第10話 セフレとつきあいだすくらいなら初めから普通につきあえよ
ギャンブル先輩はただ首を横に振るだけだった。
「え、どういうこと?」
おれは、ギャンブル先輩は学祭なにするんすか、と尋ねたはずなんだが、ギャンブル先輩の瞳は少しも淀みなく、澄み切った色でおれを見つめながら、やはり首を振る。
「せめていちおうは出かけますよね?」
恐る恐る聞くと、
「……」
首を振る。
「行かないの?」
澄んだ目である。
とっぷり煙で満たされたたまりの空気がオーバーなおれの身振りのせいで揺れ動くのが見える。
「せっかくおれたちがめちゃくちゃがんばって準備したんだからさあ!? 行きましょうよ学祭!!」
「学祭ってなに? 凱旋置いてる?」
「パチンコ屋のホールの話じゃないんで」
ギャンブル先輩はテコでも動かなそうだった。
おれはひるがえってバンド先輩に尋ねる。
「バンド先輩はもちろん出ますもんね!? 軽音の発表があるもんね!?」
「ああ……今年も出る予定だよ。ボカロのコピバンやるらしい」
「うわっ、つまんな……」
「なに!? なんか言った!?」
「なんも言ってないです」
おれの口から転び出てしまった言葉はともかくとして、バンド先輩はしっかり参加するらしい。あとボカロのコピバン、最高ですよね。
よし、この勢いでもう一人くらい学祭に参加する寮生を見つければ、ギャンブル先輩も含めて参加の流れを作れるはずだ。
あとたまりにいるのは、
「あー……寮長!」
「え、なに? ヤス、呼んだ?」
寮長といえば祭好きで寮では有名な話である。
春先にある町内のクソ小さな祭では、おれは一年目で強制参加だったため仕方なく朝早くから起きて、謎の準備を手伝わされ、しょぼい出店の焼きそばみたいなのを焼かされたのだが、寮長は三年目というのにいまだに毎年この祭に出ているらしく、おれの参加したときもめちゃくちゃイキイキしていた。
噂ではわざわざちょっと遠出して、地域では有名な男根を模したクソデカい丸太を担ぎ上げる狂った祭にも毎年しっかり参加しているらしい。
「寮長はもちろん、寮生みんなで学祭へ遊びに行きますよね!?」
おれが期待を込めてそう聞くと、
「いや……すまんな、今年は俺キツいわ」
寮長はにべもない返事。
「ええっ!? あの毎年各サークルの出店を荒らし回って、祭の日をいいことに学内の至るところで酒を浴びるように飲み、大暴れしては取り押さえられているあの寮長が!?」
ギャンブル先輩が大げさに驚いてみせる。
「そうっすよ! 誰より祭を愛し祭に愛された男たる寮長が、なんで学祭いかないんすか!?」
「行かないとは言ってねーよ……お前らとは行けないっつってるだけでさあ」
「あ、わかった」
ギャンブル先輩の悟り顔はもはや名物である。
「お前やっぱりセフレと学祭いくことなったんだろ。花火大会のときはそういうの行く関係じゃないとか言ってたくせに」
「ばかおまえちげーよ向こうがどうしてもって」
「行くんだ……セフレと学祭行くんだ……」
「うるせえなヤス!」
セフレをつくって身勝手な充実をすでに果たしていたくせに、さらにそのうえで恋愛関係まであと載せしちゃおうという強欲な寮長に、おれは強いショックを受けていたのである。
「え、どうなの。付き合いそうな感じなの」
ギャンブル先輩の追求はまだまだ止まらない。
「いやだからねーよ」
「本当にないなら学祭行かないだろ」
「……学祭くらい友達とも行くだろ」
「じゃあ俺たちとセフレと一緒に行くか」
「どんな集まりなんだっけ!?」
一気呵成の猛攻である。
その後、現在絶賛独身中のバンド先輩も腹いせに加わって、ひとしきり寮長が袋叩きにあったあと、寮長は苦しげに言った。
「……そんなん言うヤスは誰と学祭行くんだよ? 結局例の女の先輩とはどうなんだ?」
「え」
どうなんだろう。
その質問を機に、おれは深く考え込んでしまった。
思わずその場の三人に尋ねると、
「……どうなんだと思います?」
「知らんわ」
「知らねえよ」
「知るかバカ」
それぞれに想いおもいの罵声が帰ってきた。
「知るか三段活用だ……」
忙しくなってから忘れていた。
目の前の一つひとつの仕事に精いっぱいになり、やりがいがあって責任を感じて達成する喜びがあったから。
もとはといえばおれが文化祭実行委員になったのはミスコンを成功させるためであり、それは文学少女先輩にキャンパスで一番の女性になってもらい、ひいてはおれの彼女になってもらうためだったはずだ。
おれがこれを忘れていたのは、もう文学少女先輩を好きな気持ちが薄れているから?
忙しさにかまけて、肝心のリア充へのもっとも重大な目標である憧れの人を忘れてしまった?
いや、違うはずだ。おれは仕事をしている間も先輩のことが好きだった。ミスコンSNSの先輩の投稿はなんか品のある文章で写真も控えめで、慣れないながらも頑張ったであろう自撮り写真も本当に綺麗で、見るたびに見惚れていた。
じゃあ、なぜ文学少女先輩との仲は進展していないのか。
それはこの計画──ミスコン大作戦〜以下略〜の根底に問題があったのだ。
今更ながらおれと文学少女先輩は、日本文学分野という学問分野を同じくし、日々同じような専門の授業をとり、いやそういう意味では同じ一年のミサキとのほうが授業は被ってるが、日々同じ学生部屋で切磋琢磨し、近い距離で過ごしてきた。
だがそれでは、同じ分野の先輩後輩というだけなのである。これはおれにとって衝撃の事実であった。
恋愛関係に発展するためには、おそらくただの先輩後輩の枠を超えて、休日に会ったり、一緒に食事をしたり、遊んだりしなければならなかったのだ。
あまりの憧れの感情に、お近づきになるようなことは考えつかなかったし、そもそもおれは恋愛などしたことがなく、とにかく勝手がわからなかった。
そうだ、デートをしよう、とおれは寮長と顔も知らぬセフレのことを聞いて、そう思い立ったのである。
思い立ったら吉日、善は急げ、いのち短し恋せよ乙女とはよく言ったもので、おれはとにかく文学少女先輩にメッセージを送った。
ふと花火大会の夜に断られたことが
怖い。
断られるのが怖い。
好きじゃないと言われるのが怖い。
好きなのはきみじゃないと言われるのが怖い。
きみのことは好きじゃないと言われるのが怖い。
ふと共通校舎の裏の自販機の脇の笑顔が過った。
私もきみのことが好きだと言ってくれたら。
きみが好きだよと言ってくれたら。
好きだと言えたら。
会えたら。
文学少女先輩のメッセージの返事は、明るく好意的だった。
学祭を一緒にまわりましょう、というおれの申し出に、先輩はこうした言葉を返してくれた。
栞:いいよ、ちゃんとエスコートしてね。
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