第五話

「何やってるの、そんな石ころ捨てなさい!汚らしい」「ちゃんと挨拶をしろって教えただろ、何度言えばわかるんだ」

「面接での受け答えを覚えるまでご飯は抜きよ。あなたの為を思って言ってあげてるの、分かるでしょ?」

「背筋を伸ばせ、お前が俺たちの無念を晴らすんだ。一流の大学に行き一流の企業に就職し、見返してやれ。私達の夢を叶えるんだ」


 小、中学と咲の両親はスイミングやピアノ、書道等様々な習い事に通わせた


 習い事がない日にも休めるわけではない、行きたいとも思っていない学習塾へと通わされる。少しでもさぼろうとする素振りを見せれば容赦なく頬を叩かれた


 クラスメイト達の間で流行っているアニメやドラマ、アイドルに興味を持ち、薦められた番組を見てみようとテレビを付けるが、すぐに両親にリモコンを取り上げられ消されてしまう


「くだらないもの見ている暇があるなら勉強しなさい」


 口癖のように両親から出る言葉に咲は従うしかなかった


 逆らってみたところで怒鳴られるだけだという事は十分に理解していた


 小学生のとき、咲は全教科満点を取ると、得意げにテストの答案用紙を両親に手渡した


 褒めてくれる事を期待していたが、「これくらい出来て当たり前だろう、油断しないよう次も頑張りなさい」と

言うだけで両親の口から咲を褒める言葉が出る事は一度もない


 咲はテーブルの上に放り出された答案用紙を握りしめ、自室の部屋にあるごみ箱に丸めて投げ捨てる


 いつまで頑張ればいいのだろう、何を頑張ればいいのだろうと考える日々が続いた


 成績が少しでも落ちれば母親は泣き喚き、父親は顔を赤くして怒鳴り散らした、酷いときには近所の住人に警察を呼ばれるほどだった


 怒鳴り声や喚き声が降り注ぐ中、俯いて焦点の定まらない目で床を見つめる


(この人達は何を言ってるんだろう、よく聞き取れないしなんだか可笑しな化け物みたい)


 咲が思わずふふっと噴き出してしまうとバチーンと大きな音が部屋に鳴り響き、衝撃で咲は床に倒れ込んだ


 何が起きたのか瞬時にはわからなかった、遅れてやってくる頬の痛みに、叩かれたんだと理解する


(どうせあの人達は何も聞いてはくれない)


 咲が両親に話しかける事も徐々になくなっていった。逐一言葉遣いは注意され、学校であった行事の話をしようとしても、適当にあしらわれるだけで最後まで話を聞いてくれる事もない


「さすが雪代さんね」「勉強も運動も出来るなんてすごいわ」


 同級生達は咲を褒める事はあれど、積極的に近付こうとする者はいなかった。同じ教室にいながらも壁を感じながら過ごす日々が続いていく


「雪代さんは昨日のドラマ見ました?」


 たまに話を振ってくれる子もいるにはいたが、


「ごめんなさい、わからないです・・・」


 そう答えるしかなかった


 好きな事を聞かれても何も答える事は出来ない、好きという言葉の意味自体があやふやな物に感じられた


 皆を避けるように教室の隅で一人、教科書や参考書を眺めて休み時間が過ぎるのを待った


 高校生になると家庭教師が付けられた、轟 ひよりは咲が目指す大学の二年生だ


 見た目はウェーブがかった明るめの髪で、両親の厳しい顔付きと空気を緩和させるようなふんわりとした不思議な雰囲気を持つひよりは、咲に微かな安心感を与えた


「こんなでも先生は主席合格者だ、しっかり教わりなさい」


 失礼な人だ、と父親の言葉を聞いて咲は憮然とするが


「轟 ひよりです~、よろしくね~咲ちゃん」


何も耳に入っていなかったかのように、ひよりはにこにこと微笑みながら咲に向かって軽く手を振った


 咲が部屋に案内すると


「女の子の部屋なのに随分シンプルなのねぇ」


 ひよりは机と本棚、洋服ダンスにベッドが置いてあるだけの部屋を見回して呟いた


「すみません、先程は父が失礼な事を」


「あはは、咲ちゃんは良い子ねぇ。いいの、顔に書いてあったもの。なんでこんな奴が主席合格なんだ~って」


「すみません」


 咲が再び謝るとひよりはベッドにトスンと腰を掛けた


「慣れちゃったけどね~なんでお前なんかが~って思われるのなんて。

口に出さなくても顔とか態度を見てると分かるのよね」


 咲はなんて言っていいか分からず黙っていた、そんな咲の姿を見てひよりは笑いかける


「どう?私みたいなのが先生じゃ不安かしら~?」


「いえ・・・安心、しました」


(両親みたいに、ずっと厳しく監視してくるような人が来るんじゃないかって不安だった。だって、部屋の中まで息苦しくなってしまったら私はもう・・・)


 あははと笑いながらひよりは咲の部屋の中を再び見回した


「咲ちゃんにとって私は別の意味で少し厳しいタイプかもしれないけれどね~」


「えっ?」


 心の中を見透かされたようなひよりの言葉にドキリとする


「うんうん。じゃあまずはこの問題集やってみて」


「あ、はい」


 咲は言われるままに問題集にとりかかった、その間ひよりはベッドに座りスマホをいじっている


「出来ました」


 声をかける頃にはまるで自室にいるかのようにベッドで横になっていた


「は~い」


 ひよりは問題集を受け取ると採点をするでもなくぱらぱらとページをめくっていく、そして緊張した咲の顔をじっと覗き込んでから、にこりと笑った


「うんうん、予想通り咲ちゃんは優秀ね~。咲ちゃんに教えなきゃいけないことが何なのか分かったわ~。

ちょっと早いけど、今日は顔合わせって事でもう帰るね。それと、来週までの課題を出しておくわね~」


「はい、頑張ります」


 どれほど難しい問題が出されるのだろうと気を張る咲にとって、ひよりの口から出た言葉は予想外なものだった



「何をしたいのか考えておいてね」

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