第38話
リゼリザはシルメを所有していた商家と会い、金を支払った。そのため、シルメの所有権はリゼリザに移った。リゼリザの屋敷は商家と比べても小さく、ユーファの屋敷と比べてもみすぼらしかった。
それでもそれは、盲目のリゼリザのためであった。大きな館は目の見えないリゼリザにとっては、不便であった。魔法使いであったリゼリザは、その魔法の力を使って生活をしていた。
それでも料理や掃除などはできず、シルメはそんなリゼリザの世話をすることになった。ユーファはそのなかでリゼリザから魔法を学び、その才能を開花させていった。
リゼリザの館での生活は、田舎で幼い家族を養っていたころの生活とよく似ていた。その生活は今も昔も、穏やかで変化に乏しい生活であった。
一方でユーファはリゼリザとの生活のなかで、生来持っていたと思われる奔放な性格が開花していった。長年幽閉されていたために、最初こそユーファはまともに歩くことすらできなかった。だが、数か月も過ぎるとユーファは自由に歩けるようになった。さらにしばらくすると、誰が教えたわけでもないのに木登りまでも始めた。
高貴な娘がするような遊びではなかったが、盲目のリゼリザがそのことを知ることも咎めることもなかった。危ない遊びをたしなめるのは、いつもシルメの役割だった。いつの間にかシルメは、ユーファの遊び相手を兼ねるようになった。
二人は、いつの間にか兄妹のような関係になっていった。
シルメは、このままリゼリザとユーファの元に仕えるのかと考えていた。それは酷く穏やかな生活のような気がした。このまま果ててしまっても良いと思えるほどに。
そんな穏やかな生活のなかで、事件が起きた。
リゼリザが留守中のことだった。
リゼリザの館に賊が侵入したのだ。
まだユーファは幼く、まともな魔法は使えなかった。そのため館に入っていた賊に抵抗することもできずに、ただ言われるがままに拘束された。
シルメは、そのなかで動いた。
縛られることを良しとせずに、賊と戦った。
体の大きなシルメは、すでに大人のような体格をしていた。シルメはその体格を生かし、館にあった荷物を賊に投げつけた。それは微々たる抵抗であったが、賊たちを怯ませた。
シルメは賊の一人を殴り、殺してしまった。それに恐れをなした賊は、リゼリザの館から逃げ去っていった。ユーファは、その光景をただ見つめていた。
シルメは、ユーファを怯えさせてしまったと思った。
シルメはユーファの拘束を解いたときに、もう二度と彼女と気安い関係には戻れないと思った。だが、拘束を解かれたユーファはシルメに抱き着いた。
その抱擁は、シルメのことを思っての抱擁であった。
「ごめんね。私、魔法使いなのにシルメのことを守れなかった……」
そんなことを呟く、ユーファ。
シルメはその時初めて、自分の拳が血に汚れていたことに気が付いた。人を殺した手でユーファを抱きしめることは忍びなく、彼女を引き離した。
シルメは、初めて人を殺した。
こんな汚れた手では、ユーファを抱きしめられないと思ったのだ。
帰ってきたリゼリザは、自分の屋敷に賊が入ってきていたことに驚いた。それと同時にシルメが一人で賊を退け、そのうち一人殺してしまったことにも驚いた。
リゼリザは、シルメを罰することはなかった。
むしろユーファを守ったことを褒めて、リゼリザはシルメを自由の身にした。
誰の所有物でもなくなったシルメは、久々の自由を味わった。自由になったシルメが最初に望んだことは、故郷に帰ることだった。
シルメは、故郷に置いてきた幼い兄弟を未だに心配していた。
シルメは旅の準備をして、故郷に帰ることにした。リゼリアの屋敷の下働きを止めたシルメに、ユーファはついていくと言って聞かなかった。だが、リゼリザの元で修行するユーファは、シルメについていくことを許されなかった。
シルメはユーファをなだめて、必ず王都に帰ってくることを約束した。シルメは、弟妹たちを王都に連れてくることを考えていた。そこで、また一緒に暮らすことを望んでいたのだ。
きっと、ユーファもシルメの兄弟とすぐに馴染んでくれることだろう。そうしたら、七人で一緒に暮らすということも可能かもしれない。そんな夢みたいなことを思い描いて、シルメは何日も旅をした。そうやって、自分が生まれ育った村を目指したのだ。
すでに、シルメが村から離れて数年が経っていた。道中の風景はさほど変わらないものであったが、村に近づくたびに不吉なほどに乾いた風が吹いた。
シルメは、嫌な予感がした。
村にたどり着くと、その村は乾いていた。
豊であったはずの畑は放りだされており、飼われていた家畜は一匹もいなくなっていた。村は、打ち捨てられていたのだ。
シルメは、兄弟で暮らしていた家に急いだ。
家には、誰もいなかった。
家は捨てられていたのだ。
シルメは、その場に立ち尽くした。
あとから知ったことだが、シルメが離れた後に飢饉が襲ったらしい。そのため、人々は村を捨てなければならなくなったのだ。シルメの兄弟たちも村を捨てて、どこかに行ったのだ。
シルメは兄弟たちが、どこに行ったのか探した。だが、ちりじりになった村人たちを探すことは難しかった。
シルメは、故郷も、家族も永遠に失ったのだ。
意気消沈しながら、シルメは王都に帰った。一つの村がつぶれたというのに、王都の様子は変わることなく華やかであった。
シルメは、それに悲しみを覚えた。
けれども、華やかな王都のなかでは泣くこともできないような気がした。
シルメは、とぼとぼとリゼリザの館まで歩いて帰った。旅立つときは家族の元へ帰れる喜びで溢れていたが、今は悲しみしかなかった。
旅から帰ったシルメをユーファは喜んで迎えてくれた。
だが、ユーファはどうしてシルメが悲しみにくれるのかが分からなかった。
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