第4話 砲撃の力


「……ほんとに、オマエはなんなんだよ……、その服装……アーマーズじゃ、ないな……?」


 弱気なセリフを呟いた少女と同一人物とは思えなかった。


 ターミナルが鋭い敵意を向けてくる。


 それを察知し、プリムムがすかさずワタルの前へ割って入った。


「アーマーズ……?」

「彼は関係ないわ。彼はただの――」


「彼、だと?」


 しまった、とプリムムが片手で口を塞ぐが、もう遅い。


 男を見たことがない、とプリムムは言っていた――もしかしたらターミナルも、同じく実際に見たことはないのかもしれない。


 だが、男という存在は知っている。存在はしているのだろう。

 でなければ、男、という認識がないはずなのだから。


 プリムムが言った『彼』という表現で、彼女――女性でないことを知った。

 ワタルが男であるのだと、ターミナルが一発で見破った。


「そうか……オトコ、か……」


 ターミナルが不気味に笑っていた。

 唇の渇きを潤わせるような軽い舌なめずり。見られている、と気づいたワタルがゾッと全身を震わせた。背中に冷水が入ってきたような……。


 プリムムへの敵意が、いつの間にかワタルへの興味心になっていて――時間が経つにつれて執着心になっている。


 ――身の丈以上の太刀、その刃が煌めいた。


 ターミナルが飛び出した。

 両手を広げたプリムムが叫ぶ。


「彼は関係ない! この戦いに巻き込まれただけ、」


 だが、ターミナルからすればどうでもいいことだった。


「傷つけるつもりはないさ。ただ、興味が湧いた……よく考えてみろ、プリムム……そこにいるのは貴重なオトコなんだぞ? 試すなら今しかない」


「試す……?」


「噂を知らないのか? とぼけているだけ……? まあ、独り占めはよくないな。これは、共有するべき資産だ」


 人のことを物みたいに……とワタルが眉をひそめ、

 ターミナルの乱暴な言い方に、プリムムがむっとした。


「共有、ですって……? っ、彼を物みたいに扱ってっ、最低よ!」


「なにを言っている……わたしたちもそういう扱いを受けてきたんだが? なら、やり返す権利くらいはあるだろう。それに、だ……そうやって庇いながら、オマエだって試そうと思って手元に置いているんじゃないか?」


「違う! あなたと一緒にしないで……オトコに興味なんかないわよ!」


「なら、庇う必要がないはずだ。つまり、わたしがそいつと手を繋いでも構わないだろう?」


 止められる理由がない、と言わんばかりにワタルへ近づく。


 武器を持っていなければ、プリムムには止める理由がない。

 ……独占するつもりがないなら、敵意なく近づくターミナルを止められないのだから。


 太刀を手離したターミナルと、プリムムがすれ違う。


 その瞬間、自覚がなかったが……プリムムが手の平を青く光らせていた。



 ――ターミナルに触らせたくない。



 そこだけは、自覚していた。


「彼がどうこうじゃないわ。ただ……、ターミナルの隣にはいかせない」


 成績最下位が、最優秀者へ抱く対抗心だった。


 プリムムは口に出し、己を鼓舞する――――



 プリムムの【砲撃の力】がターミナルを襲った。


 太刀を手離していたのがいけなかった。砲弾の直撃を受けたターミナルが後ろへ吹き飛び、大木に背中に打ち付ける。――が、足を大地につけ、倒れない。


 地面へ捨てたはずの太刀が気づけば手の中にあった。


 さっきは見えなかった紫色が、太刀を覆っていく。


「そうか……なら、奪われないように守ってみろ」


 身長以上の太刀を持ちながら素早く動く。振り回しているのか振り回されているのか分からないターミナルだったが、振り回されることも含めて利用しているのだ。

 警戒していたプリムムの目を盗み、あっという間に、ターミナルが懐へ潜り込んだ。


 全身を捻ったタメの後、太刀が全力で振り回される。

 煌めく紫色の刃がプリムムを――――


 聞こえてきたのは打撃音だった。

 プリムムが真横へ吹き飛ばされる。


 素早いので一撃が軽いのかと思えば、充分に重い一撃だった。

 ……手数の多さでダメージを積む戦略ではないようだ。


「プリムム!?」


 地面を転がった彼女の下へ向かおうと、踵をずらしただけだった。

 そっと、ワタルの首に刃が添えられた。


 半歩、少しでも出ていれば皮膚を斬られていた。

 湯気のように出ているこの紫色のなにかは、既にもう皮膚に当たっているだろうが。


 ……ワタルの汗が、顎から落ちて刃に乗った。


「動くなよ、オトコ」


「……傍に駆け寄ることもダメなのかよ……」


「それがダメなんだよ」


 それだと、プリムムの横にワタルがいること――それがダメだと言っているようだ。

 いや、そうなのか?


 唯一(?)の、オトコ……ワタルの取り合いだった、と言っていいのだろうか?


 そうだとして……そのはずなのに、段々と趣旨が変わってきている気もする。


 ワタルを奪ってどうこうではなく、プリムムに与えるべきではない――というのが重要になっているのではないか??


「た、ターミナル……あなた……ッ」


 うつ伏せのプリムムが声を絞り出す。

 重いダメージが入ったようで、先の言葉が出てこなかった。


 当然だが、戦力差が歴然だった。


 ターミナルと戦えば、プリムムに勝ち目はない――そう、だから手加減されていたのだ。

 刃ではなく、全力ではあるが、峰打ちされるくらいには。


 強者の余裕。

 成績最優秀者の立ち振る舞い。


 過程がどうあれ、最後には自分が勝つと信じている戦い方だった。

 敵対している側からすれば腹が立つが、間違ってもいない。

 プリムムはこれまで、ターミナルに勝てたことなど一度もないのだから。


「まも、るわ……」


「口ではそう言っても、実際、オマエはそうして倒れているじゃないか。ここからどう巻き返すんだ? 落ちこぼれ」


 ターミナルの挑発。

 プリムムは……意外と落ち着いていた。


 挑発に乗ってカッとなることはなく、冷静に考える。

 この場を切り抜ける方法だ。


「ええ、だから……こうするわ」


 プリムムが手の平を地面へ向けた。


 光る青色を隠すように地面に密着させる――意図はともかく、なにをどうするつもりなのか、察したターミナルが慌てて太刀をプリムムへ向けた。


「オマエッ」


「イメージはこの森ごと傾ける」


 破壊ではなく傾けることを意識して、砲撃が密着している地面へ放たれた。


 発射と同時に破裂。衝撃が抜けた森全体が、大きく揺れた。

 傾く、ほどはいかなかったが、狙って地震を引き起こすことができた。


 数秒だが、立っていられないほどの揺れがターミナルたちを襲う。


 同時に、プリムムは手の平を斜め上へ向ける。

 そう、バランスを崩した取り巻きふたりの内のひとりへ、狙って――青い砲弾が発射される。


「え、」


 大きな揺れで、枝の上でバランスを崩した取り巻きの少女は、飛んでくる砲撃を回避することができなかった。

 仕方なく、彼女は自身の能力を使った。ばら撒いた銀色の紙片が、砲弾に触れると同時に爆発した――【爆破の力】。


 ひとつの爆発に連鎖して、ばら撒かれた紙片が続々と爆発していく。


 あっという間に、黒煙が周囲を覆ってしまった。


 視界が黒煙に染められる――――

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