最終話 ジェットコースターの日

 

 まるで女子みたいに。

 優しくて可愛らしい。


 そんな人を好きになるなんて。

 思いもしなかった。



 でも、あたしの想いは。

 意外な形で打ち砕かれる。



 彼が好きな人。

 その名前を教えてくれたのは。


 一羽の鳥だった。



 衝撃。

 絶望。


 あたしは。

 思考の全てを閉ざして顔を覆う。



 ……でも。

 あたしのことを一番わかってくれる友人は。


 自分ですら気付かなかった。

 あたしの一番の願いを汲み取ってくれていた。



 その子は言う。

 決してバレてはいけないと。


 それは、あたしの、彼への想いなんかじゃない。



 彼が。

 未だ奇異の目で見られる恋をしているということは。



 絶対秘密にしなければいけないのだ。




 ~ 七月九日(金)

  ジェットコースターの日 ~

 ※朝真暮偽ちょうしんぼぎ

  朝は真実だったのに夜はウソ。

  真偽とは、かくもうつろうものである。




「い~やっほ~!! 次、何に乗る~!?」

「もっかいジェットコースターっしょ!」

「おう! 何回でも乗ってやるぜ!」

「あ、あたしはベンチで休んでる……、ね?」

「…………いや。舞浜なら一緒に乗るだろう」


 期末テストが終わった金曜日。

 試験もたったの二教科とくれば打ち上げは必至。


 昨日、みんなで計画した。

 学校帰りの遊園地。


 みんな一緒に。

 電車とバスを乗り継いで。

 今日は思う存分……。




 反省文だ。




「一人四役か。むなしくないのか?」

「ちきしょう! 鳥を逃がしたのは俺じゃねえ!」

「では、誰が犯人なのだ?」

「俺でいいです」


 一人寂しい生徒指導室。

 俺は、原稿用紙十枚に及ぶ反省文を書き終えたところで。


『新人ならではの勢いは好感触。テンポのいい展開は、読み手をぐっとひきつける。キャラにもっと魅力を感じるように工夫すれば、さらに良くなるかも。次回作に期待します!』


 との有難いご評価を賜り。


 一から書き直し。


「俺じゃねえのに!」

「どっちなんだ貴様は」

「俺ですけど俺じゃねえ……」

「二度目は目撃者多数。ならば一度目の犯行も貴様だと考えるのが自然だろう」

「違うけど違わない……」

「だから。どっちなんだ?」


 言えるわけねえだろ。

 メイジが狐に願い事した言葉覚えられて。

 逃がしました、なんてさ。


 仕方が無いから原稿用紙に再び向かう俺だったが。

 キャラの魅力ってどうすりゃいいんだ?

 頭から花でも生やせばいいのか?


 調子に乗って俺が罪を被ることにしたけど。

 今更男らしくねえことも分かってるけど。


「納得いかねえ……」

「うるさいやつだな。オウムが保坂保坂と犯人を告発していたそうではないか」


 あ。


 そういえば、忘れてた。


 なんであの鳥。

 立哉じゃなくて。

 保坂って言ってたんだ?



 ホサカヲツカエバイイトオモウ


 

 誰かが、そんな言葉を言った?

 俺を使う。



 俺を。



 …………利用する?



 脳をフル回転させて。

 反省文を書きながら。


 必死に推理を進めてみたが。



 利用って。

 どうやって?


 何かを勘違いさせて。

 思い通りに動かす?



 そもそも動機も犯人も明白な事件だ。

 いくら考えても、どう利用されたのか思いつかない。


 ええいくそう。

 そもそも証拠品が足りねえ。


 例えば。

 はっきりと覚えているものと言えばこれくらい。




 トチオト、アザイイト、ムスバレマスヨニ




 いやいや。

 鳥の言葉ばっかりじゃねえか。




 …………ん?


 ちょっと待て。



 栃尾と。

 あざいいと。


 結ばれますように。



 ……栃尾と結ばれますように。


 ……あざい、いと。

 結ばれますように。



「あ…………。ああああああああああああああああ!!!!!」

「やかましい」

「俺、利用された! 全部つながった全部つながった!!!」

「だから誤魔化すなというんだ。貴様が犯人なのだろう?」

「違う! そうじゃなくて……!」


 まじか!

 そういう事だったのか!!!


 勝者が俺じゃない可能性。

 メイジが、栃尾への想いがばれても構わないと言っていた違和感。


 結ばれますようにって言葉がかかる二つのセンテンス。

 主語述語に、足りないもう一つの主語。



 俺を利用してまで隠したかったこと。

 その恋の正体は…………っ!!!



「……いや。もういいか」


 真実にたどり着いたとしても。

 俺が『隠す』ってことに変わりはねえ。


 それに。

 メイジも言ってたじゃねえか。


 『隠し事っていうものはね? 口は閉ざしていても、視線とか態度とかを通してこぼれ出てしまうものなの』


 意識して、真実がバレたら元も子もない。

 せっかく俺が庇った意味が無くなる。

 もう、何も考えないことにしよう。



「だって、勝者には……」



 すべてを手にする権利があるんだから。



「……いいから手を動かせ、敗者」

「やっぱ納得いかねえ」




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




「おら! 伊藤! もういっちょジェットコースター行くぞ!」

「はい! すごく楽しい! 僕のお願い、叶っちゃいそうな気までします!」

「うんうん! なんだかわかんないけど叶えちゃえ叶えちゃえ!」

「それってあれか? 昨日のラブレターのことか?」

「いえ、それとは関係ないのですが……。なんかおかしいですよね」

「そうよそうよ! なんでこの獣がラブレターなんか貰ってんの!?」

「ああ、そういや変だな。なんでそんな話になったんだっけ?」

「はい。……あれは、多分僕宛の手紙だったと思うんですけど」

「でも、栃尾君宛だったんでしょ? 信じがたいけど」

「ん……?」

「そう……、ですよね?」



 楽しいはずの打ち上げ遊園地。

 でも、昨日のことがあったから。

 話しかけるタイミングが掴めなくて。


「嬉しいけど、悲しい」


 滅多に見ない。

 彼のあんなに楽しそうな顔。


 でも、彼の横顔が。

 あんなに輝いているのは。



 好きな人の隣にいるせいだなんて。


 

「すぐにでもライブあるんだ! 最後の一曲、アレンジ頼むぜ!」

「うええ!? じゃあ、その代わりに、一緒にコーヒーカップ乗ってくれませんか?」

「おお! 超高速回転させてやるぜ!」

「えへへ……。じゃあ、そんなアレンジにしちゃいましょうか?」

「は? あれ、ラブソングだぞ?」

「うんうん! いいんじゃない? 高速回転ラブソング、面白そう!」


 誰の目にも映る関係。

 アイドルと作曲家とアレンジャー。


 でも、その実態は。


 一方通行の三角形。


「あたしも入れれば四角形か……」

「……そんな顔しないの。気長に待てば、きっと願いは叶うから」


 冷たいオレンジジュースのカップを二つ。

 ベンチに持ってきてくれた、あたしの友達。


 彼女には。

 本当に頭が上がらない。


「いろいろ、ありがとう」

「ううん? ……あの鳥、また帰って来るかしら」

「覚えてたよね、やっぱ」

「聞こえた? 安西にも」

「うん。部室を出る直前にね」



 トチオト、アザイイト、ムスバレマスヨウニ



 あたしが真似をすると。

 芽衣はちょっとだけ驚いた顔をしたけれど。


 大丈夫。

 誰も聞いてないわ、あたしたちの内緒話なんて。



「……伊藤のお願いと合体して、変なことになっちゃってたけど」

「あれはあれで……。伊藤君の秘密がバレてしまう」

「それにしても、赤い糸、なんてよく思い付いたわね。じっくり聞くと、ちゃんと安西と伊藤って聞こえるわよ?」

「あれを言い出したのは舞浜さんよ」


 そうだったっけ。

 でも、どっちでもいいか。


 偽装が上手くいったのなら。


「芽衣、ほんとにありがとう」

「何度も言わないで」

「だって……。一人で事件の犯人になろうとするし」

「みんなでアリバイを書いた時の話? よく気付いたわね。私が正直に書いたところ、消しゴムかけるなんて」

「好きでもない男を好きってことになっちゃったし」

「大丈夫よ。噂になったとしても、せいぜいからかわれるくらいだから」

「それに……。手紙……」


 芽衣には内緒だった。

 今回の事件で、頭がこんがらがっちゃって。


 もういっそ、全部白状してしまえと。

 伊藤君が鳥に聞かれてしまった言葉と。

 事件の真相と。


 そして。

 あたしの気持ちを全部書いた手紙。


 それを。

 無かったことにしてくれた。


「あのね、安西」


 不思議な魅力を放つ同級生。

 彼女が時折見せる、物語の語り部のような声音。


「感謝をしなければいけない相手は……、私じゃない」


 芽衣が、このモードになると。

 誰もが彼女の言葉に逆らう事が出来なくなる。


 自分は、彼女が描く物語の登場人物。

 そのシナリオには逆らえない。


「あいつに罪を押しつけて……。悪人ね、私達」

「そう、悪人。……でも、同時に勝者でもある」

「やっぱ優しいよね、保坂」

「彼の優しさと知能が、この物語には必要だったからね……」


 一度は惹かれていた人。

 でも、お似合いの相手がいつもすぐ隣にいるんだもん。


 やれやれ。

 どうしてあたしが好きになる人は。

 こう面倒な人ばっかりなんだろう。


「……くそう。だったら、やることなんか一つじゃない」

「偶然ね。私も同じ気持ちだったのよ」

「え? 芽衣もやきもち? それって……」

「……さあ。どうかしらね」


 やれやれ。

 こいつの言葉は、何がほんとなのかウソなのかわかりゃしない。


 分からないなら。

 どうでもいいか。



 あたしたちが同時に立ち上がると。

 鬱陶しい梅雨空がぽっかりと割れて。


 久しぶりに、眩しい光が。

 地上までまっすぐに落ちて来た。


 でも、そんな階段を登ることは。

 あたしたちには許されていない。


 だって、あたしたちは。

 悪人だからね。


 こんなあたしたちが出来ることと言えば……。


「ほら! 舞浜ちゃん! 一緒にジェットコースター行くわよ!」

「ひいっ!? も、もうあれは、いい……」

「もう十分休んだでしょ? 逃げることは許さないわ」

「た、助けて……!」


 あたしたちに出来ることと言えば。


 羨ましいクラスメイトに。


「助けを呼んでも無駄! あいつは一人で生徒指導室!」

「今日は、思う存分苛めてあげる……」


 こうして、気が済むまで。

 からむことくらいだった。




 ――犯人は。

 この中に。



 ……いたのかどうか。


 それは。

 あなたが決めて下さい。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第14笑


 =気になるあの子と、

  クラスの謎を解決しよう!=


 おしまい♪

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秋乃は立哉を笑わせたい 第14笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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