第59話

 ゲリアとヒューイは、その日は村に泊まった。ヒューイは少しばかり現金を持っていて、それを謝礼として村人の民家に止めても止まったのだ。


なんでもヒューイたちは山で取った獲物などを加工して、村に売ることもあったらしい。微々たる金額であったが、その金のおかげでゲリアは雨風に濡れずに眠ることができた。


 目覚めたゲリアは、隣を確認する。


昨夜、ヒューイはゲリアの隣に眠ったはずだが、今はもう姿がなかった。ゲリアは起き上がり、周囲を確認する。だが、それでもヒューイの姿は見えなかった。


「ヒューイちゃん、どこにいったんだろう……」


 探していると、外から声が聞こえてきた。


 ゲリアが外をのぞいてみると、そこにはヒューイがいた。ヒューイは、槍の稽古をしていた。その様子を村の人々が興味深そうに見ている。きっと村では、武術の心得を持っている人間がいないのであろう。農具を持つ村人のなかで、武器を持つヒューイの姿は奇妙に浮いていた。


ヒューイの槍の流れは、流麗だ。


一切の無駄のない動きをしている。武の心得がないゲリアには、彼の動きを一体どのように例えればいいのか分からない。だが、見物していた子供にもヒューイの動きの美しさは分かるらしく、彼が型を披露すると子供たちは拍手を贈っていた。


「ヒューイちゃん、何やっているの?」


 外に出たゲリアは、ヒューイに尋ねる。


 ゲリアに気が付いたヒューイは、槍を納める。


「日課です。あまり、気にしないでください」


「気にしないでって……。毎朝、やっているんだ。それ」


 ゲリアの言葉に、ヒューイは当たり前だとばかりに答える。


 その顔には、うっすらと汗をかいていた。


「当然です。一日休めば、腕が鈍ります。シルメ君もやっていますよ」


 武術コンビは、毎朝鍛錬を欠かさないらしい。


 朝から結構なことである、とゲリアは思う。


「たまに、ユーファ君も混ざりますよ」


 どうやら、ユーファも武術コンビに混ざっていたらしい。


 それを想像すると、なんだかとっても騒がしい。


「朝から賑やかで楽しそうだね」


 とりあえず、ゲリアはそう言っておくことにした。ゲリア自身は、対面したくない朝練ではあったが。


「なんだか、バカにしたような口ぶりですね」


「バカになんてしてないよ」


 ヒューイは、いぶかしむようにゲリアを見る。


 ゲリアは冷や汗をかいたが、ヒューイはゲリアから視線を外した。


「それより、出発の準備をしてください。今日こそ、シルメ君に追いつきますよ」


 ヒューイがそう言ったので、ゲリアは慌てて準備した。もっともゲリアの荷物などほとんどない。取るものもとらずに、逃げてきたからだ。これから自分はどうなるのだろう、とゲリアは考えた。


 ゲリアは、王に命を狙われている。


今はシルメとユーファを追うという目的が一致してヒューイと行動を共にしているが、一体いつ追い出されるのか分からない。なにせ、彼らの敵はゲリアが呼び込んだようなものだ。


「早くしてください」


「あっ、うん。ごめんね」


 準備をしたゲリアは、ヒューイの元にかけていく。


 ヒューイは自分の槍の他に、シルメの愛刀も背負っていた。武器を二つも背負ったその姿は物騒で、少しばかり滑稽だった。


「改めて聞くけど、それ……重くないの?」


 ゲリアは、ヒューイに尋ねる。


 ヒューイは、不機嫌そうに答えた。


「重いです。だから、昨日は村で一泊したんです。この重さの武器を持って、一晩中森を駆け抜けるのは無理ですから」


 確かに、シルメの剣はひどく大きい。


ゲリアも城で兵士たちもの武器を見たことがあったが、それよりもはるかに巨大だ。だが、ゲリアの記憶がたしかならば、シルメはその剣を片手で扱うときすらあったような気がする。


「……シルメちゃんって、力持ちなのね」


 立派な体格からそうだろうとは思っていたが、シルメの腕力はゲリアの想像以上のようだ。ゲリアは、それに恐ろしいものを感じた。ゲリアは城の文官として、武術に優れる兵士は見たことがあった。だが、シルメほどの腕力自慢はいなかったかもしれない。


「シルメ君ならば、ユーファ君を背負ってでも夜の山を越えられますよ。私には無理です」


 ヒューイは、悔しそうに唇を噛んでいた。


 ゲリアは、その顔を覗き込む。


「でも、ヒューイちゃんも強いじゃん」


 毎日朝練もしているし、ゲリアよりも多く荷物を持って山を歩いている。おそらくは、普通の城の兵士よりはずっと強い。だが、ヒューイはそれに満足をしていないようだった。


「私の目的の一つは……シルメ君を超えることです。彼は、すぐに私のことを年下扱いしますし」


 その言い分が、なんだか子供のようだった。


 思い返せば、ヒューイは三人の中では一番年下だったのだ。つまりは、末っ子なのである。ヒューイがシルメにこだわるのは、兄を超えたい弟の心境なのだろう。そう思うと、怖いヒューイもちょっと可愛く見える。


「……それに、私は彼らに守られるいわれはないんです」


 その言葉には、少し悲しみが混ざっているように思えた。ゲリアには、それが不思議だった。彼らは兄弟のように仲がいいというのに、守られるいわれがないというのはどういうことなのだろうか。


だが、ゲリアはそれを尋ねることはできなかった。ヒューイが、歩き始めてしまったからだ。ゲリアは慌てて、それを追いかける。


「ちょっとまってよ」


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