第5話 堂々なり両者
「やられた……ッ」
傍にいたワタルの姿も見えなくなっている、と気づいたターミナル。
太刀を振り回して貴重なオトコを斬ってしまってはいけない。動きが制限される中でプリムムを探すが……、この状況を狙ったプリムムがまだ倒れたままでいるとは思えない。
ワタルを連れて、体勢を立て直しているだろう。
――ターミナルは、知っている。
成績最下位であっても、プリムムはバカではない。
好き嫌いが激しく怠け者でもあるため、成績的に落ちこぼれてはいるが、真面目にやれば学力はそこそこあるだろう。
根本的な基礎が分からないわけではない。比べれば、知識はないかもしれない。だが知恵はある。こと戦闘においては機転を利かせてピンチを脱出する。
今のように、苦難を乗り越えてきた場面を何度も見てきた。
運が良かった、で片づけてもいいだろう。
多くがそう評価するかもしれない。
……認めよう。
プリムムは、狙ってこの状況を作り出したのだ。
あの状況から、絶体絶命のピンチから、ひとりで発想と実行をおこない結果を出した。
成績最下位の落ちこぼれが、だ。
……ワタルの言葉を思い出す。
ターミナルがぎゅっと拳を握り締めた。
『こうして選ばれてるんだ。プリムムの中で、おまえよりも優秀な部分があったのかもしれないな』
「…………そんなこと、とうの昔から知っているよ」
#
黒煙の範囲から出た先で。
森にいた小動物たちが駆け抜けていく足音に気づいて、ささっ、と逃げていった。
「おいっ、プリムム、待て――!」
黒煙を目隠しに使って、ターミナルから逃げたワタルとプリムム。
後先考えずに全力疾走を続け、当然、息が切れてきた。
怪我をしないプリムムとは言え、ワタルと同じように息が切れるらしい……そのことに少し安堵した。
腕を掴まれているが、プリムムの速度が遅いので、踏ん張ることで彼女の足を止めることに成功する。
ぜえはあ、と呼吸を整えることもしていない。
プリムムは虚ろな目で、前だけを見据えていた。
「もういい、もう大丈夫だ」
「や、休んでる暇、ないわよ……足を止めたらすぐにターミナルがやってくる!」
「そうかもしれないけどさ……おまえの足取り、ふらふらなんだよ」
「私のことなんてどうでもいいでしょ。いいから逃げるわよ――あなたを逃がさないと私も動けないんだからッ」
「そこ、おかしくないか?」
引っ掛かりがある。
ワタルのことなど放っておいていいだろう。
オトコ、として利用するなら気に掛けるべきだが……、実験動物として扱うならもっと雑でいいはずだ。
丁寧に、傷のひとつも許さない、とでも言いたげに守る必要はない。
現状を見れば、ワタルを捨てるべきなのに、プリムムは背負おうとしている。
第一発見者としての義務感か?
「捨てる、って……自分ことをよくもまあそんな風に、」
「別に。ここで捨てられたところで黙って食われる獲物じゃないよ、おれは」
「自信家ね」
ふうん、と言い、くすっと笑ったプリムム。
多少、余裕が出てきたようで、会話をした意味があったようだ。
ふう、と肩を落としたプリムムが、
「あなた、ここから脱出したいんでしょ? 知ってて入ってきたわけじゃないだろうし……ひとりで脱出できるの? その腕で」
「腕?」
「気づいてないの? 折れてるんだけど」
言われ、意識するとじんわりと痛みが広がってくる。
これまではアドレナリンが出ていて痛みが分からなかったのか。
こうして落ち着いてしまったのもよくなかった。
じんわりと広がっていった痛みが、やがて鼓動するようにズキズキと激痛になってくる。
それを悟られぬように、ワタルは顔色を変えなかった。
……女を前に痛がれるか。
「ああ、だな。脱出するのは難しいけど、不可能じゃない」
「ひとりではほぼ不可能、よね。そうなのよ――そうでしょ?」
「おまえ、そうだって言わせたいだけじゃん……」
プリムムが手の平を向けてきた。
その脅威を目の当たりにしている人間に、逆らえるわけがなかった。
「そ、そうだよ! だからその手の平を下ろせ!」
銃口を突きつけられているみたいに。
いや、彼女の能力なら同じことか。
「言ったでしょ、このあたりは戦場になってるの。隠れてろ、って言ったって、どうせあなたは脱出しようとするはず……その折れた腕でね。動かせる腕一本でどうにかできるわけないでしょ」
「…………」
それはそうだ。
留まっていることでかえって危険である、と思っているタイプだ。
性格上、じっとしていられない。
今、ワタルがこうしてプリムムと出会えたのも偶然だ。
同じように落ちた(だろう)クラスメイトたちは、友人同士で固まっていられたらまだ安心だが、はぐれてひとりずつになっていれば弱肉強食のように狩られてしまうだろう。
彼女たち以外にも、生物はいるようだし――。
……脱出をする前に、遭難者を見つけなければいけない。
ワタルが持っている情報をすぐにでも共有しなければ、プリムムたち『アーマーズ(?)』に、殺さてしまうかも――。
「ああ、動くね。隠れるのは性に合わないんだ」
プリムムの嫌そうな顔が見えた。
全然、切り捨ててくれていいのだけど……。
「もしかして、手離したくないのか?」
「はぁ!?」
ワタルがオトコ、だから?
この場合、貴重なサンプルとして、という意味だ。
ワタル自身が評価されたわけではない、と分かっている。
見る目がないな、と思いながらも、珍しさに焦点が合っていることを自覚している。
「オトコがいないんだろ? だからおれが貴重な存在ってわけで……おれを見つけたのがプリムムだ。だからあるんだろ、したいこと」
彼女たちの中で蔓延している噂。
オトコがいれば――。
ターミナルが言っていた。
噂が事実かどうかを確認する、と……試す、とはそういうことだろう。
思い切り実験動物扱いだが、ここではそういう上下関係があるということだ。
ただ……、なぜかプリムムがほんのりと顔を赤くしていたけれど……噂の内容が気になった。
「まあ、したいことなり、聞きたいことなり好きに――」
聞いてくれていい、と言った傍から、ワタル自身、彼女に聞きたいことが山ほどあるのだと思い出した。
さっきまで聞く暇もなかったから、落ち着いている今なら、長居はできないが話す余裕くらいはあるだろう。
移動しながらでも、ざっくりと。
ワタルが聞きたいことはひとつ――彼女たちのことだ。
「アーマーズって、なに……?」
「移動するわよ」
質問が無下にされた。
無理だったか、と思ったが、単にここで話すべきことではない、と判断したのか。
プリムムを休ませたい、というワタルの意図が伝わっていたようだ。
「充分休めたしね」と。
長話で時間を稼いでいたが、バレバレだったらしい。
それでも乗ってくれたのか……意外と気づくオンナである。
「……あなたを手伝うのは義務じゃない。もちろん、善意で助けてあげようとも思っていないわよ……意地、かしらね」
意地。
まあ、分かるような……分からないような。
「意地でもあなたを脱出させると決めたの。自分で決めたことを途中で投げ出したくないだけ……それだけよ」
それもまた、本音を隠すための建前に聞こえたが……それでもいい。
ワタルからすれば感謝こそすれ、迷惑だと思うわけがなかった。
言葉を曲げたくなく、有言実行。
真っ直ぐに進むのが彼女の魅力だ。
ただ、そのせいなのか、諦めることを視野に入れていないあたり、成績の低さの要因になっていそうだが……。
「で、どうしてそこまでしてくれるんだ? 結局おれは部外者だろうに」
「そうね、部外者ね」
この短い時間で多少は情が湧いた、と期待したが、そんなことはなかった。
友人ですらなく、部外者である。
知り合い程度に思ってくれていれば……、なさそうだ。
「部外者だったわ……さっきまでは」
「ん?」
「あなたは、私自身を見てくれたのよ」
「? そりゃプリムムを見るだろ」
「当然、みたいに言うけど、そうでもないだけどね……部外者だから、よ。私たちの常識からはみ出して、寄り添ってくれた……それが――」
それが、と繰り返しながら、プリムムの口が閉じた。
どうしたんだ? とは聞かなかった。
「――ッ、だからっ、誰を味方にしたいかくらい、自分で選ぶわ! あなたはそう評価されたのっ、素直に喜んでついてきなさい!!」
この私にっ! と、自信満々、勝ち誇ったような顔だった。
……まるで鏡を見ているようだった。
自分だけは、自分を信じろ。
ワタルも、そうだから――、
「……だな。天才は天才として振る舞わなくちゃな。じゃなきゃ凡人が可哀そうだ」
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