第37話
それからシルメは、ユーファの元に本を届けるたびに文字を教えてもらった。ユーファは学校に通っているふうではなかったが、博識であった。文字を知り、本から様々なことを学んでいた。ユーファは、シルメにとっては教師だった。
シルメは、ユーファから様々なことを学んだ。
それは礼儀であったり、学問であったりした。シルメは、計算もユーファから学んだ。それによって金銭の計算ができるようになったシルメは、働き先で少しばかり重宝されるようになった。
そのころになると、シルメはユーファが何者であるかと理解することができた。ユーファは、国の有力な貴族の私生児だった。生まれたときから存在を望まれなかったユーファは、生まれてからずっと館に閉じ込められたらしい。
ユーファは、数えるほどしか館の外に出たことがないらしい。
気が付けば、シルメはユーファに外のことを教えることになった。ユーファは外のことについてあまり興味を持たなかったが、シルメの来訪を歓迎しないときはなかった。
シルメは、いつの間にかユーファのことを妹のように思っていた。外に出ないユーファは、他の年頃の少女と比べると小柄で年相応には見えなかった。だから、シルメは一歳しか歳の差がないユーファのことを小さな女の子のように思っていた。
そんな生活がしばらく続くと、シルメのほかに館に訪れる者が現れた。
それは、魔法使いだった。
リゼリザ、と名乗る盲目の魔法使いだった。
シルメは、ユーファとリゼリザが最初に邂逅する場面に出くわした。リゼリザが訪れたのは、シルメがユーファの本を届けにきたときであった。リゼリザは鎖につながれたユーファの部屋に来て、彼女の側に座っていた。
リゼリザはユーファよりもだいぶ年上の大人であったが、まだ若いリゼリザがユーファの部屋にいるというのはシルメにとっては座りが悪かった。
「やぁ、こんにちは。僕は君の遠縁のリゼリザ。君は、最後の申し子だね」
リゼリザは、そう自己紹介した。
本を運びながら、その話をシルメは聞いていた。
「君には、魔法使いの才能がある。こんなところを出て、僕の弟子にならないかい?」
リゼリザは呪文も唱えずに、指先に炎を灯す。
ユーファは、その光景に息を飲んだ。
ユーファは、魔法にも詳しかった。だが、ちゃんと師事したことはないので魔法自体は使えなかった。
「呪文は唱えないの?」
ユーファは、リゼリザに尋ねた。
「うん、僕は眼が見えないからね。呪文は唱えられなかったんだ。君も弟子になれば、僕に及ばないまでも凄腕の魔法使いになれるよ」
リゼリザは、そう語った。
「でも、私の家族が許さないわ」
ユーファは、そう語った。
シルメは、ユーファの家族を見たことがない。だが、幼いユーファを拘束しているのだから、家族はユーファの自由を許さないであろう。
リゼリザは、笑う。
「君、僕の養子になればいいんだよ。そうすれば、君は自由になれる」
リゼリザの提案は、ユーファには魅力的な提案であっただろう。だが、ユーファは何故かシルメの方を見た。盲目のリゼリザには、そのことは分からなかったであろう。シルメは、そのことを不思議に思った。
ユーファは、この暗い屋敷にもったいないほどの教養を兼ね備えていた。だから、早くこの屋敷を出ていくべきだとシルメは思った。
「……ここを出ていけるの?」
「そうだよ、ユーファ。素晴らしいことだろう」
リゼリザは、笑う。
だが、ユーファの表情はすぐれないものだった。
「……リゼリザ様。私があなたの養子になるなら、一つ買ってほしいものがあります」
ユーファは、そう言った。
改まったユーファの態度に、リゼリザは首をかしげる。
「なんだい?君は、本以外のものに興味を示さないと聞いていたけど」
「本以外に欲しいものがあるんです」
ユーファは、シルメを呼び寄せた。シルメは言われるがままに、ユーファの側へと駆け寄った。
「シルメを買いたいんです」
ユーファは、はっきりと言った。
シルメは、驚いていた。
「ユーファ、どうして?俺は、君とは関係がないよ」
ユーファは、首を振った。
「関係あるわ。あなたは、私の生徒で、外の世界を教えてくれる兄よ。おいてはいけないわ」
ユーファは、きっぱりとそう言った。
その言葉を聞いたリゼリザは、大笑いする。
シルメは、その反応に驚いた。盲目の人というと奥深しい人というイメージがあったが、リゼリザはそのようなイメージに反していた。それどころか溌剌とした人であった。
「ユーファ。君は血縁関係もない、他人を助けようとしているのかい?」
ユーファは頷いた。
「ええ、そう。シルメは今ここにいるわ」
リゼリザは、シルメを呼び寄せる。
シルメは、少しばかり緊張しながらリゼリザに近寄った。
リゼリザは、シルメの腕を取るとその素肌に触れた。シルメはびっくりしたが、リゼリザはそんなこと気にせずにシルメの腕に触れ続ける。
「いい筋肉をしているね。肉体労働をしているのかな?」
「商家で荷物運びをしています」
シルメは、そう答えた。
「そうか……なら、うちの下働きに来るかい?」
リゼリザは、そう言った。
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