ミステリの書き方⑨
別の大ネタを考えみようと思ったのである。特に、意外性を満たせるような展開がでてくる舞台にしてはどうかと思ったのだ。というわけで、応募要項を見直してみると、異世界や特殊能力はNGという但書がついていた。……幽霊は、幽霊が実在しなければOKだろうか。分からん。しかし、たとえばこうじゃ。
舞台は工業高校の生徒会室。
カイチョーが滔々に頼む。
「滔々、四号館の四階に出る幽霊の話、知ってるか?」
「幽霊? おいおい最近の若いのは建学精神を忘れちまったのか?」
チラリと二年執行を見やると、彼は弁当をつつきつつ言った。
「なんか、女の子の幽霊らしいっすよ」
「建築科か」
ぶっ、とカイチョーが口に含んだコーヒーを吹いた。
「なんで建築科なんだよ。四号館だぞ? 工業化学科だろう」
「実験室は一、二階だし教員は三階。四階に用はない。それに――」
「それに?」
執行部二年が顔を上げた。工業化学科だから気になるのだろう。
滔々は言った。
「工業化学科に女の子はいない」
「はぁ~~~!? 工業化学科にも可愛い子いるんですけど!?」
二年執行が噴飯、箸をボロのアルミデスクに叩きつけた。笑い出す滔々。カイチョーが肩を揺らしながら補足する。
「滔々が言いたいのはお前の彼女の話じゃないよ」
二年執行は同じクラスの女子と付き合うという愚を犯した。工業高において女子は貴重であるため、男子間では暗黙裡に相互不可侵条約を締結するのが普通だ。むろん無視して付き合う奴が出て、たいていそいつは教室に居づらくなり、部室などで食事を取ることが増える。二年執行の場合は生徒会室というわけだ。
滔々は我が意を得たりとカイチョーを指差し、諭すような口調で二年執行に言った。
「電気科は二年三年ともに女子はいない。電子は合わせて十人。工業化学も十人くらいだろ? でも建築科は四十ちかい」
「機械科は?」
二年執行にニヤリと聞かれ、滔々はうっと言葉をつまらせるも即座に答える。
「合わせて六かな? たしか」
「六だろ」カイチョーも笑いながら言う。「あのコも入れて」
「うるせーな!?」滔々はほんのり顔を赤くしながら続けた。「とにかくだ! 人数比から言っても建築科の女子が妥当で――」
「異議あり」二年執行だ。まだニヤついている。「得意の統計すか? でも――」
滔々は鼻を鳴らした。
「バーカ。工業化学にはユニフォームがある。お前ら教室出たら白衣だろうが」
「……あ」
「機械科はグレーのツナギだ。どっちも服についた汚れが落ちないからな。職場ちかくで彷徨くとき脱いだりしない。建築科だけだよ、オシャレな恰好してるのはさ。――さて、そこでだ。女の子の幽霊が出たと噂が立つだろ? 機械だったらツナギ着てるから間違いなく機械科の幽霊って話になる。工業化学なら白衣を着てるからただの幽霊ないしお化けあるいは……まぁ女の子って情報が出てきたら大したもんだ。人は目につく情報を記憶に残すもんだから」
「で、でも電子科は!? 電子なら――」
「クーラーないとこにいるわけねぇだろ」
滔々の回答に、電子のカイチョーが深々と頷いた。むぐぐと唸る二年執行。
しかし、ハッと目を輝かせて反論した。
「一年生! 一年生なら学科振り分け前だし、学内オリエンテーションで――」
「四号館四階はリスト漏れ。四号館はエレベータないんだぞ? 一年生が教員が歩き回ってる三階を抜けて四階まで行くかよ。ないな」
「で、でもでも!」
「そうなんだよ」
なお食い下がる執行を押さえ、カイチョーが滔々を指さした。
「教員から苦情が来たんだ。噂の女の子探しに生徒がきてウザイって」
「……あー……幽霊だろ?」
「幽霊だったらオッケーだ、と思うのが電子でな」
「オタクどもめ……」
「調べてくれ。報酬はない」
「ないのかよ」
「代わりに、生徒会権限で手伝いを使ってくれて良い。やり方は任せる」
「手伝いって……」
「別科の三年生男子が聞き込みとかハードル高いだろ。だから、女子を誘ってくれていいぞ」
「何が言いたい」
二年執行とカイチョーが笑みを深めた。
「……あの子とか」
「こんなもん手伝いなんていらんわ!」
バンと席を立ち、滔々は生徒会室の扉に手をかけた。その背にカイチョーが問いかけた。
「執行さんや、どちらへ行かれるのだ?」
「現地調査だよ現地調査ぁ! 調べろつったのお前だろ!?」
滔々が扉をくぐるかどうかというとき、またひとつ。
「滔々」
「あん!?」
カイチョーがわざとらしく両手で握りこぶしをつくった。
「上手くやれよ」
「うるせー!?」
けたたましい音ともに扉が閉ざされ、生徒会室に爆笑がこだました。
いや、なっが! というか、これはラブコメでは……? いやでもつい最近、創元推理文庫のラブコメサスペンスを読んだしな……これはこれで手癖で書けそうでそれなりに面白いし……保留。もうちょっと考えてみるつもりである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます