第30話 フェンリル改修計画
中破したフェンリルは母港であるフォルテ基地の簡易ドックでは修理できないため、なんとか自力で航行し、インテンションのドックに入港した。
入港してすぐに修復が始まり、修復と並行して対艦戦能力を持たせる強化プランが実施されることになった。
未完成の状態で進宙したフェンリルの艦首には武装を押し込めるスペースが残されていて、ここにオービット用の荷電粒子ビームランチャーを搭載することができる。早速、荷電粒子ビームランチャーの調達に動いたが、入手に手間取った。
オービット製造元のセンチュリーはアースゲイザーに本拠があり、オービット用の武装は市議会の許可が無ければ外部に持ち出すことが出来ない。
インテンションとアースゲイザーの関係は良好とは言えない。購入の手続きを始めようとしたが許可が下りる可能性は低く、たとえ許可が下りたとしても時間がかかるため、調達は現実的ではなくなった。これで、中古品を入手するしか手段はなくなったが、調達先には当てがあった。
もともとフォルテ基地の部隊は駐留軍としてアースゲイザーに居を構えていて、その頃は、オービット部隊『アースライト』と良好な関係を保っていた。
リン・ライオにアースゲイザーを追い出されてから関係は急速に冷え込んだが、一部では交流が続いていて、そのか細いルートを利用して接触し調達を試み、なんとか必要な数ちょうどの六基のビームランチャーを入手することができた。受け渡しにはきわどい作業が必要だったが、うまくいった。
あくまで最低限の対艦攻撃能力を持たせることが目的であって、戦艦に改修するわけではないため、攻撃能力はこれで十分だったが、ルナティック搭載型局地制圧用大型ミサイルの大量在庫が格納庫が発掘されたため、ついでに搭載することに決定した。製造元のミロクからランチャーを取り寄せ、艦の外装の開いているスペ
ースにありったけ取り付けることになった。
サラ・リーズマンの目前をクレーンに吊るされたパーツが行き交う。
フェンリル艦長代理に任命されたサラは、すべてを任されることになった自らの船をブリッジから見下ろしていた。流麗で美しかった艦体が日に日に無骨になってゆく。
「まったく、こんなもの任されて私になにができるっていうの?」
過酷な現実を受け入れるため心を整理しなければならなかったが、数日たっても、サラは覚悟を決めかねていた。
サラは数か月前までただの一般市民で、インテンション市内の企業で事務作業をしていた。ある日、オーリーで建造中の新型艦テスト航海のテストクルーの募集を見付け、興味本位で応募するとあっさり採用が決まり、それ以来、成り行きに流されて現在に至る。
そして、仮とはいえ、艦長の座に上り詰めてしまった。クルーたちもこの人事を祝福し受け入れてくれた。
サラは人柄がよかったし、そもそも寄せ集めのクルーに艦長の適任者などおらず、他を押しのけての昇格というより面倒を押し付けられたようなもので、サラはその状況を理解してはいたが、断れなかった。ラスター直々の指名だったからだ。
「君にならできるさ・・・」
ラスターはそう言い残し去っていった。
「艦長、もう少し言葉があれば私は迷いなどしないのに・・・」
サラは独り言のように言った。
「私に、どうしろと?」
声が届く場所に人は居る。ラスターが去ってからサラは愚痴をこぼしてばかりだが、聞いてくれるクルーはひとりもいない。一部のクルー
は休暇に入るか、インテンション市内でちょっとした諜報活動をしている。フェンリルの整備を行うメカニックたちは自分の受け持つ作業に専念していて、サラに構う暇はない。
サラの視線の先を、クレーンにつるされた大型ビームランチャーが横切る。中古だが、外に出る砲身部分がピカピカに磨き上げられ、そこだけ見れば新品と変わらない。
サラはこのビームランチャーで、逃がしてしまった黒いルナティックの母艦を撃ち抜く瞬間をイメージしてみた。
「高出力ビームランチャーとか・・・、興味がないわけじゃないけど!」
今まで感じたことのない高揚感を覚えたサラは、艦長という責務に少し前向きになれた。
サラはラスターをもう一度思い出した。一週間前、サラは死を覚悟した。緊迫する艦内でラスターと目が合い笑顔を返した。
「あなたとご一緒できて光栄でした」
そう言葉を発したかったが出来なかった。サラは視線を遠くに向けた。ドックの壁しか見えないが、その向こうの宇宙空間にラスターの笑顔が浮かび、あの言葉をもう一度囁いた。
「君にならできるさ・・・」
サラの頬に、涙が流れた。
「艦長、分かりました。必ず責任を果たします。あなたの期待に応えて見せます・・・」
サラは頬を伝う涙を指で拭った。
ラスター・フォアが、巨大で動きの鈍い艦の中で、いつまでもじっとしているはずはなかった。フォルテに戻ると基地司令ヴァイスにルグラン隊に編入するよう直訴し、その場で認めさせた。
すぐに真新しい機体が用意され、機体の左胸にルグラン隊三番機を意味する『RG3』のマークが描かれた。ラスターはもうフェンリル艦長に戻るつもりはなかった。
フェンリルに艦載されていた三機の艦載型ルナティックはミロクの工場に戻され、再調整された後、新たなパイロットを迎える。
艦載型ルナティックの軽快さとスタイリッシ
ュさを気に入っていたカールは残念がったが、これを機にカールの通常機体にも加速用ブースターが取り付けられ、上級兵仕様に格上げされた。これでカールの機嫌は直り、さらに、専用ライフルの使用が許可され、カールの艦載型への未練は吹き飛んだ。
有頂天のカールは、ルグラン隊の三機が並ぶハンガーの前で、いつまでも自分の機体を見上げていた。まさか自分の機体がルグラン・ジーズとラスター・フォアという伝説の英雄の機体と並び立つとは思ってもいなかった。
「俺もここまで来たか・・・」
感慨にふけるカールの背後に、ラスターが歩み寄ってきた。その存在に、カールは声を掛けられるまで気付かなかった。
「よろしく頼む。ルグラン隊二番機」
カールが振り向くと、握手を求めるラスターがいた。
「あ、あの、こちらこそ!」
カールは伝説の英雄を見上げ、ラスターはカールを見下ろした。ラスターは笑顔だった。
「あの、何て呼べば?今まで通り先輩でいいですか?それとも・・・」
「ラスでいい。ラスと呼べ。それ以外では返事をしてやらない」
「それはさすがに・・・、俺はラスター先輩と呼びたいです」
「・・・」
ラスターはカールを無視して、周囲を見回し始めた。
「カール、ルーを見たか?」
「いえ、見てません。でもそのうちここに来るはずです」
「そうか、その辺探してみるか」
「あの・・・」
ラスターは行ってしまった。
格納庫にやってきたルグランをラスターが捕まえるのを、カールは見ていた。
二人は何かを話し込んでいるようだが、カールの位置からはよく聞こえなかった。近付いて聞き耳を立てようとしたが、自然体を装うことができず断念し、ただ見ているだけにした。
ラスターがルグランに何かを言い聞かせてる様に見えたが、なかなか納得しないルグランをラスターが何とか説き伏せたようだ。話がまとまった二人は笑い合い、軽く抱き合った。
成り行きを見守っていたカールのもとにルグランが歩てきて、力の抜けた笑顔を浮かべた。
「聞こえたか?」
「いえ、全然」
「そうか、話がある。時間いいか?」
「もちろんです!」
「ウチに帰ってくる。一日とちょっと留守にする」
「何かあったんですか?」
「ラスが、これから何が起こるか分からないから、今のうちにアスカとチビたちと会っておけとさ」
「あぁ・・・」
ラスターを盗み見ると、ラスターは腕組みしてこっちを見ていた。表情まではよく分からないが、お前も念を押せと言ってる気がした。カ
ールの気持ちもラスターと同じだった。
「隊長、留守は守ります。ゆっくりしてきてください」
「そう言ってくれるか?」
「ええ!」
「頼もしいな」
ルグランはカールの頭をぐしゃぐしゃになるまで撫でた。
「頼む」
そう言ってルグランは立ち去ろうとしたが、躊躇しているように見えた。何か言いたいことがあるのだろうと思ったカールは「言ってください」と聞いてみた。
「ラスを・・・、無茶をしないように見張ってくれ」
ルグランはラスターに聞こえないように言った。意味ありげな言葉にカールは戸惑ったが、信頼されていると感じ、意図を理解できないまま「分かりました!」と、強く頷きながら返事をした。
ルグランは行ってしまった。一度振り返って手を振ってくれた。ルグランが乗り込んだ非武装のルナティックは颯爽と歩き始め、エアロックの中に消えた。
ルグランが見えなくなるまで見送っていたカールのすぐ傍に、ラスターがいつの間に立っていた。
「カール、今から二十時間後に出撃だ。ルーが戻ってくる前にひとつ、いやふたつ、片づけておく仕事がある」
ラスターはいきなりそう言うと不敵な笑みを浮かべた。どれだけ勘が鈍くとも、何かを企んでいるのが読み取れた。
「あの・・・、何をするんです?」
おそるおそる、カールは聞いてみた。
「所用だ。戦闘ではない。問題か?」
「いえ、構いませんが・・・。もしかして、無断じゃないですよね?」
カールの中で嫌な予感が芽生えた。
「心配するな。ヴァイスは分かってる」
「分かってる、ってどういう意味です?」
「お前は心配しなくていいという意味だ」
そんなことで不安は消えない。カールは食い下がる。
「何をする気です?教えてください!」
「トール・トット・タチバナに会いに行く」
聞いたことのある名前だが、それが誰か、カ
ールにはすぐに思い出せなかった。
「・・・誰でしたっけ?」
「ムーンムーンスタックの市長さ」
カールは思い出した。ひょろひょろで背の高いの老人の姿を。
「ええ!?何をしに?」
「呼ばれてる気がするんだ」
「招待されたんですか?」
「行けば分かる」
「要領を得ません」
カールはルグランの言葉を思い出した。このことを言っている・・・。
「いやなら別にいいが・・・」
カールの葛藤を見抜いたラスターは、カールが覚悟決めるまでのあいだ、薄い笑顔を維持していた。
「行きますよ!どこまでも!」
「いい返事だ」
そう言ってラスターは、カールの髪の毛をくしゃくしゃにした。
「寝過ごすなよ」
睨みつけるカールを置いて、ラスターは立ち去った。
サラは、改修が進むフェンリルのブリーフィングルームを訪れた。室内には仮設のデータ分析センターが設置されていて、数人のデータ解析班のクルーが作業を続けていた。
サラは、そのうちの一人の肩に手を置いてモニターを覗き込んだ。
「どう?なにか新しい情報は出た?」
「あ、サラ艦長代理、芳しくないです。細かいのばかりで、核心に迫る大きなヤツはないですね。サラ艦長、これ、リスクばかりで割に合いませんよ」
「しょうがないでしょう?これくらいしかすることないんだから」
「でも、バレたら確実に拘束されます。言い訳できないです。もうバレてて泳がされてるだけかもしれません。今にも憲兵がなだれ込んでくるかも・・・」
サラは口に手を当て、暫し、思案した。
「そろそろクルーを戻した方がいいかもしれない・・・。出港の準備をしないと」
「無事に出られればいいんですけど、もし憲兵か特殊部隊に出港を阻止されたらどうするんです?」
「強行突破するしかないでしょう?」
「そんなうまくいきますか?もし外に出ることができてフォルテまで逃げれたとしても、それからどうするんです?この艦は完全な反逆者です。追い詰められて必ずどこかで撃沈されます」
「大丈夫、そうはさせない・・・」
ラスターは「君ならできる」と言った。それはこの状況を見越した言葉で、この困難を打破できるのは君だけだという信頼の証でもあると
、サラは信じていた。
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