む-く 傘のセミ

 壊してみたみたいです。

 何をとは聞けず、それがなんなのかも分からずにいけないことだねと言ってみる。

 女の子と男の子と、明確な区分けはわたしたちのせいだって昔から言われている。

――いけないんですか?

 おそらくは。

 実証などなくて、雰囲気で答えるばかり。

 マッチマジック。どうしてそれをそのように答えますか、合わないからです。

 合ってると思い込んだので、この社会があります。

 わたしの傘にはどこからともなくセミが付く。太陽を避けていたら寄って来た。

 ばちり、ばち、じじ。何かを見ていて全く見ていない。どうやって飛んでいるのだろう。

――そんなことも分からないのに先生やってるんですかぁ〜?

 少しませた子供は知っていることを素直に自慢げに認められたくて教えてくれる。

――それでね、壊れて、壊してみたみたいです。悪いかも知れないけど、悪くもないんだって。だって……

 飛んでいってしまうから。

 一時期教室から紙飛行機を飛ばすのが流行って、わたしたちが奔走していた時、それを容認した先生に責任追求がいって不公平に感じた。

 それは悪いのに、飛行機はいいの?

 沢山燃料使って、人の都合で飛んだりして。

 それはもちろん、ちゃんとしまっているし紙飛行機みたいに校庭中に広がってるわけじゃないでしょう。

 よく考えればそれも良くないことなんだろう。誰だって自分が使ってるおもちゃを取り上げられたら嫌だ。

 それだけです。立場を適当に振り割っても機能するので、人間たち。

 さらさらとしている。それを考えての集会。

――を、壊した人がいます。非常にやるせない事件です。

 ぼんやりしていて聞いてなかった。生徒の一人がズボンにセミをつけていたものだから。

 静まった体育館に、じじ、と主張する。

 それはないものとして話は続く。悪いことはこの先もずっとこびりつく、今のうちに膿を出してしまいましょう。

 その度にセミが応答する。

 壇上の先生と、セミとの一対一の会話。

 生徒はじわりと笑い、壊したものは分からずじまい。

 虚空に泣く泣く。

 そのようにして、笑えない。

――先生は寝てましたよね、まだ知らないようだし。

 まだ知らない。

 そうなんですよ。寝てはないけど、眠いのは眠い。人は活動し過ぎですから、減らせばいいのに。

 競争に勝てなくなるからって、それだけで回る。霊長類らしいや。

――知ってるよ。銅像の話でしょう。

――そうなんだ。銅像。でも、何が壊れたのか、みんなは分からない。

 銅像はおぼろげで何のためにあるか分からず、その歴史も腐食して判読できない。

 ないない。気にならないから、小さな世界。

――ボクは知ってるよ。みんな言わないから、それでいいのかもしれないけど。

 でもね、それを口にするのは違うんだって思う。先生は追求しないよね、だから話しても安心。

 そこまで賢くないから、わたしが話を咀嚼するのは布団の中でだけ。分からないから怖い、だから大人って怒鳴る。

 あの子は慎重に、わたしたちのことを観察していた。教える立場でも、偉そうに躾けるのはいい迷惑だって、みんな知っている。言わないけど。

 

 だから〈壊した犯人〉が見つかった時、それはきっと間違いだって感覚が告げていた。

――オレがやったんです、人気者になれると思って。

 何故だろう。その涙ながらに語る子は演技臭く、どこか試しているような感じがあった。

――ご両親にも報告するぞ、こんなことをして許されると思うな。

 手のひらをパンって鳴らすのが、昔の体罰を抑えるやり方。威圧的だけど容認されている。狭いから。

 泣いている。怒っている。けどどこか安堵したみんな。わからないことが現実に降りて来たから。

 その子と目が合った。小さく(ばーか)と口だけ。

 銅像に塩酸をかけました。オレは悪い子です。

 それきり、何が壊されたのかも、本当に起きたことも、誰も気にしない。

 犯人を名乗りあげた子はその後すぐに転校してしまった。

――あの子ね、ちょっと怒られて泣けば転校できると思ってたんだ。夜遅くまで外で遊んでたのにね。

 ませた子供。というよりは、生き物を観察しているような感じの子だった。

――やっぱり、違うんだね。

――さあ? ボクは知ってるけど、それはみんなのものじゃないし。

 問い詰めなくてもいいか。丸く収まっているし。

 銅像は変な風に腐食したまま、直されずにそこにある。校内にあるから、外部の人が見ないから、お金が無いからってそのままだ。

 なにが壊れたのか、じじ、じじ、と主張するのはセミだけ。日傘をさせばやって来る。銅像にも止まっている。


――壊したんだよね。

   飛んで行ってしまうから、そうならないように――


 この子がなにを言っているのか、わたしは思い当たる。セミが、わたしに集まってくるのも、壊してしまったから。

 セミだけが主張して、あとはだんまり。わたしはその色を思い出したくない。

 紙飛行機はラブレターだ。

 気持ちは伝えたかったのに、握り潰して。


 わたしはそ知らぬふりをして、そのまま忘れていった。

 手紙なんて、卑怯だ。

 そういって、勝手に握り潰して、けれどそれは知られていて<壊した>

――あーあ。

 銅像からセミが飛び立ち、外へ抜けて行く。

 生徒も友達を見つけると駆け出して行ってしまった。

――あら、こんなところにいたの。ほら、今後の対応を協議しますよ。

 そう言われて、わたしは申し訳なさそうな笑顔と、仕事を思い出す。


 そうやってまた。

 握り潰していく。

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