にーいち 極

 水平線では、全てが停止している。

――あなたのせい。


 全てが終わった後に待ち受け、巨大な氷塊が迫り、ぶつかり、なにものも動かない。

 その大地の上に立つ。毛長種の猫。

 待ち続けた。

 全てが停止する瞬間を狙い、多くのものごとが通り過ぎていった。

――わかるものか。


 氷の大地の内奥から鳴る音、機械的な破断と静かな拮抗が停止を生じさせていた。

 空気の震えもその拮抗で静止している。

 ここに至るまで数多の血液で汚れ、子を成しそして奪われてもなおこの瞬間を待ち続けた。

――この生、この死に諦めるものなどない。


 かつて多くの種を駆逐し、思い思いに楽園を目指したものたちはその重みで破綻した。

 だから残るのは孤独な生を母子で続ける猫だけだ。

 全てが危うい静止のなか、彼女は狩をする。獲物を待つ。やれることは、やることはそれだけだから。

 もう幾たびも種は繰り返し、遠くの巨大な炎も見えなくなった。

 けれども猫はまだ待ち続ける。

 氷塊、氷の大陸が見せる隙を狙い、そのなにかに喰らいつかんとするために。

――全て、あなたのせい。


 じわり、じわりと音は大地を震わせ、氷は隆起する。そこから捻り、上へと姿をみせていく。

 それが一度起こればずわお、と氷塊が割れる。

 歪み、猫の周辺だけがばきりと割れ、底の海が青い顔を覗かせた。

 氷塊は押し込められて割れ、新たな流れの一つとなる。

 裂け目には黒い影が集い、徐々に浮き上がる。


――それが飛び出る時を待っていた。

     そして飛び立つ――


 かつて奪い去っていったものが、氷の大地の底から抜け出すのを待っていた。

 今か今かと大気へ戻るのを待っていた。

 だから猫はその最初の大きな塊に喰らいつき、その命を奪わんとする。

 塊はそれに驚き、体をよじる。

 飛び出ようとした他のものどもの大気への道を塞ぎ、猫はその引き裂いた肉を咥え別の広い氷塊へ移る。

 びしゃりと地面に叩きつけられた肉は黒い血液を滴らせ、すぐさま凍りつこうとする。

 そのまま大きな塊は叫び声を轟かせて元いる海へ落ちていった。

 そこで弾けた海水を引っ被る猫は、その塊を観察している。その裂け目から他のものが飛び出してこないかを見張るかのように。

――やってみろ、変えてみろ。


 大きな塊が消えて、海中を大きく振るわせる。

 氷の大地の上で猫は点のように小さかったが、それは猫を恐れて、海の中で恨めしそうに声を上げる。

 その後に残ったものを猫は喰らい、体を血で満たした。

 びちゃびちゃと体液を流しながら凍りつく小さな黒い塊は興味を引かず、彼女はゆっくりと歩く。

 一面氷と雪と、ずうっと晴れない空ばかりが続き、その足取りの先もまたそれに等しい。

 そうしてまた、黒い塊が大気中へ飛び出す場所へ向かう。


 大地は静止している。

 猫は新たな場所で氷が割れるのを待ち、

 どこか遠くで発情の鳴き声が響く。

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