第35話
幼い頃、シルメは田舎の村で住んでいた。
六人兄弟で、シルメはその家族の長男だった。貧しかったが、生活は楽しかった。シルメは家族と共に、家畜を飼いながら生活をしていた。
シルメは、そこで父を手伝っていた。
母はいなかった。
ずっと前に家族を残して、母は出ていったのだ。そのため、家族のための家事もシルメが一身に請け負うことになった。
実家の手伝いが忙しすぎて、シルメは学校に通ったこともなかった。妹や弟たちは学校に通い、いつも楽しそうに笑っていた。シルメはそれを羨ましいと思いながらも、自身も学校に通うということを望んだことはなかった。家族が笑っていれば、それでよかった。
だが、幸せな時代は長くは続かなかった。
父が、病気で倒れたのだ。
流行り病で倒れた父には、高額な薬が必要だった。シルメは、薬のために家畜をすべて売ることにした。家畜を売れば、父が回復すると思ったのだ。
だが、高価な薬を飲ませても父は回復しなかった。
それどころか、薬を飲ませて一週間後に父は死んでしまった。もう家畜がいないシルメは、父の葬式をだすこともできなかった。幼い兄弟たちと泣いて、自分たちで墓を掘って、父と別れを告げた。父の墓穴を掘りながら、シルメは何度も手にできた豆をつぶした。
墓に入れた父の顔は、穏やかだった。
その穏やかな顔に、シルメは恨みさえ感じた。
父の薬を飼うために、家畜はすべて売ってしまった。もうシルメには、財産がなかった。頼るべき親類もいなかった。明日から兄弟たちをどうやって養っていけばいいのかも分からなかった。そのなかで先に旅立った、父。
まるで責任の全てを放り出したようだった。
父が死んでからは、シルメは近所の牧場で働くことになった。まだ幼いシルメの賃金は安く、シルメの稼ぎだけでは家族全員を養うことができなかった。学校に通っていた年長の兄弟たちも働かせなければならなかった。
六人兄弟のうち、三人が働いてようやく家族を食べさせることができた。
それでも、シルメたちは生きていくだけで一生懸命だった。もう兄弟たちを学校に通わせる余裕はなかった。
無学であるということは、一生貧しいままだということだ。
この生活が、一生続くということだ。
シルメは弟や妹たちだけでも、この生活から抜け出させてやりたかった。だが、方法が分からなかった。学校に通ったことがないシルメは、家族の中で一番学がなかった。
そんななかで、シルメの家に母が戻ってきた。
数年ぶりに帰ってきた母は、派手な格好をしていた。娼婦が着るような派手なドレスに、高価そうな宝飾品。鼻が曲がりそうなほどに香る化粧品の数々。母が今どうやって生計を立てているかは分からなかったが、まともなことをして生活をしているとは思えなかった。
母は落ちぶれた家の様子を見て、呆れたようにため息をついた。シルメは、母に対してどのような態度を取ればいいのか分からなかった。年少の兄弟たちは、母が帰ってきたことを純粋に喜んだ。
母は、弟や妹を可愛がらなかった。
すがってくる幼い兄弟は、母のドレスを汚した。母にとっては、それは我慢ならないようだった。それでも、シルメにとって母は母だった。
愛すべき存在だった。
シルメは、母を追い出すことはなかった。それどころか、働くこともない母をシルメは受け入れた。母のために寝所を整え、母のために料理をした。
母は、それを喜ぶことはなかった。
不満げに座る母の様子を見て、シルメは「こういう人だった」と思い返していた。シルメの幼いころから母はこういう性格で、父とよくケンカをしていたのだった。そして、母は家を出ていったのだ。
母が帰ってきた数日後、兄弟で稼いだ金がなくなっていた。母が盗んでいったのだ。その母の姿もなくなっていた。シルメにとって、母は愛さなければならない家族だった。だが、母にとってシルメたちは違かったらしい。
シルメは、途方に暮れた。
もう、どうすればいいのか分からなかった。
そんななかで、兄弟たちの前に人買いが現れた。貧しい村に人買いが現れることは、珍しくなかった。冬の前になると、寒い季節を越せそうにない家族が子供を売ったりしていた。
シルメたちも、そうするべきだった。
だが、シルメは兄弟に苦労をさせることは嫌だった。
シルメは、自分を売ることにした。
シルメは年のわりに大柄で、肉体労働に向いていた。そんなシルメは、それなりの値段で売れた。シルメは、その金を兄弟に握らせた。
学のない頭で、シルメはこれからのことを考える。
家畜のない家では、大した稼ぎを作ることはできない。きっと兄弟たちは少しずつ、自分たちを売る生活をしていくだろう。だとしたら、あの家に最後に残るのは何なのだろうかと思った。
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