第70話

 ユーファは、歩きながら痛み止めを口に含んだ。だが、水もないので飲み込めない。仕方がないので、ユーファは薬を嚙み砕いた。


薬の苦みが、じわりと口の中に広がる。


そのあまりの苦みに、ユーファは思わず薬を吐き出した。それを見たブーアンの孫のセリアは、慌てふためく。


「大丈夫ですか?この水を飲んでください」


 セリアが差し出した水筒の水で、ユーファは口をゆすいだ。そして、自分の足元に「ぺっ」と吐き出す。ユーファは、ほっとした顔をする。


「助かったぜ。あー、苦かった」


 ユーファは、さっぱりした顔をしていた。その顔は、とてもではないが脅されているようには見えない。いや、セリアの目には彼女は大怪我を負っているようにも見えない。現に彼女は痛み止めを飲んではいるが、痛みは全く訴えていない。歩みもよどみない。


 セリアは祖父の手伝いで、数々の怪我人を見ていた。だが、そのなかでもユーファは痛みに強すぎる。


「あの……痛み止めを飲んでください」


 セリアは自分の荷物から、痛み止めの丸薬を取り出す。


「悪いな。まさか噛み砕くとあんなに苦いとは思わなくて……」


「それはいいんですけど……あの、辛くないんですか?」


 恐る恐るセリアは尋ねる。


 ユーファは、悪人のように「にやり」と笑った。女なのに、男のような笑顔だとセリアは思った。


「もう、そんなにな。あんたが、丁寧に包帯を巻いてくれたおかげだ」


 まるで男の子に褒められたように、セリアは照れくさく感じられた。だが、今は照れている場合ではない。彼女の傷は、相当痛んでいるはずである。


セリアは、それを心配していた。


 なのに、ユーファは痛みを隠す。セリアは、それがどうしてなのか分からなかった。痛みがあるのならば、痛いといっていいとセリアは思うのだ。だが、ユーファは言わない。セリアは、それが今の状況で最善策なのだろうかと思った。


「あの……あなたは随分と落ち着いていますね。脅されて歩いているようには見えないわ」

 

 セリアの言葉に、ユーファは虚を突かれたような顔をした。セリアの言葉が予想外だったのだろう。ユーファは、ばつが悪そうな顔をした。


「一応、緊張感は持っているつもりなんだぞ。これでも」


「普通なら絶望したり、泣いたりするものだと思うのだけれども……」


 セリアは不思議だった。


 ユーファは、まったく絶望していない。それどころか、この状況を恐れてさえいないようだった。人の死を普通よりも見てきたセリアでさえ、怖いと感じているというのに。


セリアが今の状態で弱音を吐かないのは、怪我人のユーファがいるからだ。患者がいるから弱音を吐けない、と思うのだ。


「シルメやヒューイを信じているからだな。あいつらだったら、俺を探し出す」


 そこには、しっかりとした信頼があった。


 セリアは、ユーファの側にいた二人を思い出す。シルメとヒューイと呼ばれていた、男の二人組。彼らが、そんなにすごい人なのかは分からない。だが、今の状態ではユーファの言葉を信じるほかになかった。


「あの、私がいることを思い出してください」


 先頭を歩くリアが、足を止めて振り向いた。


リアは人質を取って、ユーファを王都まで連れて行っているはずだ。だが、はた目から見れば三人で山歩きをしているようにしか見えない。


しかし、それも仕方がないことだ。


山歩きのために二人を拘束もできないし、怪我をしているユーファがいるため医療の知識があるセリアの荷物を没収するわけにもいかない。一応、ユーファの魔法の本はリアが持っている。攻撃の手段は奪っているが、なんとも様にならない誘拐であった。


「しっかり意識してるぜ。あんたが本を持っているおかげで、俺は簡単な魔法しか使えない。しかも、あんたの武器の糸がリアを狙っているもんな」


 リアの武器は、切れ味が良い糸である。


ユーファとしてはどうやって扱っているのか分からず、隙を探し出すのが難しい。そもそも隙を作り出して逃げたところで、怪我人の自分がリアから逃げきれるかどうか分からない。


「ユーファ、王はどうしてあなたを捕らえようとしているの。あなたは強い魔法使いだけど、それだけに見えるわ」


 リアの疑問は、もっともであった。実際、ユーファは強いだけの魔法使いであった。出生の秘密をのぞけば。


 ユーファは、投げやりに答えた。


「……あんたのところの王様は、俺を食いたいんだとよ。それで、俺を食うと不死身になれるんだと」


 それを聞いたリアは、目を見開いた。


 その顔は、幼い子供のようだった。


「あなたの肉って、そんな効能があるの?」


 リアは、尋ねた。


「あるはずないだろ」


 ユーファは、あきれ返った。強大な魔力を持った人間を生み出すために親世代が近親婚をしたらしいが、それ以外はユーファは普通の人間である。もっとも王であるリシャ自身も近親婚で出来た子供らしいが。


「リシャは、どうしてかその話を信じているらしいんだよな」


 ユーファは、子供の頃のことを思い出す。


 リシャは、ギザが連れてきた子供だった。思い返せば、ギザはどうしてリシャとユーファを対面させたのだろうか。


今は、もうギザはいない。


彼から、真実を聞き出すことはできない。ギザのことだから、きっと何かしらの意味があったと思うのだ。

 

「それにしても、どうして不死身なんてものに執着するかな」


 ユーファは、リアの方を見た。


 リシャの部下であっても、リアは彼の企みの全てを知っているわけではないらしい。王だから、部下に命じるだけなのだろうか。


だとしたら、王とは孤独なものである。


ユーファは、そう思った。

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