第72話

  シルメの体に弓矢が突き刺さり、ヒューイはその光景をただ見ていることしかできなかった。最初に動いたのは、ゲリアだった。ゲリアは、膝をついたシルメに駆け寄った。


「シルメちゃん!大丈夫!!」


 ゲリアは、シルメに肩を貸して無理やり立ち上がらせる。その間にも、弓矢はシルメを狙って飛んでくる。


「ゲリア、俺のことはいいからヒューイと共に行ってくれ」


「そんなこと、できるわけないよ……」


 ゲリアは、無力だった。


 シルメに肩を貸したまではよかったが、シルメが重すぎて歩くことができないでいた。人ひとり、助けることもままならない。


「……ゲリア君、シルメ君をお願いします」


 ヒューイはそう呟き、ゲリアたちの前に立った。そして、跳んでくる弓矢を槍で叩き落した。


「私が……あなたたちを守ります」


 ヒューイの顔は、鬼気迫るものがあった。


 けれども、その顔はどこか悲しげでもあった。


「シルメ君……あなたはどうして私を責めなかったのですか。私は……あなたたちの大切なものを奪ったのに。取り返しのつかないことをしたのに、殺されても文句はいえなかったのに」


 シルメは、ゲリラの言葉を聞いて笑う。


 ゲリアは、ぎょっとした。


 こんな時に、こんな質問で、笑う人間がいるとは思わなかった。


「俺は、本物の家族を失っているんだ。だから、次は……絶対に失いたくなかった。例え、罪を犯していても。傷ついていたとしても……俺は失いたくはなかった」


 シルメは、笑っていた。


「知っていて、何も言わずに、何も行わなかった俺を軽蔑するだろう」


 その言葉を聞いたヒューイの手は、震えていた。


「ユーファ君は……ユーファ君は、私のことを知っているのですか?」


 ヒューイの言葉は、まるで神に慈悲を乞うているようだった。


 シルメは、首を振った。


「知っているよ。俺たち以外に誰が師匠を殺せる……と思うの?」


 自分たちは強かった、とシルメは語った。


 自分たちの師匠を殺してしまえるほどに強かった。


 だから、ユーファも答えにたどり着いたのだ。


「シルメ君……私は……私は、どうすれば許されるのでしょう」


 ゲリアは、ヒューイを見つめていた。


ゲリアは、決心したようにシルメの側から離れた。ヒューイの側に駆け寄り、彼の槍を掴む手を握った。ヒューイは、それに驚く。


 ゲリアは、ヒューイの罪など知らない。


 彼らの間に、何があったのかも分からない。


 だが、ゲリアは一つだけ分かった。


「君は……」


 ゲリアは、ぼそりと呟く。


「君は……もう許されているよ」


 その言葉に、ヒューイは眼をむく。


「それは……本当ですか?」


 小さく。


とても小さく、ヒューイは唇を動かす。


 ゲリアは、頷いた。


「そうでなければ、ユーファちゃんもシルメちゃんも君を守るわけないでしょう」


 ヒューイは、嗚咽も漏らさずに泣いていた。


 ゲリアは、その光景をただ見つめていた。


 ヒューイは、幼い子供のようだった。


 間違いなく自分より強い人間が、こんなふうに泣くなんてゲリアは思わなかった。


「……君は、間違いなく許されているよ」


 弓矢が、ゲリアに向かって飛んでくる。


 ヒューイは、咄嗟にゲリアから槍を奪った。ヒューイは、その槍で弓矢を叩き落した。動きは少ないが、ヒューイの息は上がっていた。


「ヒューイ……」


 シルメは、そんなヒューイの背中に呼びかける。


「君は、ずっと許されていたんだよ」


「うわぁぁぁ!!」


 ヒューイは叫んだ。


 獣のような叫び声だった。


 まるで狂ったようにヒューイは叫び、弓矢が飛んできた方向に向かって走っていった。


「ヒューイちゃん!」


 ゲリアは、彼の後を追おうとした。


 だが、それではヒューイの足を引っ張ると思ってゲリアは止まった。


「ゲリア……」


 よろめきながら、シルメは立ち上がる。


「ヒューイは、昔私たちの師匠を殺した。ユーファが酷い目にあるきっかけも作った。……そんな彼を許す私は、狂っているのかな?」


 そう尋ねたシルメに、ゲリアは答える術を持たなかった。


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