第6話 鎧の伝説


 ――誰を味方にするかは自分で決める。


 ……成績から、人柄を含めプリムムという存在を測られていた。


 相対評価で誰かより下であれば見下され、バカにされてきた。


 正論を言おうとも上位者のわがままにかき消される。誰も、プリムムの言葉を聞き入れようとしなかった。なぜならプリムムは落ちこぼれのアーマーズだから……。


 結果を残せなかった自分が悪いということはよく分かっている。それでも、人は数字だけで他人を判断してしまうのかと絶望したものだ。


 誰も信用できなくなったプリムム。

 だが、そんな彼女でも、ワタルなら信用できると判断した。


 短い時間だけど共に行動し、ターミナルの脅威から脱出することにも成功した。

 絶体絶命の状況でこそ人の本性が見えてくる。


 ……命を懸けた渦中で見えた彼は――――


 ……ワタルは、信用できる。



 信用できる、と彼女は言ってくれた。


 ――おれも、おまえを味方に選ぶだろうな。


 口の中でそう呟き、自然と口が緩んでいると、


「ッ、後ろ!」


 プリムムが叫んだ。

 ワタル、プリムムを覆う影ができる。


 大木が、こっちに倒れてきているのだ。


 まるでふたりを狙ったような倒れ方だ……自然現象ではないだろう。プリムムはワタルを掴んで引き寄せ、咄嗟に手の平を大木へ向けた。


 青い光が周囲を照らす――だが、時間が足りなかった。不完全な出力で砲弾を発射するも、大木を押し返す威力は出ず、軌道を少しだけずらすだけに留まった。


 中途半端な威力のせいか、制御が甘かった。

 体勢も悪かっただろう……発射の反動が、プリムムの手首を変な方向へ無理やり曲げた。


「っ!」


 瞳の中で火花が散ったように、プリムムが顔をしかめる。


 ――大木が倒れた。

 周囲が大きく揺れて、たたらを踏む錯覚。

 大木の下敷きにはならなかったが、プリムムに深刻なダメージが残ってしまった。


「プリムムっ、手首が――」


 青黒く変色しているように見えた。傷はすぐに癒えて見えなくなったものの……手を開く動作にぎこちなさが残っている。痛みがなくとも今ので恐怖を覚えてしまったか?


 砲撃の力を使うことに、躊躇うほどの恐怖が生まれてしまったなら致命的だ。


「だ、だい、じょうぶよ、これくらい……っ、今は早く逃げるの! 自然現象でないなら、あの大木はターミナルの仕業よ。もう追いついてきたんだわ!」


 走り出したプリムムは、しかし足がもつれて倒れてしまう。

 立ち上がって、転んで、また立ち上がっては転んで……走れていない。


「……なんで……?」


「そりゃダメージが溜まってるからだろ。いくら痛みがないと言っても、体は正直だ。立てないなら手を貸せ、おれが支える」


 ダメージの蓄積もあるだろうが、それよりも原因は砲撃の力だろう。エネルギーを砲弾にして撃ち出す能力――うんと燃費が悪い力に思えた。


 無駄撃ちはしない、と思っていても緊急事態なら撃ってしまうだろう。

 仕方ない、とは言え……プリムムは短時間で撃ち過ぎていたのだ。


「……ガス欠になるのは当然だろ」


 もっと強く止めていればよかったが、もう倒れてしまったのだから後の祭りだ。


 ワタルがプリムムに肩を貸して支えていると、


「さわ、るな……」


 と、プリムムから漏れた声。

 その声色にゾッとしたが、向けられたのはワタルではなく……背後。


 剣の力――太刀を握り締めた、ターミナルだ。


「は、や……ッ!」


「彼を、あなたに渡すもんか……ッ!!」


 ターミナルが軽い蹴りをプリムムに当てた。

 たったそれだけで、プリムムがワタルから引き剥がされる。


 踏ん張ることもできず、プリムムは地面に倒れ――――



「アーマーズを知りたいか?」



 ターミナルの、端的な言葉だった。


 アーマーズ。


 彼女たちの、常識とは?





 少女たちにはこんな噂がある。

 オトコと接触することで、自身に備わっている【力】が進化する、と。


 そのためのオトコだが、だからって誰でもいいわけではない。

 実際、試した少女も過去にはいた。


 少女が知るオトコとは、彼女たちを統率する『先生』だけだ。当然、先生に触れることで噂の真偽を確かめようとした。結果は……意外にも出ている。

 気のせい、と言えばそうかもしれないが、能力の出力が上がった……――かもしれないのだ。


 データとして戦績は上がっているので、噂はデタラメだった、とも言えず。


 噂ほどの進化ではないが、正解とも間違いとも言えない結果となったのだ。


 まあ、噂だ。こんなものかもしれない、という諦めの空気感があったのも事実。



「やり方が合っていたとしても、足りないのだろうな……信憑性が低い噂、じゃないんだな、これがさ……。調べたらうんと昔に実例があったらしい」


 倒れたプリムムへ即座に視線を向けたワタル。


 が、ターミナルが太刀を地面に突き刺し、ワタルを牽制した。


「オトコとは、少年だ」


 ……十代の少年。


 アーマーズが若い少女の姿をしているように、彼女たちの力をさらに引き出すオトコとは、やはり同じく若くなければならないのだ。


 ゆえに、十代。


 もちろんお互いの相性もある。アーマーズの弱点であるコア(心臓)と身体の相性がよくなければ馴染まないように。少年と少女にも相性がある。


 お互いによく思っていなければ力は引き出せない。


 一方通行の好意ではなく。

 どちらも相手へ特別な好意を抱く必要があり……その特別は、ひとつとは限らない。



「わたしは、オマエが良いんだ」


 太刀を引き抜き、ターミナルが近づいた。

 彼女の小さく、軽く、細い体が寄り添ってくる。


 ワタルが触れたらガラスのように割れてしまいそうな、繊細な肉体だった。


 彼女の手が、ワタルの腕をそっと撫でる。

 折れた腕を、愛撫するように。


 彼女からの敵意が消えた。そこにあったのは、真偽不明の、愛だけだ――


「オマエが望めばわたしはなんでもしてやれる。手となり足となり、この美貌さえもオマエのために使ってやろう。この身体をどうしようとも拒絶などしない。オマエに目的があるならそれも叶えてやろう――どうだ? なんでも手に入るんだぞ?」


 成績優秀者。

 身分も高く、強い発言権もあるのだろう。

 だからどうにでもなる、と言っているのだ。


 プリムム同様、今更だが、ターミナルも充分に整った容姿をしている。

 趣向は違うが、美少女だった――悪い話ではないだろう。聞けば聞くほどワタルにとっては渡りに船だった。


 ただ、都合が良過ぎる、と遠慮したくなるほどではあるが。

 ――運が、ワタルへ向いている。


 だから、


「わたしと組め、オトコ。わたしを『装備』しろ――」


 装備――着る――アーマーズとは?



「わたしがオマエの鎧となり、武器となろう」

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