3-5


 夕食が終わると、梨々花ちゃんはうちの妹と楽しく遊び始めた。この間の職業体験の胡桃沢さん相手と違い、身内なので敵視はしていない。むしろ自分から絡みに行くような好奇心旺盛こうきしんおうせいさが見える。そんなところは年相応だ。義理の妹になるので外堀を埋めている……なんて打算的な訳じゃないと思いたい。


「うふふ、いい妹さんだね」


 後頭部にずんっと柔らかいものが押し付けられる。ふんわりとした当たり心地だが、中身が詰まってかなりの質量がある。


「うわわっ!?」

「ちょっと、驚き過ぎでしょ」


 正体は千夏さんの大きな胸だ。エプロンが盛り上がって双子の山みたいになっており、俗に言う乳袋ちちぶくろ状態のものが当たっていたんだ。

 僕のことを異性として意識していない割には、思わせぶりなアクションをしてくる。他意はないのだろうけど、誘っていると勘違いされかねない行為だ。これも性欲が強いがゆえなのだろうか。思春期の男子相手にそれは、刺激的過ぎてもやもやする。


「さっきは……妹が失礼しました」

「だからいいってば。誰だってそう思うんだから」


 深々と頭を下げると、千夏さんは照れててのひらをバタバタと振った。

 平気そうにしているけど、内心では傷ついているのかもしれない。千夏さんが弱音を吐いているところを見たことがないので、辛さを溜め込んでいるのではないかと余計に心配だった。


「麗奈ちゃんは家出なんだよね?」

「ええ。なかなか思い切ったことして、びっくりですよ」

「あたしは分かるなぁ、麗奈ちゃんの気持ち」

「え?」


 千夏さんがくすり、と微笑んだ。

 まるで昔を懐かしむような、照れくさそうにする笑いだ。


「ひょっとして、千夏さんも……?」

「まぁね。今なんかずっと家出中みたいなものだから」


 

 ただ単に親元を離れた、という意味ではないのは明白だ。

 千夏さんには頼れる親族がいない、という事実と照らし合わせると、その答えは『勘当された』だろう。

 梨々花ちゃんを身ごもった経緯は不明だが、その後シングルマザーになっているあたり、結婚や出産に猛反対されたのだろう。いや、そもそも相手の男と一度結婚したかどうかも定かじゃない。妊娠してすぐに蒸発した可能性だってある。それに梨々花ちゃんから父親について聞いたことがない。

 今から五、六年前に、千夏さんの人生を百八十度変えた大事件があったんだ。


「そ、そんなことよりさ、梨々花とはどうなの?うまくいってる?」


 重苦しい空気を察したのか、千夏さんは無理矢理話題を切り替える。


「うまくって……い、いつも通りですよ。普通に遊んで……お、お風呂も入って……」


 たった一ヶ月でこの生活にも慣れて、ごく当たり前のように過ごすようになった。それこそ娘か歳の離れた妹くらいの、家族のような関係だ。

 でも千夏さんの言う「うまく」はそんな意味じゃないだろう。恋人として結婚相手として、どんな段階かということだ。

 それに関しては残念なことに期待に添えず、正反対の方向に進んでいると思う。少なくとも僕自身は。


「小さい子は嫌い?」

「ちょっ、千夏さんまでそのネタ振るんですか?」

「ふふっ、ごめんね。ちょっと意地悪だったかな?」

「もう……」


 掌の上でいいように転がされている気分だ。千夏さんには敵いそうもない。


「悠都君は、お姉さん好きなんだね」

「は、はひ!?」


 耳元でぼそり、と。

 千夏さんのウィスパーボイスが、背筋をぞくぞくと震わせた。

 自分の趣味を見透かされた衝撃と魅惑的で妖艶ようえんな声が、僕の鼓動を制御不能にさせていく。


「そ、その……あの、えっと……」

「よくあたしの胸、見てたもん。知ってたよ?」

「うっ……そんな……」


 バレてたんだ。

 ずっと自分の気持ちを隠してきたつもりだったけど、千夏さんには全部お見通しだったんだ。


「安心して。梨々花はあたしに似て、きっとスタイル抜群になるからね♪」

「……は?」

「だから、年下だけどいい女になるってことだよ。それなら悠都君も、梨々花に夢中になってくれるでしょ?」

「えー……っと、んん?」


 あれ?

 僕は別に、梨々花ちゃんの体型を気にしている訳じゃないんですけど。

 もしかして千夏さん、やっぱり僕の気持ちに気付いないかんじなのかな?

 ただ視線を感じていただけで、好意そのものは見落としていたってこと?

 えぇ……何ソレ。

 勘が鋭いんだか鈍いんだか……不思議。千夏さんって掴みどころのない人だなぁ。


「ということで、今後も梨々花のことをよろしくね♪」

「は、はぁ」

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