第74話
ヒューイは、弓矢が飛んでくる方向に向かって走っていた。
シルメはもはや動けないし、ゲリアは戦う手段を持たない。だから、ヒューイが走るしかなかった。ヒューイは、欲望のために自分たちの師匠を殺した。その罪が許されるとは思っていなかった。
だが、ヒューイの罪はシルメとユーファに知られていた。
知られていたが、二人は何もしなかったのだ
ゲリアは、それが「許されている」といった。
ヒューイには、分からない。
どうして二人が、自分を許してくれたのか。
自分は、罪人だというのに。
ヒューイは、罰を求めていた。けれども、それは与えられなかった。
与えられなかったことが罰なのだろうか、とヒューイは思った。
だが、それはすぐに違うと分かった。あの二人が、許すといったのだ。それ以上の意味はあるまい。
ヒューイは、目の前に飛んでくる弓矢を叩き落す。弓使いは、狙いをシルメからヒューイに変えたらしい。しかし、シルメよりもヒューイの方が素早い。狙うのは、難しいだろう。
ヒューイは、弓使いの少年を見つけた。
発見された少年は、至近距離の戦いではヒューイに勝てないと判断したらしい。すぐにきびすを返して、逃げ出そうとする。ヒューイは、槍を少年に向かって投げた。槍は少年の足に突き刺さり、彼を地面に縫い付ける。
「……!」
少年は、悲鳴を上げなかった。
すぐに自分の足の状態を確認し、少年は愕然としていた。深々と突き刺さった槍はどうにかして抜き去ったとしても、もはや走れないであろう。この時点で少年の負けは確定していた。
「逃がしません……」
ヒューイは、少年の足に突き刺さっている槍を引き抜いた。
それでも、少年が声を漏らすことはない。苦悶の表情を浮かべていることから、痛覚はあるのだろう。それでも声だけは決して上げないその姿は、いっそ哀れになるような痛ましい姿だった。その姿に、ヒューイはユーファの面影を見た。
きっと、どんな状態になっても声だけはあげないように少年は訓練されたのだろう。もしかしたら、本来ならば、ヒューイが師匠たちを殺さなかったら、この少年と共に王に仕えていたかもしれない。ヒューイの脳裏には「もしも」だが、風景がよぎった。だが、そうはならなかった。
ヒューイは、少年の喉元に槍を突き付ける。
すべてをあきらめたかのように、少年は眼をつぶった。
彼を殺すべきなのか、とヒューイは迷った。
少年の姿に、ユーファの姿が重なったからである。
少年は、覚悟を決めたような顔をしていた。きっとヒューイたちに戦いを挑んだ時から、自分自身が殺されることを覚悟していたのだろう。
「ヒューイ……」
シルメが、小さく呟いた。
自分の名を呼ばれたヒューイは、顔を上げる。
まるで、咎められているようだとヒューイは思った。
「あなたには……分からない。盗賊として育った私が、どれだけ自分勝手な人間かを……。穢れ一つもなく、光の道を歩いてきたあなたには」
言葉にして、ヒューイは初めて気が付いた。
自分は、シルメがうらやましかったのだ。
自分より早くユーファに出会って、自分よりも恵まれた境遇だったシルメがうらやましかったのだ。
「ヒューイ……俺は過去に人を殺しているんだよ。しかも、師匠に弟子入りする前に」
それは、ユーファを守るためだった。
それでも、シルメが人を殺したことには変わりがない。
「俺も、ユーファも、けっして光の道を歩んできたわけじゃない。それでも……だからこそ、ヒューイ。君が愛おしくて、たまらないんだよ」
ヒューイは、思わず手を止めた。
そして、シルメの方を見る。
シルメは、微笑んでいた。
「いつでも、どこにいたって、何をしても、君は可愛い俺たちの末弟だよ」
ヒューイの槍は、地面に突き刺さった。
もうヒューイは、少年を刺すことはできなくなっていた。
「ブーアンさん。シルメ君が受けた毒は、命に係わるようなものですか?」
ヒューイは、ブーアンに尋ねる。
武器である包丁を取られたブーアンに、もう逆らう気力はないようだった。そもそも彼は戦闘員ではないのだ。弓使いの少年が制圧された時点で、抗う手段は持たなかった。
ブーアンは、首を振った。
ヒューイは少年から離れて、シルメに手を貸した。ヒューイの手を借りて立ち上がったシルメは「それよりも、はやくユーファを」と呟いた。だが、ヒューイはそんなシルメの言葉を聞かずに少年の方を向く。
「今日は、命までは奪いません。ブーアンさんを置いていくので、怪我の治療もしてもらってください」
名前を出されたブーアンは、驚いたように顔を上げた。
自分が許されるとは思ってもいないような顔だった。
「私たちを許すんですか?」
信じられない、とでも言いたげな顔でブーアンはヒューイを見ていた。
「……家族を人質に取られていただけですから。その少年に対しては、今は殺せない気分なだけです」
ヒューイは、そういって足を進める。
「ゲリア君、ついてきているのでしょう?」
ヒューイは、後ろを振り返らずに尋ねた。
ゲリアは「いるよ」と答えた。
「これから、町に戻ります。そこで、シルメ君を休ませます。……ゲリア君、どうか君が私ことを見守ってくれませんか」
それは、ゲリアの予想外の言葉だった。
「なんで、俺が?」
「シルメ君の代わりに、君に見守っていて欲しいのです。たとえ、許されたとしても……もう間違いたくはないのです」
ゲリアは、目を丸くしていた。
嫌われていたヒューイに、こんなことを切り出されるとは思わなかった。
「いいよ」
ゲリアは、答えた。
事の始まりは、ゲリアはユーファに助けてもらったことだった。そして今、ゲリアはユーファを助けに行こうとしている。それは、運命のような気がした。
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