第31話 タチバナのもとへ
ラスターが勝手に出ていくこともありうると感じたカールは、指定された時刻の数時間前に格納庫にやってきてルナティックのコクピットで仮眠をとった。タイマーで目を覚まし寝ぼけ眼をこすっていると、隣の三番機にラスターが乗り込むところだった。
「目が覚めたか?」
カールはラスターと目が合った。カールがそこにいるのも、いま目を覚ましたのが分かっていたかのようだった。
「なんで分かるんです?」
「メカニックに聞いたよ。そこでキャンプしてるって」
「あぁ、そうですか・・・」
ラスターは三番機のコクピットにもぐりこんだ。
「カール、準備はいいんだな?」
「ええ、もちろんです。ついて行きます!」
三番機が起動し、メインカメラに光が灯るのをカールは確認した。
「言ったとおり、ムーンムーンスタックに行くが、寄り道する。グレイロビーに荷物を届ける。アレだ」
三番機が指さす先には、巨大な長方形のコンテナが横たわっていた。ルナティックが一機で運ぶのがやっとの大きさだった。
中身が何なのか、カールには予想がついたが一応、聞いてみた。
「何ですか?」
「このあいだ拾ったビームランチャーさ」
「やっぱり・・・」
「もうデータは取った。この機体では使えないし、あそこに置いておいても邪魔なだけだ。スワール隊はアレと縁があるんだろう?運んでやろう」
「ヴァイス司令の許可は取りましたか?」
「いや、取ってない」
「大丈夫なんですか?」
「分かってくれるさ。そういうやつだ」
「責任問題に発展したら・・・」
「心配するな。アイツはうまくやる」
「ヴァイス司令が気の毒です・・・」
「慣れてるさ」
ラスター機は動き出し、コンテナを担ぎ上げた。
「行くんだろ?」
「ええ!」
何人かのメカニックに見送られ、ラスターとカールは出ていった。
哨戒任務から帰投したスワール隊所属のアーティー・メソとルース・コンコッタは、前方にグレイロビー駐留軍基地に接近する二機のルナティックを捕捉した。二機は高度を下げ着陸態勢に入ったように見える。カメラで機体番号を拡大すると、二機がルグラン隊であることが確認できた。
「ルグラン隊?何の用だ?」
広大なグレイロビー宇宙港をすり鉢状に取り囲む空港施設の一角を、スワール隊が居を構えるグレイロビー駐留軍の施設が占めている。
施設一帯は民間施設に比べ薄暗く、使用されていない一部は完全に消灯していて、ほとんど廃墟と言っていい状態だった。
「俺が子どもの頃は賑やかでした。毎日見学に来ました。ルナティック好きだったんです」
駐留軍基地を見下ろしながら、カールが寂しげに言った。
「俺が軍に入隊した時はすでにこうだった。だから、この光景しか知らない」
ラスターの返事に感情は籠っていなかった。
ラスターとカールは比較的明るい格納庫の前に降りると、一瞬遅れて、二機のルナティックが目の前に降りてきた。二機はラスターとカールの前に立ちはだかった。敵意は感じなかったが、歓迎されてもなさそうだ。
「スワール隊か?」
ラスターは動じることなく問いかけた。
「そうだ。スワール隊の隊長をしているアーティー・メソだ」
アーティーはルグラン隊の機体番号が二番と三番なのを確認した。
「ルグラン・ジーズはどうした?」
「あいつは休暇だ」
「そうか・・・。ところで、あのデカい船はどうした?」
「まだ名乗ってないんだが?」
「ラスター・フォア、なんだろう?」
「知っててくれて光栄だ」
「あの船はどうしたんだ?沈んだのか?」
「改修中だ。戦闘艦に生まれ変わる」
「そうか。今は暇つぶしか?」
「いや、正式にパイロットに戻った。ルグラン隊としてやっていく」
「それがいい。あんなデカブツ、お前には似合わん」
「ほめてるのか?」
「いや、率直な感想だ。で、何しに来た?」
「荷物を届けに来た」
「その背中のコンテナがそうか?中は何なんだ?」
「ちょっと説明が難しい。だが心配するな。安全は確認してある」
「当然だ」
アーティーはラスター機の背中のコンテナを一瞥しただけで、どうすべきか即断した。
「引き取ろう」
「助かる。カール、頼む」
「はい!」
カールはラスター機の後ろに回り、コンテナを固定しているロックを外した。コンテナを持ち上げたカールはスワール隊の格納庫まで運んでいこうとしたが、アーティーの僚機のルースが前に出てきた。
「俺、やりますから」
「あ、お願いします」
コンテナを引き取ったルースは「隊長、お先に」と言って、コンテナを担いでぴょんぴょん飛び跳ねながら格納庫に入っていった。役目を果たしたカールはそそくさとラスターの後ろに戻ってきた。
ラスターとアーティーはまだ話していたが、二人の間には微かな緊張感が漂っている。
カールは以前、ルグランが挨拶代わりに制服の胸倉を掴まれたのを思い出した。三人はルナティックパイロット養成所の同級生で、浅からぬ因縁があることを知っていて、目の前でルナティック同士で殴り合いを始めるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、そうはならなかった。
「急ぐのか?」
「ああ、行かなきゃならない」
「なら行け。時間の無駄だ」
「そうさせてもらう」
ラスターは振り向くと、軽く飛び跳ねるように走って助走をつけてから飛び去った。カールはアーティーに敬礼をしてから後を追った。
アーティーは、カールとラスターが見えなくなるのを待たずに振り向き、悠然と歩いて、格納庫に入っていった。
特に名前の無い、高さが二キロに届こうかという塔の最上階に、タチバナが居留する展望台がある。灰色の荒野に突き立てられた塔はまだ遠く離れたところにあるが、ラスターとカールにはルナティックの目を通して見えていた。
月の裏側は夜の期間で世界は闇に包まれているが、コクピットのスクリーンには肉眼で見やすいように画像処理され、明るく、敢えて遠近感を再現した映像が映し出されている。
カールは視界の端に、煙突のような建造物が立っているのを見付けた。カールはそれが何であるか知らなかった。
「先輩、あれ何ですか?煙突・・・?」
カールは飛行ルートをずらして煙突に接近した。距離が近付くと、煙突の巨大さがよく理解できた。ルナティックがすっぽりと中に入ってしまいそうな巨大さだった。
「あれは砲台だ」
「砲台?」
すれ違い、後ろに流れてゆく煙突を見ながらカールは返事をした。
「大出力荷電粒子ビームランチャーだよ」
ラスターはそう言って、ルナティックに頭上を指差させた。カールはラスターの機体が上を指差すのを見て、つられて頭上を見上げた。
「何も見えやしないが、六万キロくらい遠くに放置された資源採掘衛星が浮かんでる」
「はあ・・・」カールは頭上を見たままだ。
「市長のタチバナが『軌道を外れて落ちてこないとは限らない』と言い出して造ったのさ」
「落ちてくるんですか?」
「いや、ラグランジュ点に浮かんでいるから落ちては来ないはずだ」
「なのになんで?」
「タチバナは地球政府と揉めてた。今は放棄しているが、衛星を管理していたのは地球だ。
タチバナを邪魔に思った地球が、何か細工をしてムーンムーンスタックに落とすんじゃないかと疑心暗鬼になっていたのさ」
「タチバナってひと、臆病なんですね」
「そうかもな・・・」
カールは、ラスターが鼻で笑ったような気がした。
「あの砲台、大きいですけど、衛星を破壊するには十分ではない気がします」
「あれは四基ある。四基すべてのエネルギーをフルチャージして開放すれば衛星は粉々さ」
「へぇ・・・」
カールはカメラの倍率を上げ衛星の姿を捕えようとしたが、レーダーに微かな反応に気付き正面に視線を戻した。
「先輩、レーダーに反応が・・・」
「ああ、何かいるな」
二人の前方の、何もないはずの空間にノイズが走り、そこから何かが滲みだすようにして姿を現した。それは、黒く艶やかな装甲を纏うルナテックだった。
「く、黒いルナティック!?」
信じられない光景を目の当たりにしたカールは驚き、機体を急減速させた。反射的にライフルを構え黒いルナティックに銃口を向ける。
一方のラスターは驚くような素振りを見せなかった。機体をゆったりと減速させ、黒いルナティックの真正面で静止した。
カールは身動きすることが出来ないまま、至近距離で向き合う二機を見ていた。ラスターの通常機体と比べ黒いルナティックは大きく、装甲もところどころ膨らんでいて、設計思想も備わる性能も、根本的に違うであろうことが理解できた。
「カール、武器を下せ」
この一言でカールは我に返った。
「あ、はい・・・」
「ラスター・フォアだな」
黒い機体のパイロットの声が、ふたりのコクピットに響く。
「出迎えか?」
カールは戸惑いうしかできずにいたが、ラスターは何事もなかったかのように黒い機体のパイロットの言葉に応えた。
「すまないが、下から上がってきてくれ。あそこに直接降りるのは許可できないんだ」
「会えるんだな?」
「ああ、お待ちかねだ・・・」
そう言いに越して、黒いルナティックは闇に紛れた。
「・・・従おう」
取り残された二人は、黒いルナティックのパイロットに言われた通りに、塔の土台の淵にある小さな宇宙港へ向けて機体を下降させた。
塔の重量をを支えるために、かなりの広範囲がルナコンクリートで固められている。月の重力は地球に比べて小さいが、この塔を立たせるためにはこれだけ重厚な土台が必要だった。
ラスターとカールが降りたのは、ルナコンクリートで固められたエリアの端にある、小規模な宇宙港だった。
宇宙港の施設は小さく、ルナティックを収容することが出来ない。ラスターとカールは月面に降りると、その場にルナティックを跪かせ外に出た。
月面を歩いてゆき、宇宙港施設に入るが、施設内には誰も居なかった。それどころか、カウンターもラウンジもなく、落ち着けるようなベンチすらなく、展望台へ直行するエレベーターの籠だけが置かれていた。
「乗れってことですか?」
「そうだ」
ガラス張りの籠には五人ずつ座れるシートが二列設置されていて、ラスターとカールは前列にひとつ開けて座った。シートベルトを締めると、籠は後ろ向きにレールを走り始め、そのままエアロックを通り抜け宇宙港施設を出た。
籠から溢れる照明の光だけが周囲を照らし、施設が見えなくなってからはルナコンクリートで固められた灰色の月面だけが見えた。
塔に近付くと、塔を直接支える黄金色のリングが光を反射し何度も輝いた。塔までやってくると籠は一旦停止し、垂直方向のレールに乗り上昇を始めた。
上昇し始めると、やがて籠から溢れる照明の光は月面に届かなくなり、あたりは闇に包まれた。上昇速度は穏やかで外の景色を眺めるにはちょうどいいが、外には暗闇が広がるだけで何も見えない。
上昇を続ける籠の中で、カールはラスターの様子をこっそり窺った。ラスターはリラックスた様子で、目をつむって腕を組み、指でリズムをとっていた。
カールはラスターに聞きたいことがいくつもあったが、何も言い出すことが出来なかった。話を切り出すタイミングがつかめなかったし、話を切り出せたとして、何も話してくれない気がした。「上へ行けば分かる・・・」そんな事しか言わないだろうと予想ができた。
カールは頭上を見上げた。外に漏れる展望台の明かりが、すぐそこに迫っていた。
Lunatic Born サンダーヘッド @Thunderhead
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