対に変えない。


 俺は膝から崩れた。

 視界がぐにゃりと曲がる。


 救急隊員の声が遠くに聞こえた。


「――意識なし」


 また、終わった。



 次の瞬間、俺はまたベッドにいた。


 四周目は終わり。

 そして五周目が始まった。


 だが今までとは違う感覚があった。


 頭の奥が空っぽになったような、ちぎれたような痛み。

 しばらく何が抜けたのか分からなかった。


 だが鏡を見た時に理解した。


 紗奈の笑顔の“ある一枚”が思い出せない。


 卒業式の写真。

 俺の頭からその記憶だけ穴のように消えていた。


 俺は壁に拳を打ちつけた。


「代償……これかよ……」


 時間を戻すたびに、思い出が抜ける。

 その“量”が増えているのを肌で感じる。


 しかも気づいた。


 戻された時間は一週間よりも短くなっていた。


 初回は十日間。

 二回目は一週間日。

 三回目は五日。

 四回目は三日。


 縮んでいる。


 蓮「ふざけんな……世界が“巻き戻し”を渋ってんのかよ……」


 窓の外で風が唸った。

 嫌な符号のように。


 俺は初めて声にして言った。


「俺が世界の流れに逆らうほど、世界は“代償を強める”……そういう仕組みか」


 それは推測じゃない。

 確信だった。



 翌日、学校の廊下で紗奈に会った。

 生きている。

 呼吸がある。

 声がある。


 それだけで胸が締め付けられた。


「れーん。昨日なんか連絡途切れてたけど、大丈夫?」


 なんでもない風に言って笑う。

 俺が地獄の底から這い戻ってきたなんて一切知らずに。


 だが俺は知ってる。


 この世界は“正常”なんじゃない。

 正常の仮面を被って、特定の一点だけ殺しに来る“異常”だ。


 俺は息を整えた。


「なぁ紗奈」


「ん?」


「お前、世界に狙われてるぞ」


「は?」


 その瞬間の紗奈の顔を、俺は一生忘れないと思う。

 呆気にとられて、でも笑おうとして笑えない顔。


 だが冗談じゃなかった。

 本気で事実だった。


 窓の外で風雨が強くなっていた。


 俺の声は震えながらも確かだった。


 これはもう人間の敵じゃない。

 “世界”そのものを相手にしてる。


 そして俺は笑った。

 喉から漏れる壊れた声で。


「いいじゃん……上等だよ……」


 紗奈はただ呆然と俺を見ていた。

 その目には心配が浮かんでいた。

 世界の異常など露ほども知らずに。


 俺はその視線だけを支えにしていた。


 ――世界よ。来い。


 俺は何度でも戻る。

 お前がどんな形でサナを奪いに来ても、全部ぶっ潰す。


 そのためなら、思い出だって、未来だって、俺自身だってどうなっていい。


 好きな女を救うためなら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る