なな-れい 氷滑
都市は沢山のものを呑み込み認知していった。
ある方向でわたしたちを定義しようとした。
脳を破壊しなければ。狂信者は再生産されて市民となりまた戻っていく。
体が拒否しているから。あの都市に従うのであれば、全てが意味に価値に落とし込まれ、わたしたちはシステムの奴隷となる。
供給パイプを破壊して、沢山が死に、外では冬がやってくる。
氷が殴りつける空、閉じた都市の門。城壁。
その上に広がる半透明のドームは内側に嘘を表示しながら昔を思う。
近づけば問答無用で攻撃されるから距離をおいたまま、地下に残された過去の遺跡を巡る。
ずっと遠くまで続く。地下なら地震もほとんどないからと古き人たちは張り巡らせた。
またはゲリラ的戦術。
都市から離れた港町がわたしたちの居場所だ。
海外から時折船がやってくる。それもまたわたしたち。画一的に増えたコンデンサのような都市群。競走の成れの果て。
彼らの都市の接続だけがこの世界で、そこから零れ落ちたものはもう死んでしまった。
なくなれ。はじけろ。
ぶつけると弾ける木の実がある。何にでも食い込んでそれらの栄養をとって木になる。
死者の森はそうやって出来ていた。動物はいつか死に、木になる。
都市から処理班が出てきて、定期的に周囲の木々を焼いているのもそれがあるから。
――あれ、人なのか。
誰かが言う。都市にはもうほとんど人はいないんじゃないかって、そのシステムは世界を切り取ったばっかりに破綻している。
――荒れ果てた大地とねじれた魚が俺たちだ。
どこからかせしめた燃料と廃材を燃やし、黒煙が上がる。
環境破壊だ。とおちゃらけた爺さんは最近体調を崩して寝込んでいる。
わたしたちは何をしているのだろう。生きるために、何かの〈解放〉のため。
そう現実を作れば容易い。
ただ、反発している。ベターなやり方を続けていったらあまりにも上手くいかなかった。
さまざまな都市が繋がり、それらだけで完結しようとしたから、外側はダメになる。
独自の変化を続けているだけで、わたしは黙々と弾をマガジンに込めている。一世紀以上も前の骨董品はまだ動く。弾薬はどこから来ているだろう。それは知らない。
撃ったところで、それが都市を破壊することはない。手持ちのものでやるには供給元を絶つしかなく、そこには機械たちが延々と作業していた。
――私達は労働する機械ですの。どいてくださらない?
都市の外だから、大口径の銃口がこちらに向く。一度発射されれば、弾丸は自然と狙った位置に誘導される。何をしても当たってしまうから、破壊するのに苦労した。
カラフルな液体を間接に仕込み、それで腐食させる。
またこの物体もなにか、それは知らない。
――どいてくださらないでしょ。労働する機械じゃないんだ。
別動隊が数名の犠牲と共に戻ってくる。ここら一体の都市は一時的に機能を停止する。その時をわたしたちは待っている。
そして、氷が滑り、殴りつける空。
ようやく、この時が来た。死者の森は冬だろうがお構いなしに、生き物の血を啜って生え揃う。
または、磁性を持つ花粉が舞い、機械の調子を悪くする。
よく考えられた植物だ。
わたしたちは都市を観察していた。その機能が落ちる瞬間と、工作にかかる時間を考えながら、破壊を待つ。
しかし、氷嵐がやって来る。非常に大きな氷塊すらをもまき散らし、全てを打ち砕かんとする空が都市の奥に見えた。
――あれで壊れてくれねえかな。
――無理でしょ、たかが水だし。
後ろで賑やかなのは仲のいい男女で、それぞれ右手左手が無い。
特に気にせずやっていて、投げものが滅法うまい。
都市を覆う卵型の天井が乱れて、透き通って、氷塊が突き刺さった。幾度も幾度も突き刺さって、その天井は耐えきれずにばら、ばら、と崩れ、そこから何かが飛び出す。
平たくメタリックな構造物がいち、に、さん。そのどれもがすぐに氷塊に打ちのめされて地面に叩きつけられる。
その氷塊がこちらにも迫ってくる。
――地下に退却、シェルター部分まで戻って。
そう言えば、みんな頷いて引き返してくれる。
ところで、わたしは。小さな燃料で動く二輪にまたがり、氷嵐の中を突き進む。
大小さまざまな氷の粒が叩きつけられて、鋭い痛みが走る。
都市までの距離はざっと五百メートル。巨大な氷塊が近くに落ち、ただただ運ばかりで直進する。
ざらざらと頭の中でしているものだから、目の前の都市のシンボルである大きな構造物が崩れている。巨大な脳を収束させる装置だと聞いてる。
けれど氷嵐はすぐに過ぎ去るものだから、わたしはこの破壊の中、都市の入り口に近づく。
――失敗しちゃった。
出て来たのは潜入していたわたしの一人。
合図と共に、外から、内から、都市の破壊を画策していたのに、氷嵐でダメになってしまうほど、弱くなっていた。
けれども、目の前のわたしに黒い影がまとわりついている。
人。またはその諸元。
純化された暴力はMetropolis Keeperの素養のひとつ。MKはなんだって利用してみせる。どんなものであっても、暴力的価値を見出すことが出来る。
だから、そのわたしがこちらに拳銃を向けたのも仕方がないことだ。
――まあ、いつものことだね。
わたしはそれが向く前に撃ち抜く。なんなら見たときからそうしていた。
そして、カラフルなペイントと非常識なにおいのする玉を投げつける。小さくて、手に五、六個は収まる茶色い玉。
当たれば無軌道に、規則性も無く、色やにおいが付く。
そこに価値を見出してみろ、弾けて染まって、ただ遊ぶ。笑え。
――はは。これ嫌なんだあ。
そう言いながら、片方の手には光る刃物。
すり抜ける黒いものは、都市の機能が停止に近づくにつれて弱まる。カラフルなわたしはそれでもこちらに向かってくる。
――はあ、それもやりたいのね。
都市のシンボルはもう倒れて、色々な電子的なものが反応をやめている。ずっと、隔壁を出そうとして出せずにグラグラする地面、出て来る人はなくて、清掃機械はその場をぐるぐると回る。
軽く刃物が目の前を通り抜ける。
にやにやとしているから、もうなんとなく分かっている。
そのまま腕を振るった方向に押し込み、地面に突き倒す。
もうMKは存在しない。都市は廃墟へ、中の人はわたしたちと同じようにさまよう。
――やる気もないクセに。つまんなかった?
――とても。監視はあるし、人は全然見かけないし。
やっぱり、そうだった。
都市に人が沢山いる、といった話はこれまでも聞いてこなかったように、ここの都市でも人は少ない。
――若そうなんだけど、とても■◆。
ぼんやりとしているように見える。一体ここで、どんな生活をしているのだろう。
組み伏せたまま、刃物は取り上げる。
ゆっくりと呼吸しながら、においに咳き込む。
――早く、帰ろう。どいてよ。
――うん。
わたしはそんなことよりも、機能を停止しつつあるこの都市が気になっている。これまで、多くの犠牲者を出して、守られて来た都市がこうもあっけなく氷嵐で終わるなんて考えていなかったから。
そろそろと人が出て来る。
大抵は呼びかけにも反応せず、どこかへふらりと去って行く。
外を知らないから大抵は<死者の森>の一部となる。
――だ、か、ら! どいてって!
あっと、忘れていた。どいてあげると、サッと立ち上がってチョークを試みる。
だから、そのまま体を前に倒して、また地面に。
ゆっくりと落ち、げぇ、とか言いながら、そのままになる。
――イったい。何も出来なかったからって、当たらないでよね。
そうかもしれない。
氷に打たれた足と手と、わき腹が痛む。
大の字に倒れて、色とりどりのわたしは、
――鳥だ。どうして飛ぶの。
などと言って、面倒くさそうに立ち上がった。
――帰ろう。
ひとりでに壊れて、これで都市は後三つ。この地ではそれくらい。
それが終わって、どうなるんだろう。
わたしたちは、特に何も考えていないから。
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