第60話

 山に入ったヒューイは、少し歩いてあゆみを止める。彼はその場にしゃがみ込むと、足元の地面を見つめていた。


「どうしたの?」


 ゲリアが尋ねる。


 ヒューイは、真剣な表情で地面を見ていた。ゲリアもそこを見てみるが、草が生い茂っているようにしか見えない。


「足跡が付いています。シルメ君たちが、この道を通ったのでしょう」


 それを聞いたゲリアは驚いた。


 ゲリアの目には、草が生い茂っているようにしか見えない。


 だが、ヒューイにはシルメの足跡が見えるのだという。


「よくわかるね。俺の目には、草が生い茂っているようにしか見えないのに」


 感心しているゲリアを他所に、ヒューイは立ち上がる。


「山育ちだと言ったでしょう。こういうのは得意なんです」


 ヒューイはそういうが、ゲリアには信じられない特技である。


「もしかして、野生動物の足跡も分かったりするの?」


「動物のほうが簡単ですよ。彼らは痕跡を隠そうとはしませんから、もっとも、今のシルメ君も気にしている余裕はなかったようですが」


 ヒューイは再び歩き始める。


 ゲリアは、その後を追った。


「……この場で、立ち止まっていますね。戦った跡などはないから、休憩でもしたのでしょうか」


 ヒューイは相変わらず見えない足跡で、シルメたちの様子を想像している。ゲリアは、目を凝らして遠くを見つめた。


「ヒューイちゃん、あれって町かな?」


 ヒューイは、ゲリアと同じく目を凝らす。彼の目にも、町が見えたようだった。


「これで、ようやくユーファちゃんたちと合流できるね」


 ゲリアは、まっすぐに町に向かおうとする。


 だが、それをヒューイが止めた。


「待ってください。この町が本当に安全かどうかを周囲から見て回ります」


 ゲリアは、改めて町を見る。小さな町は、ゲリアの目には静かで平和そうに見えた。一体、ヒューイは何を警戒しているのだろうか。


「ゲリア君は、私の後ろにいてください。なにか罠があるかもしれないんで」


 罠と聞いたゲリアは、ちょっとばかり驚いた。平和そうな村に、罠の文字は不似合いであった。


「驚いているようですけど、田舎の町や村の周囲に罠があるのは当然です。野生動物が村に入ってくるのを防ぐのを目的としています」


 それを聞いたゲリアは、ちょっとばかりほっとした。町の罠は、人間に対するものではなかったのだ。


「ただし、罠にかかると死ぬようなものもあるので気を付けてください」


 それを聞いたゲリアは、思わず飛び上がる。


 ヒューイは、そんなことを気にせずに進んでいく。ゲリアは慌てて、ヒューイについていった。


町の周囲は、特におかしな様子はないように思われた。だが、ヒューイは顔をしかめていた。どうやら、ゲリアには発見できないものを発見したらしい。


「罠が一つもありません」


「そうだったの?」


 ゲリアは、てっきり自分が罠を見つけられないだけだと思っていた。しかし、ヒューイに言わせるとそもそも罠がないらしい。


「野生動物があたりにいない、とかかな?」


 そんなはずがない、とヒューイは言う。ゲリアも本気で自分の案が正しいとは思っていない。山近くにあって、野生動物がいないというのはありえない。


「あの町は、罠を使わなくても野生動物から身を守れる何かがあるのかもしれません」


 ヒューイは、少しばかり考えていた。



「ゲリア君。今持っている荷物を置けば、シルメ君の剣を持てますか?」


 ヒューイに尋ねられたゲリアは、今持っている荷物を地面に置く。そして、ヒューイからシルメの剣を受け取った。ずっしりとした重さのそれは、今にも落としてしまいそうなほどに重い。


「これ、よく今まで背負っていられたね!」


 剣を引きずっているゲリアに、ヒューイはため息をつく。


「シルメ君の剣を持ってもらったら、私は身軽になれると思ったのです。そうすれば、私はいつでも危機に対応できます」


 ヒューイが言いたいことは分かるが、ゲリアが剣をもって歩くのは難しい。仕方なく、ゲリアたちは剣を置いていくことにした。


「行きますよ、ゲリア君」


 彼らは、町へとおもむいた。

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