第28話 助っ人
暗闇が微かに光り、ほとんど同時に、ライフルに装備されたシールドが吹き飛ばされた。その衝撃でルグランの機体は勢いを失い押し戻された。
この攻撃が反撃の合図となり、ルグランの後ろに隠れていたザヒル隊の四番機と五番機が左右に飛びだした。
ありったけのマイクロミサイルが全弾発射され、数秒経たずに一斉に炸裂した。うまくいけば、爆発の光が闇に紛れる黒いルナティックの姿を浮かび上がらせるはずだ。
ルグランはどこにも焦点を絞らないように広範囲を視界にとらえ、標的が姿を現す一瞬に備えた。
光が消え暗闇が戻ったが、黒いルナティックが姿を現すことはなかった。作戦の失敗を確信したザヒル隊の四番機と五番機が、苦し紛れにライフルを撃ちまくった。ルグランのコクピットに、ザヒル隊の雄叫びが響く。
ルグランはひとり、冷めていた。この空間に黒いルナティックの存在を感じなかった。だが、近くにはいるとは感じた。ふと、月面に視線を下すと、何かの爆発が起きていた。
ラスターは何の手掛かりもなくタイミングを計っていた。次の攻撃が来れば、艦の装甲は貫かれフェンリルは確実に沈む。
射手の実力からいって、ルナティックより大きく鈍い標的を外すことはない。だが、フェンリルとクルーを守るには、躱してみせるしかなかった。次を躱したところで、逃げ切れる保証はないが・・・。
零番機は準備ができている。ルナティックで応戦できれば、フェンリルを逃がす時間は稼げるかもしれない。ブリッジから零番機の格納庫へは直接行けるが、敵の次の攻撃は、乗り込み外に出るまで待ってくれないだろう。
クルーたちは絶望的な状況を理解していた。ラスターは副艦長と目が合った。副艦長はそれを待っていたように笑顔を見せた。まるで「出撃してください。艦長だけでも生き延びてください」と言いたげだ。艦長としてそれはできない相談だった。ラスターは艦に留まり、奇跡にかけた。
一方、ゲングに援護されたセラフは交戦エリアから遠ざかり、安全圏に到達しつつあった。
だが、穏やかな空気が漂い始めた艦内に、再び緊張が走った。ルナティックが一機、接近してきた。オペレーターが叫ぶ。
「ルナティック接近!」
「今度はどこの機体だ?」
相次ぐ危機に、艦長のルーザーはうんざりし様子で聞いた。
「ギルドです!すれ違いいます!」
「そんな近くにか!」
接近するルナティックはセラフと十数メートルの距離ですれ違った。ルナティックは一直線にフェンリルとゲングの交戦エリアに向かっていく。
その機体をブリッジで目視したルーザーは嫌な予感がした。オペレーターに「今の機体をモニターに映せ」と指示すると、ブリッジのメインモニターに、すれ違う瞬間の映像が再生された。その機体には見覚えがあった。
「ネム・レイス・・・!」
「接近するルナティックが一機!」
フェンリルのレーダーも急速に接近するルナティックを捕らえた。その機体は軌道を変えることなく一気に距離を詰めてくる。交戦の意図が無ければ、こういうコースは取らない。
「まったく、厄日だな・・・」
もし、接近する機体が敵ならば、ラスターにはこの状況に対処する手段はない。できることがるとすれば、そのルナティックが味方で、少しでも時間を稼いでくれるのを願う事だけだ。
月面でルグランたちの特攻の行く末を見守るカールの後ろに、何かが落ちてきた。
盛大に舞い上がった砂塵とセンサーが拾った振動が、レールガンの弾丸の着弾ではないことをカールに知らせた。
カールはその方向に振り向いた。ヒルとカルハも気づき、振り向いた。
姿は見えないが、砂塵のなかにいるのがルナティックであることは、ヒルとカルハは分かった。勘ではなく、ルナティックのコンピュータがそう推察している。
敵がすでに攻撃態勢に入っているとヒルは予想し、即座にキャノンの発射体勢に移行する。カールが標的に近く、砲弾が炸裂すれば巻き込まれる距離にいたが「そこをどけ!」と叫ぶ暇はなかった。
砲身から放たれた砲弾は目標地点に達するより早く、敵の放った弾丸と衝突し炸裂し、ヒルとカールを爆発に巻き込んだ。爆発の衝撃で二機は吹き飛ばされた。
ヒルの陰になったカルハは、衝撃を受けつつも、その場に踏みとどまった。
「何が起きたんだ!?」
この展開はジョーがイメージしていたものではなかった。想定外の、想像もできない出来事だった。
ヒルの反応が速かったことと、キャノンの発射体勢を取るため姿勢を低くしたことで、弾丸同士の高さが合った結果の偶然だった。
「あなたの撃った弾丸がヒルの放った砲弾とぶつかったの」
エイミーはサポートAIらしく、冷静に状況を分析した。
「この展開はあなたのプラン通りなの?」
エイミーはジョーに実力を評価しているが、さすがに、敵の放った砲弾に弾丸を命中させるほどの射撃精度を備えているとは思わない。
「さあ、ここからどうするの?」
エイミーは、想定外の事態に焦るジョーの顔を覗いた。ジョーはエイミーと視線を合わせ、無理やり笑顔を見せた。
「見てなよ!ここにいる全員、一分内に墜とす!」
月面に起こった爆発の光がウォーロックの影を浮かび上がらせたのを、ルグランが見逃すことはない。カールが爆発で吹き飛ばされるのも見えたが、致命傷ではないと判断し、敵機撃墜を優先させ躊躇うことなくトリガーを引いた。
「偽物、消えろ・・・!」
手応えがあった。
月面が激しく穿たれ、ウォーロックの足元が崩れた。ジョーは咄嗟に飛びのきながら、狙撃のあった方を見上げた。スクリーンにウインドウが開き狙撃者の姿が映し出された。そこにはライフルを構えたルグランがいた。
「ルグラン・ジーズ!邪魔するな!」
ジョーはルグランに向け、完全にロックしないまま、ライトニングスタッフのトリガーを引いた。
ルグランは、弾丸がウォーロックの足元に着弾し月面が弾けたのを確認した。
「外れた・・・!?」
弾丸は狙った場所から僅かに逸れ、命中しなかった。爆発の光が浮かび上がらせた影は消えた。
「まだ、その辺にいるだろ!」
二射目はコンピュータの予測に頼らず、ルグラン自身の勘で狙いを定めた。トリガーを引こうとしたその時、月面で何かが閃いた。敵の反撃の光だ。
反撃が来ることを予想していたルグランは必要最小限の移動で躱し、すかさず、射撃地点を狙いトリガーを引いた。
ルグランの移動が極僅かだったため、躱されたのではなく外したとジョーは錯覚した。
「なんで?外れた?」
戸惑い苛立つうジョーの目前に、ルグランの攻撃が再び着弾した。足元にまた穴が開いた。
「鬱陶しんだよ!ルグラン・ジーズ!」
ジョーは怒りのままにトリガーを引こうとしたが、スコープの中にいるはずのルグランが残像を残して消えた。
「逃げるな・・・!」
ジョーが再びルグランを捕らえた瞬間に、ルグランのライフルの銃口が閃いた。
「・・・!」
ジョーは直撃を覚悟したが、弾丸は三度、月面を穿ち、ウォーロックの装甲を貫くことはなかった。
仕留められなかったルグランの表情に、険しさが過る。
「フレームが歪んでる・・・?」
再び、ジョーに反撃のターンが巡ってきた。ルグランの機体はロックできている。今度は確実に当たる予感がした。
「手こずらせて・・・!」
その時、邪魔が入った。カルハがライフルを撃ちまくり、そのうち一発がウォーロックをかすめた。
「ザコが!邪魔するな!」
ジョーは怒りに震え、ライトニングスタッフをカルハに向けた。瞬時に二重ロックされ、トリガーを引き絞った。だが、弾丸は放たれなかった。ロックが強制的に解除されていた。
ジョーはエイミーを見た。コンピュータのエラーはあり得ない。だとしたら、エイミーの仕業だ。
「エイミー、なんの真似だ!?」
「ジョー、トラブル発生。作戦中断」
焦っているようなエイミーの声を、ジョーは始めて聞いた。
「なんだよ、トラブルって!?」
「セラフが追跡されてる。援護のため、直ちにセラフと合流します」
「どういう事?」
「 軍の新型艦に捕捉されたの。ルナティックの索敵レーダーにはとは比べ物にならない出力だから、隠れきれなかった」
「ルーザーのやつ、ドジったの?」
何故か、ジョーの顔に笑みが浮かぶ。
「喜んでるように見えるけど?」
「そりゃそうさ。ルーザーのやつ、敵に追いかけ回されて泣きべそ掻いくるかと思うと、愉快でしょうがないよ!」
「ジョー、子供みたいなことを言わないで。
セラフが沈めば、あなたは基地に還れないことを分かっているでしょう?」
「ああ、そうだった。仕方がない、助けに行くよ。ルーザーのせいで作戦は失敗だね。ルーザーのせいで!」
ジョーは撤退の前に、反撃に備え小刻みに動き回っているルグランを見上げた。
「ルグラン・ジーズ、君、運がいいな。勝負は預けるよ。次はもったいぶらずに最初に撃つから」
ジョーは指で銃を作り、ルグランに狙いを定めた。そこへ、カルハの撃ちまくるライフルの弾が、またかすめた。
「目障りだな、ザコのくせに。何発撃とうがザコの弾なんか僕には当たらないよ」
ジョーはウォーロックを後退させた。ウォーロックはゆったりと舞い上がると、そのままの姿勢で、戦闘エリアから徐々に離れてゆく。
特殊装甲のおかげで光学カメラとレーダーからは隠れることができる。だが、スラスターからの熱と光は隠しきれない。カバーで覆われていない真下と真後ろを見せないように、安全圏に到達するまでは、正面を敵に向けたまま後退する。
「エイミー、あとはよろしく」
十分に離れたところで、ジョーはウォーロックを自動操縦に切り替えた。セラフと合流するまではエイミーに任せる。
「おいおい、まさか、逃げた・・・?」
敵の気配がもうないことに気付いたルグランは、射撃体勢を解いてライフルを下した。
「いない敵は撃てない・・・」
下では、弾を撃ち尽くしたカルハがライフルを放り投げてながら「姿を見せろ、卑怯者!」と叫んでいた。
「ちっ」
トーマス・カラードは自分に苛立った。大物を仕留める優越感に浸って注意力が鈍り、敵の接近を許した。気付くのが遅れたのは一瞬だったが、ルナテックの速度ならその一瞬で、ライフルの有効射程に入り込む。
接近するのはギルド機だった。軍の機体ではなく、ルグラン・ジーズが引き返してきたわけでもなかった。
「ギルドか!?」
ギルドだろうが軍だろうが、迷う暇はなかった。トーマスは振り向きざまに、接近する機体に向けシラヌイのエネルギーを解放した。
標的の居場所は大体分かった。まだライフルの有効射程の外だが、場所を変えられる前に先制の三連射を放った。同時に、機体を反撃か隠すため、遮蔽物のある月面へと急降下する。
その挙動を読んだかのように、激しく輝く荷電粒子の光の帯が虚空を走り、レイスの機体をかすめた。簡単に背後を取らせる迂闊さを見せた敵パイロットだが、反撃は早く正確だった。
荷電粒子の飛沫を浴びて装甲が焼かれたがフレームの損傷は免れ、戦闘継続に支障はない。
「あのパイロットさん、高性能機に乗せられてるだけじゃなさそうだ。もう一機の別のヤツとは一味違うな・・・」
レイスはそう言いながらビームの発射地点に向け、トリガーを引いた。
トーマスは、急接近する機体がネム・レイスであることに気付いた。モニターに映る機体のカラーリングに見覚えがある。
「ネム・レイスか・・・」
レイスの機体は月面に降下しながら三連射してきた。トーマスは敢えて動かず弾丸をやり過ごすした。レイスは攻撃を躱そうと動くことを想定して的を絞ってくるはずで、動き回ればこちらから当たりに行くことになると判断した。それは正しかった。
トーマスは月面に降りてゆくレイスに向け再び、シラヌイのエネルギーを解放した。
機体を隠した砂丘が、ビームの直撃を受け一瞬で蒸発した。
レイスは動きを止めることなく、最大速度で動きながら反撃した。今度は手応えがあり、何かが弾け、虚空から、黒いルナティックとそっくりの機体が姿を現した。
「やはりな、お前も魔法使いか・・・」
敵にリアクションの隙を与えず、レイスはマイクロミサイルを全弾発射した。空のコンテナはすぐに捨てた。デッドウェイトは即破棄するのが、ルナティックの戦闘の鉄則だ。
十二発のマイクロミサイルはレイスのイメージ通り、ゲングの頭上で一斉に炸裂した。
ミサイルの爆発から機体を守るため、トーマスはやむを得ず高度を下げた。月面が近付く。そこへ待ち構えたようにグレネードが撃ち込まれ 足元に着弾した。ゲングを直接狙わず、予め月面を狙うレイスの意図は読めていたが、優位に立たれ誘い込まれた。爆炎が巻き起こり、ゲングの機体は巻き込まれた。
畳みかけるレイスは、さらにもう二発、ゲングが逃げようとする位置を先読みしてグレネードを撃ち込んだ。空のランチャーは捨てる。
ここまでは思い通りの展開だ。一気に押し切れるかどうかは、敵パイロットの力量次第だ。
ゲングのコクピット内には警報が鳴り響き、スクリーン各所にエラーが表示された。特殊装甲の耐久力が限界を超え、光学迷彩の再起動が不可能になった。
それでもトーマスは炎の中にゲングを留まらせた。一瞬だけ凌げばレイスの次の攻撃をやり過ごせるはずだった。予想通りに、レイスのライフルから放たれた三連射が頭上を掠めた。苦し紛れに機体を上昇させていれば、コクピットに直撃を受けていた。
「熱いのは苦手だ。月生まれなんでね」
トーマスは機体を囲む炎が消える直前に、エネルギーチャージが不十分のままシラヌイのエネルギーを解放した。か細いビームがほとばしった。
「甘いか!?」
中心を外した気がした。
荷電粒子ビームが走り抜け、レイスは反応したが、ライフルの前半分と右足のつま先を蒸発させられた。レイスは半分だけ残ったライフルを捨てた。
「今のは良かった。いい腕だよ、敵さん。だが今ので武器の性能が分かった」
レイスの動きが変わった。これまでは、ゲングの正面に入らないように、すばしっこく動き回っていたが、突如、正面に入って突進してきた。間違いなく、シラヌイのチャージラグを計算に入れた動きだ。そして、その動きは、シラヌイを奪い取ろうとする動きでもあった。
「噂通り、イやな奴だ・・・」
トーマスは狙撃モードを解除し、マニュアルモードを起動した。スコープを覗いていては素早いレイスを捕えきれない。精密射撃は出来なくなるが、フルチャージされたシラヌイのビームなら直撃させずとも撃墜できる。
トーマスはエネルギーチャージの完了を待つ僅かな瞬間に、戦闘開始からカウントしているタイマーを見た。カウンターはマイナスを刻んでいてた。
「時間切れか。しょうがない」
レイスとの格闘戦を展開していたゲングが不意に高度を下げた。そして、足が月面に接触し速度が落ちた。
操縦ミスに見えたが、レイスを誘っているようにも思えた。だが、ゲングを捕まえるチャンスに変わりなく、レイスは躊躇わず懐に飛び込んだ。
レイスをギリギリまで引き付け、トーマスはシラヌイのトリガーを引いた。閃光とともに、糸を引くようなビームが走り抜けたが、すでにレイスはシラヌイの銃口より内側に入り込んでいた。トーマスは衝撃に備えた。
激突した二機は絡み合って、そのまま高度をさげていき、浅い角度で月面に激突した。二機は砂塵を巻き上げながら何度かバウンドし、勢いを落としていった。
勢いが止まると、レイスはゲングより早く立ち上がり、ゲングを片足で踏みつけた。そしてシラヌイを奪い取ろうと両手で掴んだ。
「これが欲しいか?なら、くれてやる」
それを待っていたトーマスはシラヌイをあっさり手放し、スラスターを全開にした。レイスはバランスを崩し、ゲングを踏みつけていた足が離れた。拘束を逃れたゲングは、砂塵を巻き上げながら月面を滑った。
「もう何も隠し立てする必要はない。ネム・レイス、戦う相手を間違えるな」
トーマスは、荒っぽく加速するゲングのコクピットの中でなかでそう呟いた。
レイスはすぐに体勢を立て直し、すぐさま、奪ったシラヌイを構えた。だが、火器管制システムとはリンクできず、ロックオンサイトがゲングを捕らえることはなかった。レイスは即座にマニュアルモードに切り替え、遠ざかるゲングに狙いを定めた。
トリガーは軽く、シラヌイからビームは発射されることはなかった。エネルギー切れかなのか、発射に特殊な信号が必要なのか分からないが、もう一度引いてみてもエネルギーが解放されることはなかった。
それを見届けるように、ゲングは正面をこちらに向けた姿勢のまま離れてゆく。
逃した獲物は高度を上げて機体を翻すと、どこかへ消えた。
ゲングが闇に消えるのを見送ったレイスは、月面にひとり残された。索敵範囲内に敵の姿が消え、コクピットには静寂が訪れた。レイスは自分の呼吸の音を聞いた。
「依頼、達成できず・・・か。それより、これをどうする?」
奪い取ったビームランチャーはルナティックの全長より長く、ゲングやウォーロックと同様に漆黒の装甲を纏っている。以前、月面で拾った軍の試作ランチャーとはくらべものにならないほど、技術的にもデザイン的にも圧倒的に洗練されていた。
「持ち帰りたいが、納品依頼には無い。それに重いし・・・、ん?」
レイスは誰かが近付くのを感じ、虚空を見上げた。ルナティックが接近してくる。
「面倒は御免だ。引き上げるか」
レイスはシラヌイを月面に突き立て背を向けると、飛び去った。
傷ついたフェンリルは艦を隠せる窪地を見付け、無理やり艦体を押し込み停泊した。艦体の傷はさらに増えた。
辺りは静かで、レーダーにも視界にも敵の存在を確認できなかった。もう脅威は去ったように感じられた。
左舷エンジンとスタビライザーを失い操艦が不安定になったフェンリルは、基地に還るために残された機能で操艦できるようにバランスの再調整を行う必要があった。ラスターはその準備をクルーたちに任せ、ルナティックに乗り外に出た。
ルナティックに乗り込んだラスターはフェンリルが攻撃を受けたエリアに戻ってきた。
乱入してきたギルドのルナティックの姿は既になく、攻撃してきた謎の機体の姿もない。二機の戦いがどんな結末を迎えたのか判断できなかった。
静まり返る月面に、黒い剣のような何かが突き立てられている。ラスターは周囲を旋回して危険がないことを確認し、少し距離を置いて着地した。
ラスターには、あれがフェンリルを攻撃したビームランチャーであることは想像できた。だがなぜ、思わせぶりに月面に突き立てられているのかは想像できなかった。
センサーとレーダーと目視で周囲の状況を調べてみても、破壊されたフェンリルの装甲らしき残骸は確認できたが、ルナティックの残骸らしきものは見つからない。乱入してきたギルド機が勝ったのか、それとも敵が勝ったのか、どういう成り行きでビームランチャーが突き立てられているのか、答えを出せなかった。
「ギルドに助けられた。それだけは間違いのない事実だ・・・」
ラスターが漆黒のビームランチャーを引き抜くとルナティックは器用に扱い、武器と認識して構えた。かなり重量があり、通常の機体では扱えそうもない。
「こんなものを誰がどこで、どうやって造るんだ?」
ラスターの脳裏には、未来からやってきたとの噂があるムーンムーンスタック市長トール・トット・タチバナの顔が浮かんだ。
「気が進まないが、会いに行くか・・・」
ルグランは、爆発に巻き込まれたカールのもとに急いだ。
「カール!」
荒々しく月面に降り立つと、カールの機体のすぐ傍にジャンプで近付き、半分砂に埋まったカールの機体を見下ろした。機体をよく観察すると、装甲が焼かれ傷だらけだが、四肢とコクピットの損傷は免れたようだ。
「カール、無事か?」
ルグランに名前を呼ばれたカールは目を覚ました。コクピット内壁を覆うスクリーンには、外の景色がノイズ交じりの不鮮明な映像で映し出されていた。爆発の衝撃で機体各所にあるカメラがほとんど壊れ、残ったカメラとセンサーで可能な限り補完された映像だった。ルグランの機体が見下ろしているのは分かった。
「あ、隊長、俺、確か爆発に・・・」
「カール、無事なんだな?」
「多分、無事です。コクピットは損傷してません。空気漏れもないです」
「よし、起きれるか?」
「ええ、待ってください・・・」
カールはまず上半身を起こし、スラスターを軽く噴射させ全身を起き上がらせた。うまく立てず、ふらつくカールの機体を、ルグランはさりげなく支えた。
ヒルの機体も同じ状況だった。爆発の衝撃で吹き飛ばされ、機体の半分が砂に埋まっていた。
カルハ機が傍らに跪き、ヒルに声を掛ける。ヒルも無事だってようで、カールと同じようにしてヒルも起き上がった。だが、カール機よりもダメージが大きく、起き上がってすぐバランスを崩し倒れかけた。待機していた四番機と五番機が両側から支えた。
ルグランはカールをしっかり立たせてから、ヒルから拝借したライフルを返そうと、ヒルに歩み寄った。だが、カルハがそれを遮るように前に出て、ライフルを強引に奪い取った。その所作からカルハの怒りが伝わってきた。どうやら機嫌が悪そうだ。
「見ていたぞ!ヒル隊長を暗殺しようとしたな!」
ルグランがどさくさに紛れてヒルを撃とうとしたのを見ていたようだ。
「何のことだ?」
ルグランはとぼけたが、その態度がカルハの怒りを煽ってしまった。
「貴様ぁ、今、撃ってもいいんだぞ!」
「おいおい、勘弁してくれ」
殺気まみれでライフルを向けるカルハに、ルグランは両手を挙げて無抵抗を示した。
「ちょっと、やめてください!」
カールが止めに入ろうとしたが、機体が思うように動かず転んでしまった。
「少し話をさせろ」
本当に撃ちかねないカルハを宥めたのはヒルだった。
ヒルの一言でカルハはライフルを収め、その場を退いた。四番機と五番機に支えられたヒルがルグランの前に歩いてきて話し始めた。
「ルグラン・ジーズ。貴様は勘違いをしているようだ。たった五機の部隊が裏で動いたところでできることなど限られている。私を葬ったところでこの流れは止まりはしない。すでに勢いづいた流れだ。君らが何をどうしたところで止まることはないのだ。何故なら、その状況を望むのは軍だけではないからだ」
「詳しく話せないか?」
「聞いてどうする?無駄にあがくしか出来ることなどない。ルグラン・ジーズ、ひとつアドバイスをしてやろう。無駄死はするな・・・」
そう言い残し、ヒルは去っていった。カルハはしばらくその場に留まり、ルグランを威嚇するように立ちはだかっていたが、ヒルが十分離れるのを確認すると身を翻し、仲間たちを追った。
カールとルグランは、ザヒル隊が見えなくなるのを、なんとなく待っていた。見えなくなるとカールは何気に話し出した。
「隊長、あのカルハって人、かなり怒ってましたけど、いったい何をしたんです?」
「何って・・・、挨拶しようとしただけさ」
「それだけであんなに怒りますか?」
「機嫌が悪かったんだろ。誰だってそんな日はあるさ」
「なんか物騒なこと、言ってましたよ」
「そうか?」
「何したんです?」
「言ったろ、挨拶さ・・・」
ルグランのルナティックが、コクピットの中のカールを見た。
「フェンリルと別れた地点に戻る。カール、行けるか?」
「あ、はい・・・」
カールは機体のチェックを再度行い、目的地までの移動が問題なさそうなのを確認した。
「だいじょぶです。いけます!」
ルグランはフェンリルとの通信を開いた。フェンリルとは繋がらず、チャンネルを変えるとラスターと繋がった。
「ラス、どうしたんだ?まさか沈んだんじゃないだろうな?」
「沈みかけた。だが艦は無事だ。それより、そっちはどうなんだ。カールはどうした?」
「無事だよ、なんとかな。で、俺たちはどこに帰ればいいんだ?」
「座標を送る。そこに来てくれ。面白いものがある・・・」
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