第58話
ユーファを背負いながら、夜の闇のなかをシルメは走っていた。
夜の森には、人間が作った灯りはない。シルメは松明を作って、足元を照らしながら走っていた。そのスピードは、日中とほとんど変わることはない。
それは山道を知るものならば、異様な光景だった。暗い山道を日中と変わらないスピードで走るのは、それほどまでに難しいことであった。
シルメの耳元で、気を失ったユーファの荒い呼吸が聞こえる。それが、まだユーファの命が繋がっている証拠だった。
「頑張って……頑張ってね、ユーファ」
医者ではないシルメは、熱を出しているユーファにしてやれることがない。一刻でも早く、医者に連れていくことぐらいしかできない。
「……シルメ?」
背中から、ユーファの声が聞こえてきた。
シルメは、思わず足を止める。
「ユーファ、気が付いたんだね。熱を出して倒れたから心配していたんだよ。今、医者に向かうところなんだ」
シルメの話を聞いたユーファは、大きく息を吐く。
その吐息でさえ、シルメには熱く感じた。
「体……だるい」
「熱、高いからね。うん、仕方がないよ」
シルメの背中が居心地が悪いのか、ユーファは身動きをする。そして、周囲をきょろきょろと見渡した。
「ヒューイとゲリアは?」
どうやら、その二人の姿がなかったので心配になったらしい。
シルメは、苦笑しながら答えた。
「二人は、後から追ってくるよ。今は、君を医者に見せることを優先したいんだ」
あの二人は上手くやっているだろうか、とシルメは思う。
ヒューイは性格上、シルメたち以外と上手くやるのが苦手だ。腕は立つのだが、その性格がヒューイの大きな弱点となっていた。ゲリアが上手いことヒューイをコントロールしてくれるのを願うばかりだが、ヒューイの性格のことをあまり知らないゲリアには荷が重い話かもしれない。
だが、それでも二人を置いていくしかなかった。
それほどまでに、ユーファの様態は悪い。
ユーファも自分の体の調子は分かっているのだろう。
そのことについて、反論をしなかった。
「悪いな……。迷惑をかけて」
ユーファの言葉に、シルメは答える。
「気にしないでよ。困ったときはお互い様でしょう」
それに、幼い頃からユーファの面倒を見てきたのだ。今更、見捨てることはできない。
シルメの言葉を聞いたユーファは、小さな声で呟く。
「なぁ、もしも……俺のせいでピンチになったら、俺を切り捨ててくれよ」
その声は、暗がりによく響いた。
シルメは、背中に乗っているユーファに尋ねる。
「なにを言っているの?」
シルメにとって、それは意外な言葉だった。
茫然としていたシルメに、ユーファは答える。
「……王が敵を送ってくれるのは、俺のせいかもしれないんだ」
その言葉を聞きながら、シルメは再び歩き出す。
今は一刻も惜しい状態だ、ということを思い出したのだ。
だが、闇は先ほどとは違ってねっとりと絡みつくような重さを持ったような気がした。シルメは呼吸を整えて、ユーファに尋ねる。
「ユーファは、俺が自分のせいで怪我して動けなくなったらどうするの?」
シルメの言葉に、ユーファはできる限りの大声で答えた。
「助けるに決まってるだろ!」
その言葉を聞いたシルメは、笑う。
その笑い声が、ユーファには意外だった。
きょとんとしているユーファに、シルメは答えた。
「俺も同じだよ、ユーファ。俺は何よりも、ユーファたちと一緒にいたいんだ」
シルメの言葉は、真摯だった。
その言葉に、ユーファは微笑む。
「……そうかよ」
そっけない返事であった。
それでもシルメにとっては、十分な返事だった。小さな頃から、ユーファのことは知っている。だから、言葉一つで彼女がどう思っているかも手を取るように分かった。
ユーファは、自分のせいでシルメたちを危険にさらしたくないと思っているのだろう。だが、そんなことはシルメには関係ない。最後まで、ユーファと共にいたいのだ。
「きっとヒューイも、そう思っているよ」
シルメは、付け加える。
ヒューイも幼い頃から一緒にいた人間だ。彼の気持ちも、手に取るように分かる。彼も、シルメと同じ気持ちであろう。
「ヒューイにとっても、君は大切な人だから」
ユーファは、シルメの背中の上で微笑んでいた。
「ユーファ……町だ。町の明かりが見える」
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