第29話 反逆者
ナイト・ウォーカーの黒い機体が、光が溢れるタチバナロードを飛び抜ける。
ルナティックが通常武器で撃ち合うくらなら許容する広さと強固さを誇るタチバナロードだが、ルナティックの推進器であるロケットエンジンでの飛行までは想定していない。そのためルナティックにはエンジン出力を制限する安全装置が備わってるが、一部の腕が立つパイロットは安全装置をキャンセルし自分の操縦技術に合わせた速度で飛ぶ。
ナイトはかなりの速さで飛んでいた。それだけの操縦技術をナイト・ウォーカーは備えていた。
目的地に近い九十七番隔壁が近付くとナイトは機体を減速させ、ハイウェイの路面にふわりと着地した。タチバナロードの交通量はかなり少なく、ナイトが隔壁の前まで歩く間、通りかかる車両は一台もなかった。
隔壁をくぐり抜けると月の地下に張り巡らされた廃坑に足を踏み入れ、機体を自動操縦に切り替え、目的地までに移動をルナティック自身に任せた。廃坑は徐々に狭まり、やがて、武装したルナティックが二機、待ち構える通路に差し掛かった。ナイトが歩いてくるのを確認すると、片方のルナティックが通路を塞ぐように立ちはだかった。
「ナイト・ウォーカー、今日は来ると聞いていない」
「どけ、用は済ませてきた」
「しかし!」
「レイポルトに話がある」
「聞いていないんだ」
「力ずくでも通るが?」
「なら、ライフルは預けてくれ。それならいいだろう」
「これでいいか?」
ナイトはライフルを差し出すと、もう一機のルナティックが受け取った。
「通れ」
「感謝する・・・」
ナイトは通路を進んだ。
『フリーランダー』を名乗る武装集団は、幾つか存在する下級市民による武装集団のなかで最大の勢力を誇る。
複数個所のアジトを持ち、軍やギルドほどではないが、かなりの数のルナティックを所有している。だが、メンテナンス設備までは十分に整っているとはいえず、ルナティックの機体数は揃っているが、コンディションは高いレベルを維持でない。機体の一部が損傷したままだったり、欠損したまま出撃するのは当たり前で、弾薬の品質も低かった。
フリーランダーはこの戦力で幾度も、軍やギルドに戦いを挑んでいた。
フリーランダーのパイロットに志願した若いパイロットたちが廃坑の奥にあるアジトに集めらた。彼らには、それぞれルナティックが与えられているが、どの機体も傷だらけで、なんとか人の形を保っているような状態だった。
若者たちはコクピットハッチの上に立ち、姿勢を正して同じ方向に視線を送っていた。
彼らの視線の先には、地球出身の老パイロットでジェームズ・レイポルトがいた。レイポルトはフリーランダーの指導者でもある。
レイポルトも自分のルナティックのコクピットハッチの上に立ち、若いパイロットたちと向き合っていた。レイポルトは若者たちに語り掛けるように話し出した。
ドーム状の天井がレイポルトの声をよく響かせ、厳粛な雰囲気を醸し出す。若いパイロットたちは言われなくとも姿勢を正し、レイポルトの声に聞き入っていた。
「フリーランダーが目指すのは、力を蓄え上級市民とたちと対等な対話を行うことだ。武力で窮状を打破しようなどと、思い違いをしてはならない。君たちに与えられたルナティックは敵を倒すためではなく、自らを護るための力なのだ・・・」
レイポルトの機体は指導者としての威厳を示すために真紅のマントを纏っていた。動作を制限されてしまうが、見栄えを優先した。マントに隠された機体は傷だらけで、武装も、撃てるかどうかわからない古びたライフルを装備のみだった。
レイポルトの傍らには、装甲を強化され最新鋭の武装で身を固めるルナティックが立っている。この機体のパイロットはアレックス・ヴァンガードで、レイポルトの護衛を務める側近でありフリーランダーの副総裁でもある。
元軍のパイロットであるアレックスは数年前に軍を除隊し、レイポルトとともにフリーランダーを興した。そして数年のうちに、小規模の武装勢力との吸収と合流を繰り返して、ここまで巨大化させた。
若いパイロットたちは、真摯で強い意志のこもった眼差しをレイポルトに送っていた。
「だが、子どもたちには未来が必要だ!飢える子供たちのため最低限の略奪は許されるべきだ!」
レイポルトはここで黙り、静寂が満ちるのを待って、次に続く言葉に厳かさを演出する。
「最初に謝っておこう。申し訳なく思う。君らのような若者を帰れるとは限らない過酷な戦闘に駆り出せばならないことを・・・。だが!君たちの力に頼らねば、虐げられる下級市民たちを護ることができない!」
レイポルトの声に力が籠る。
「傲慢な都会人たちは自らを護ろうとするだけの我々を、野蛮人だ、好戦的だと言い掛かりをつけ狩りでも楽しむかのように殺戮する!なんという非道だ!許されない!罪深い都会人たちはいずれ粛正しなければならない!そのときまでに力を蓄えよ!若者たちよ!」
若いパイロットたちは演説に聞き入り、レイポルトが醸し出す宗教指導者のようなオーラに心酔していった・・・。
演説が終わり解散を告げられると、若いパイロットたちは余韻に浸ることなくコクピットに入りルナティックを起動した。
まともな訓練の受けていない若者たちはこれから、それぞれが配属される基地へと向かい早ければ今日中にも、フリーランダーの理想を実現させるための戦いに赴くことになる。
ナイトは立ち去る新米たちのルナティックと入れ違いで、レイポルトとアレックスの元へと歩いて行った。
若いパイロットたちの何人かはナイトに気付き、ぎこちない敬礼をしてきたがナイトはそれを無視した。若者たちは一年も経たずにほとんどが死んでゆく。ナイトは憐憫の眼差しで、すれ違う若いパイロットたちの背中を見送った。
去ってゆく新米たちのルナティックの向こうから黒い機体が現れた。フリーランダー所有のルナティックで機体色が黒なのはナイトの機体だけだ。不意に現れたナイトの黒い機体は、アレックスに不吉な予感を抱かせた。
「ナイト・ウォーカーか?なぜここに?」
ナイトはただならぬオーラを放っている。ライフルを装備していないことは確認したが、アレックスは警戒を強めナイトの挙動に最新の注意を払った。
ナイトは歩み寄ってくる。アレックスはレイポルトの前に静かに歩み出た。それに反応したようにナイトは歩みを止めコクピットハッチを開き、姿を晒した。それを確認したアレックスは少し警戒を緩めたが、静かにトリガーに指を掛けいつでも撃てる体勢を取った。
「レイポルト、話がある!」
ナイトは離れたところから、レイポルトに声を掛けた。少し間をあけて、レイポルトは答えを返した。
「ナイト・ウォーカー、話を聞こう!」
「レイポルト、また若者たちが死んだ!全員がまだ死ぬべきではない若者たちだ!」
ナイトは叫ぶように言った。
「ナイト、必要な犠牲だ!君も理解しているはずだ!」
「軍に手柄を挙げさせるのが、必要な犠牲だと?」
「残念だが、これは必要な犠牲だ!死んでいった若者たちも理解していたはずだ!この犠牲は無駄ではない!」
「聞き飽きた!」
「ナイト・ウォーカー!」
次第に語気を強めるナイトに、堪り兼ねたアレックスが前に出てナイトの目前までやってきた。
「もう話は終わりだ!まだあるのなら私が後で聞こう!今は下がれ!」
「どけ、アレックス!貴様に用はない!」
「何だと!」
アレックスはライフルの銃口を生身のナイトに向けた。ライフルの銃口はアレックスの怒りを伝え微かに戦慄いている。ナイトはそれを意に介さず、レイポルトに訴えかけた。
「レイポルト、許可をくれ!アースゲイザーを急襲する!セキュリティの穴を見付けた!ルナティックを侵入させることができる!二十機与えてくれれば、十万、いや数十万を粛正して見せる!やらせてくれ!」
「バカなことを!」
アレックスは叫び、トリガーにかかる指に力が入った。
「アレックス、銃を下せ」
レイポルトが穏やかに言った。
「しかし・・・!」
「下すんだ」
アレックスは引き下がった。
「いま、そこへ行く」
レイポルトはルナティックのコクピットに入り、ナイトの前まで歩いてきた。そして、また外に出て、ナイトと対面した。
「親愛なるナイト。待つんだ。まだその時ではない。時を待つんだ」
「レイポルト、その時とはいつなんだ?もう三年だ。あんたの意志に賛同しフリーランダーに加わって三年たった。これまでに何人の若者が死んだと思ってるんだ?全員、お前を信じて死んでいったんだ!いつになれば、その死に報いてやれるんだ!」
「ナイト、我々には力が必要だ。大きくならねばならん。大きな力を得れば四都市と対等に話ができる。それには時間が必要だ。理解してくれ、ナイト」
「・・・」
ナイトは、もう何も言わなかった。
「レイポルトさま、移動します」
アレックスに促され、レイポルトはコクピットに入ると、遠くを睨み黙り込むナイトを横目に見ながら立ち去った。アレックスも後に続いた。
ナイトが見えなくなるまで、アレックスはその背中を見続けていた。ナイトは振り向くことも、ルナティックを起動して銃を向けることもなかった。
ナイトの変化には気付いていた。フリーランダーに引き入れた当初はレイポルトを信じ、どんな指示を受けても疑念を抱くことなく従ったが、いつからかレイポルトに鋭い眼差しを送るようになり、ここ数日は殺気を纏うようになった。ナイトが反乱を起こすか、レイポルトを背中から撃つのかは時間の問題だとアレックスは感じた。
「ナイト・ウォーカー・・・。反逆は許されない」
アレックスは、ナイトに刺客を送ることを決めた。
複数のテロや略奪の首謀者として軍から撃墜命令が出されているレイポルトは、賞金首でもありギルドからも狙われている。
常に襲撃や暗殺を警戒し、根城は一か所に定めず頻繁に移動する。移動時は誰にも予定を知らせず、必ずアレックスを従え、慎重に移動する。
レイポルトとアレックスは次の根城へ向かうため、セラーを抜け月面に出た。障害物の少ない月面に出てしまえば狙撃の恰好の的になる。アレックスはレイポルトを待たせ、先行して周囲の状況を探った。
何かがあった訳ではないが、アレックスは異様な雰囲気が漂うのを感じた。
「レイポルトさま、様子が変です。そこでお待ちを」
「アレックス、君は臆病すぎる。心配ない」
楽観的なレイポルトはアレックスの指示を無視し、ジャンプして高度を上げアレックスを置き去りにした。
「軽率です!」
アレックスの直感は正しかった。何者かの狙撃がレイポルトの機体を貫き、機体の破片と赤い雫が飛び散った。レイポルトの機体を貫いた弾丸は勢いを落とさず、遥か彼方の砂丘に着弾し砂煙を巻き上げた。レイポルトは一言も発する事ができなかった。
「レイポルトさま!」
アレックスは敵の狙撃を逃れるため、ジャンプしようとしていた機体を月面に押し付け息を潜めた。レイポルトを撃ち抜いた弾丸の軌道から、低い位置からの狙撃だったことは推測できた。だが、敵の位置までは特定できない。
アレックスは機体を月面の起伏に隠しつつ、レイポルトの状況を確認した。レイポルトの機体は月面に落ちて動かない。コクピットブロックの中心が鮮やかに撃ち抜かれていて、レイポルトの肉体は跡形もないのが想像できた。
「何者だ・・・!?」
この手際が狙撃手の狙い通りならば、射手はかなりの実力者か、もしくは桁違いの高性能機の仕業だ。思い当たるのは黒いルナティックだが、それにしては狙撃位置が低すぎる。
「だとすれば・・・?」
アレックスの脳裏に、もう一機の黒い機体が過った。アレックスは後ろを振り向いた。黒い機体色のルナティックが滞空していた。間違いなくナイト・ウォーカーの機体だった。
「ナイト・ウォーカー!」
ナイトは何も答えない。
「貴様、なぜレイポルトさまを撃った?自分が何をしたか分かっているのか!?」
ナイトは答えない。
「なんとか言え!ナイト・ウォーカー!」
「裏切り者を排除したまでだ・・・」
「裏切り者だと?どういう意味だ!裏切っているのは貴様だろう!」
アレックスはナイトに向けライフルを撃ちまくった。ナイトは攻撃をひらひらと躱しながら
話しを続けた。
「かつての仲間を何人か殺した。それは、お前たちを信じたからだ・・・!」
「ギルドの連中など、常に殺しあっているだろうが!」
「正面から撃ち合って殺すのと・・・、後ろから撃って殺すのは意味が違う!」
「きれいごとを・・・!」
今度は肩に担いだロケットランチャーをナイトに向け撃ちまくった。ロケットは横に滑るように逃げるナイトにかすりもせず、あっという間に全弾が尽きた。
「どこだ!?」
アレックスはナイトを見失った。ナイトの声だけがアレックスのコクピットに届いた。
「やっと理解したよ・・・。持ちつ持たれつなんだろう?貧弱な戦力でテロを起こし、軍に処理させて手柄を挙げさせる。軍は見返りにお前たちの体制を保証する」
「何の話だ!?」
「ギルドとも取引をしていたな?俺たちを欺くために、見せかけの賞金首を演じていた。そうだろう?」
「それの何が悪い!軍ともギルドとも敵対すればローグの集団など、あっという間につぶされる!軍にもギルドにも生贄を差し出しておいて、我々は水面下で武力を強化する!そして、力を蓄えたところで対等な対話に持ち込む!この筋書きに何の問題があるんだ!」
「最初は信じたさ・・・。だが、それはただの建前で、お前らは私腹を肥やすだけだった。若者たちの命と引き換えにな!何がその時を待てだ!」
アレックスは背中に冷たいものを感じた。ナイトは後ろにいる。レイポルトを撃ったのと同じ位置に。次の瞬間には撃たれるだろう。命乞いなど通じはしない。振り向く隙を与えることなくナイトは撃つ。
「あのとき引き金を引くべきだった・・・」
「同感だ・・・」
アレックスは機体もろとも撃ち抜かれた。
翌日、ナイトにより抹殺されたレイポルトとアレックスの機体は発見され、メンバーによりアジトに運び込まれた。
機体は詳しく調べられ、レイポルトとアレックスはコクピットで跡形もなくなっていたことが確認された。いきなり二人の指導者を失ったフリーランダーは内部の混乱を防ぐため、次の指導者決まるまでと暗殺者が特定されるまでの間、事実は隠されることになった。
数日後、フリーランダーのアジトのひとつに十数機のルナティックが集まった。パイロットたちは誰かを待っていた。
待ちわびる彼らのもとに遅れてやってきたのは、黒い機体のルナティックの主、ナイトだった。ナイトは静かに歩いてきて立ち止まるとコクピットから出た。パイロットたちの一人が話し掛けた。
「なぜ、言ってくれなかった。力になれた」
「しくじる可能性もあった。俺一人なら面倒が少ない」
ナイトは軽く笑った。
「お前はいつもそう言う」
「そうだったかな?」
「気紛れでやったんじゃないんだろう?次は何をするんだ?」
「そうだな・・・、二十人、集められるか?当然だが人数分の機体もだ」
「お前を入れて、ここには十五人いる。あと五人か・・・、すぐに集まる」
「あれを、やるんだな?」
「ああ、そうだ・・・」
「やっとか」
「待ちわびたよ」
「ここにいる全員、一度は命を捨てている」
「いい加減、拾って帰ってくるのに飽きてたんだ」
「今度こそ、死ねるんだな?」
「生き延びる恥を晒さずに済むんだな?」
「ああ、そうだ・・・」
ナイトはもう一度、言った。
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