第36話

自分を売ったシルメが連れてこられたのは、王都だった。王都には田舎と違って、たくさんの人がいた。シルメは、それに目を白黒させた。


シルメが知っている町とは、人よりも家畜のほうが多い場所だった。だが、ここには家畜はいなかった。家畜はすべて肉や皮製品に加工されて、元の姿を保っていなかった。シルメは、それは人も同じではないかと思った。


街では、人は着飾る。


自分の母のように着飾り、泥にまみれた醜い本性を隠しているのではないかと思った。


シルメは、とある豪商の家に買われた。その家では、商売で様々な荷物を運ぶ必要があった。シルメの仕事は、その商品を運ぶことだった。


頭を使わない肉体だけを使う作業は、故郷で行っていた家畜の世話を思い起こさせた。そのたびに、シルメは故郷に残してきた家族のことを思った。


だが、いくら家族のことを思ってもやれることはなかった。シルメは買われてきた身である。給料も、もらってない。だから、家族に仕送りすることもできない。


そんな労働に精を出しているシルメに、一つの出会いがあった。


それは、よく晴れた日のことだった。


シルメは、いつものように荷物を運んでいた。その日は、とある貴族に大量の本を届ける仕事だった。シルメは本が入った箱を抱えながら、貴族の屋敷にやってきた。


その屋敷は、古い建物だった。


家のなかには必要以上に人がおらず、使用人も少なかった。カーテンも常に閉められており、屋敷のなかは薄暗い。だが、それにも使用人たちは慣れているらしく、気にすることなく働いていた。


シルメは、その屋敷の二階に本を運んだ。薄暗い屋敷内でも、掃除が行き届いていたせいで埃が舞うことはなかった。


「あら、新しい人?」


 シルメが本を運び入れるために部屋に入ると、そこには少女がいた。珍しい緑色の髪をした少女だった。貴族らしい上等な布で作られたワンピースを身にまとった少女。その少女は難しそうな本を開きながら、シルメに微笑みかけていた。


「頼まれた本を届けに来たんだよ」


「そう、ありがとう」


 シルメは、本を床に置く。


すると、その拍子に少女の素足が見えた。白くて細い素足は、囚人のような足枷がはめられていた。それがあまりに異様で、シルメは思わずそれを注視してしまった。


「私のコレが気になる?」


 少女は、ほんの少しスカートの裾を持ち上げる。すると鉛色の思い足枷の全貌が明らかになり、ますます異様な雰囲気を醸し出していた。


「……どうして、こんなものをしているの?」


 シルメは、恐る恐る尋ねてみた。


「私が、ここを出て行かないようによ」


 まるで、家畜のような扱いである。だが、少女が身に着けている豪奢なワンピースがその扱いに反していて、アンバランスな印象をシルメに与えた。


「ずっと、足枷をつけて生活をしているのかい?」


 シルメは、尋ねた。


 少女は、頷いた。


「私の名前は、ユーファ。こう書くのよ」


 ユーファと名乗った少女は、シルメを呼び寄せた。シルメは近くによると、ユーファはその掌に自分の名前を指でなぞって書いた。シルメはそれが何を意味するか分からずに、目を点にしていた。


「これ、なんなんだい?うん、知らないよ」


「文字よ。知らないの?」


 シルメは、首を振る。


 ユーファは、文字を知らないシルメを少し不思議そうに見ていた。


「あなたの名前はシルメよね。こう書くのよ」


 ユーファは、シルメの掌に彼の名前を書いた。シルメは、しげしげとそれを見つめた。


「名前も文字で表せるんだ」


「そうよ。あなたは文字を知らなかったのね」


 ユーファの質問に、シルメは恥じながら答えた。


「学校に通ったことがなかったんだ。弟や妹たちを通わせることに精一杯で」


 通いたかったのだけれども、とシルメは言う。


「なら、私が教えてあげる」


 ユーファは、そう言った。


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