第五話・続
「はい、プレゼント~」
翌週、椅子代わりにベッドに腰掛けたひよりはバッグから小さな熊のぬいぐるみを取り出して咲に手渡した
戸惑っているのか、ぬいぐるみを手に固まっている咲をポンポンとベッドを軽く叩いて隣へ座るように促す
「これは・・・?」
「可愛かったから咲ちゃんに上げようと思って~」
「えっと、ありがとうございます」
「ぬいぐるみは嫌い?」
「えっ?」
「あんまり嬉しそうに見えないから、嫌いなのかな~って」
「他人から、何かを貰ったのが初めてで・・・・」
「反応に困っちゃう?」
「はい」
「多分だけど~ほとんどの人は相手に喜んで欲しいと思ってプレゼントを贈るんだと思うの」
「喜ぶ・・・・」
頭の中にある辞書で言葉の意味を検索しているような咲の横顔を、ひよりは目を細めながら見つめると、ぱんっと軽く手の平を鳴らして思考の海に潜ろうとしていた咲を現実に引き戻す
「さてさて~。出しておいた課題は出来たかな~?」
「・・・・はい」
咲は机の引き出しの中から一枚の紙を取り出しひよりに渡す
「受験までのスケジュール表です」
「うんうん、よく書けてる~。この通り勉強を進めて行けば合格出来るんじゃないかしら。私の立場がなくなっちゃうわね~。咲ちゃんが秘書をやってくれたらすごく助かりそう。
でも、残念ながらこれじゃ不合格。咲ちゃんも分かっていると思うけど」
「すみません・・・・・」
「塾にも通っているんでしょ~?」
「はい。習い事は全てを辞めて、塾に通う時間に充てています」
「咲ちゃんはそれで良かったの~?」
「えっ?」
「好きな習い事とか、気に入ってた習い事はなかった?」
「分かりません。通うように言われて通っていただけです」
「そっか~。趣味とまではいかなくても、興味ある事とかは何かある?」
「特にありません」
「うんうん、学校のお友達とはどんなお話をするの~?」
「友達・・・」
呟いてから咲は考え込む
(友達ってなんだろう。よく話す人?一緒にいる人?同級生達はよく笑い合ったりしている。あれが友達なのだろうか?そういえば私は、私が最後に笑ったのはいつだろう)
「そのぬいぐるみ可愛いでしょ~?」
考え込んでしまった咲はひよりの声にはっとして我に返る
「え、はい。可愛いと思います」
「可愛いものは好き~?」
「・・・分かりませんけど、好きだった気はします」
「部屋に置いたりはしないの~?」
「両親に、無駄な物を置くなと言われてますので。勉強の邪魔になるからと」
「うんうん、そういう考えもあるわね~。目標に集中するために全てを捨てるって、カッコいいし。でも私の考えは少し違うかな~」
「先生の話、お聞きしたいです」
「あはは、いい子いい子~」
言ってからひよりは咲の頭をゆっくりと撫でた
「何かに打ち込む上で無駄な物があってもいいと思うのよね~。私の部屋にはぬいぐるみが沢山飾ってあるの、可愛いものに囲まれてたらやる気も出るし、落ち込んだりしたときもぬいぐるみを眺めてるだけで心が少し落ち着くから。
気軽に気分転換出来る事って大事だと思うの」
「それでぬいぐるみをくれたんですか?」
「そうよ~、咲ちゃんが穏やかに過ごせます
ように~っておまじないかけておいたんだから。それに・・・」
「それに?」
「咲ちゃんずっと固くて苦しそうな顔してるから、緩んだ顔が見たくてってのもあるかな~」
「苦しそう、でしょうか」
「あはは、本人が思っている以上に顔
っていうのは言葉を語ってるのよ~。
さて、今日は咲ちゃんの為に私が作ったお手製テストでもやってもらおうかな~」
「あ、ありがとうございます。一応私の方でも
先程提出したスケジュールに合わせて問題集を買っておきました」
「うんうん、それは咲ちゃんの好きなときにやってみて~。参考書代とか問題集代はお給料の他に頂いてるんだけど、プレゼントに使っちゃったのよね~」
「このぬいぐるみに?」
「ぬいぐるみが咲ちゃん向けの参考書って事。先週解いてもらった問題集って高三用なのよ~それをあんなすらすら解けるんだから、私が問題を作った方がいいかなって。言ったでしょう?教えなきゃいけない事が分かったって~」
咲がテストを解いてる間ひよりはベッドに
ごろんと横になって持参してきた漫画を読み始めた
ひよりが作った問題は先週解いて見せた
問題集の中で咲が少し手間取った個所を的確に付くようなものばかりで、咲はテストを解きながらひよりに対して尊敬の念を抱き始めた
家庭教師の時間半分はひよりの話を聞く時間になっていた、時折おすすめだから読んでみて~と勉強の時間が漫画を読む時間に変わる
咲は不満を感じる事もなく相変わらずのふわふわした雰囲気で楽しそうにお喋りしているひよりの顔を眺めた
(私がこんなに他人と話したのは初めてだ。
すごく、不思議な人)
死神協奏曲 秋之 ぬえ @akinonue
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