にーとお 打

 打てば響く、打ち鳴らせば怒鳴る。

 鳴れ、鳴れ、と力任せに大地を叩いた。

 近くに現れた者は慌てて剣を携えていた。喇叭らっぱが鳴り響き、地響きがとどろく。

 

 戦いが始まった。

 怒り、憎しみ、衝動、様々な物が一つの塊となり、もう一つの塊にぶつかる。銀と金が衝突し、馬はいななき、怒声と槍と矢と命が降り注ぐ。

 

――押し込め、呑み込め、奪い去れ。

――この苦しみ、込められた悲しみがお前に分かるか。


 疫病が銀と金を腐食させる。その魔を払う光や輝きは呪術のように役立たない。

 そのために様々な物の奪い合いが生じた。

 燃料、食料、水、金属、様々な物がこの大地から失われた。疫病は人だけでなく、そこに根付く全てを蹂躙する。


 お前らが消えてなくなれば。両者はそう考え、融和的提案は全て握り潰された。

 石の大地より、骨の大地へ。金属は血で汚れ、兵士は血を吐いて彷徨う。

 ぐらり。将が馬上からひとりでに落ちる。


 戦いは疫病によって、あまりにもあっけなく終結した。

 将が倒れ、それぞれの都市はようやく気付く。争いなど、戦いなど、骨の大地を作り上げるだけだと。

 やがて争いが消えた場に、大地を叩く者がある。


――大地の怒りがこの災いを呼び込んだ。

――混沌の血よ、あの黒衣と骨の本よ。


 ただ、大地は叩かれる。人の手であれば響かぬ。割れることもなく、自身の拳が破けて血だけが零れる。

 やがて拳は血液と砂にまみれその者は息を荒くしながらも叩くのをやめない。

 骨の大地には疫病で死んだ者と、戦で死んだ者とが投げ入れられ、その者の他に通る者はない。


 混沌の血は流れ、大地にひれ伏す者は尚も叩く。

 怒鳴る。争いが去った後に残された怒り、憎しみ、衝動がここにある。

 やがて死肉を貪る。鳥のように、賢しく、戦略的に。


 そこへ通りがかる黒衣の二人組。

 大地を叩く者はそれを見付け、声にならない叫びをあげた。

 その二人は細く、弱弱しく、小さな本を携えている。


――混沌の血よ、馬上から降り、そうやって吹いたのだな。

――その本で呑み込み、より一層やせ細る。


 その腕は醜く歪み、関節は酷く腫れていた。

 死肉を喰らい、体が変質していったのだ。賢しく、鳥のように。

 戦場跡に転がる銀の剣を抱え、黒衣の二人組に襲い掛かる。


 ふ。怒りとは妄想と夢幻の代物。斯様に囚われるべく。

 ふ。災厄はその身に流れる血液故に、骨を選べぬ。

 ふ。ふ。その身は骨同然だというのに。


 怒りに足を取られ、その者は黒衣にひれ伏す。望まずとも、そうなる。

 少し四肢をはためかせ、そして動かなくなる。

 銀の剣の先がその者の背から飛び出し、こと切れていた。


 二人組は聞き取りずらい言葉で何かを呟く。

 大地は渦を巻き、死肉は溶け去り、この場には骨と金属の輝きだけが残る。

 銀と金の光が反射し、骨の大地は黄昏の大地へと。


 混沌とは、黄昏である。

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